控訴審開始、即結審

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 今日1月15日、控訴審の第1回公判が開かれた(上の写真は名古屋高裁金沢支部=金沢地裁入り口での記念撮影。中の3人が原告)。ただし、あとで述べるように即日結審し、3月26日の判決を待つこととなった。
 意見陳述をするために、原告(正確には「控訴人」というらしい)のうち石山さんと私の2人は、それぞれかなりの時間と精力を投入して陳述原稿を作った。これまででも書いたように署名も、協力してくれる団体の力も得て、444筆を得た。これも、今日、裁判所に提出した。
 というわけで、身銭を切り、自分たちの体と時間を使ってやるオンブズ運動=「世直しボランティア」としては相当の努力をしたつもりだ。
 さて、その控訴審であるが、市民オンブズ小矢部のメンバーから6人、富山からの傍聴者が(県側を別にして)、分かった範囲で3人、金沢からの応援傍聴者が2人以上。その他、マスコミの記者やらで傍聴席は7〜8割埋まっていた。
 既に提出されているわれわれからの控訴状とそれに対する県側の反論である答弁書に加えて、青島弁護士が書いてくれた準備書面(答弁書に対する反論)を提出し、控訴人の口頭での陳述が行われたわけである。陳述内容は下の「続きを読む」に掲出するが、2人の陳述が終わったところで、なんと、長門栄吉裁判長は結審を宣告!
 これには、予想もしていなかったから、一瞬声もでなかった。裁判長はもう判決言い渡し日を告げてている。気を取り直して考えると、あまりにも粗雑かつ横暴な訴訟指揮ではないかと思ったが、あとの祭りである。なんだかペテンにかけられた気分である。
 後で確認すると、午前中に同じこの法廷で、このブログでも紹介した「市民オンブズつばた」が提訴している(第1審では勝訴判決を取った)公共事業談合裁判の控訴審判決が出ていて、これは逆転敗訴したとのこと。ニュースでも報じている。
 ということは、この長門栄吉裁判長は、金沢地裁で井戸謙一裁判長が出した画期的な3つの判決、志賀原発差し止め訴訟での原告(市民側)勝訴判決、住基ネット違憲訴訟の原告勝訴判決、そして市民オンブズつばたの原告勝訴、を次々にひっくり返すという役割を演じているわけだ。なるほど要注意人物である。
(1/16追記)志賀原発差し止め訴訟はまだ審理中である。しかし、このぶんでは、これも危ない。
 さて、今日は以下に私の意見陳述原稿を載せる。
 



1.富山地裁判決は行政無謬説とでもいうべき先入観に基づいた、結論先にありきの判決である。
 前知事の退職金2億3500万円という金額の算出根拠について、被告=富山県側の証拠として出された有識者による退職手当検討懇話会の議事録を逐一なぞり、行政の隠れ蓑と言われる審議会の類が、なんら自発的・自立的な審議をするものではなく、行政の書いた筋書きにそって形式的な同意を与える装置であるのは周知の事実であるにもかかわらず、実態に即した分析もせず、その結論に全面的に同意を与えているさまは滑稽でさえある。
 一方、我々の提出した専修大学法科大学院・晴山一穂教授の意見書はほとんど読んだ気配がない。いや、読みはしたが、あまりにも富山県行政のあからさまな過失が真向から批判されているので、その一部であろうとも言及することが出来ないかのようである。
 当裁判所の裁判官には是非とも虚心に晴山意見書を読んでいただきたい。
2.ついでに申し添えておくと、富山地裁の裁判官には行政に対する知識や判断力について根本的な欠陥がある。
 判決文の「第3 当裁判所の判断」の(2)ア(ウ)には、
「富山県議会は、上記富山県特別職退職手当検討懇話会の意見を受けて、平成16年12月16日に本会議において、本件退職手当の額を2億3500万円とする旨議決した。」とある。(判決文8ページ)
 議会が議決するのは議案であり、この場合で言えば、知事部局が、懇話会の意見を聴取したうえで作成し提出した前知事退職金の支給額に関する議案なのである。決して懇話会の意見を受けて議決したわけではない。
3.こういう、議会制度や行政の仕組みそのものに対する認識を欠如している裁判官だから、この裁判の根本である給与条例主義について、条例と議決との意味の違いも理解できないのである。すなわち、
1)「議会が条例を制定する場合の議決方法と条例で議会の議決事項とした場合の議決方法に区別がないことからすれば、実質的には給与条例主義の上記趣旨に直ちに反するものということはできない。」などという、条例も議決も同等であるというような、法治主義の原理にもとるような言辞を裁判官が書くことは、無知というに止まらず、正に司法の自殺行為である。法の番人としての厳密な思考を放棄し、なにがなんでも行政の非を認めまいとする先入観に引きずられた考え方といわねばならない。
2)また、原判決は、議会のコントロールが及ぶことが給与条例主義の眼目であって、それは議決も条例もほぼ等価であるかのごとくに理解しているが、そこには大きな質的差異がある。なぜならば、憲法92条が「地方自治の本旨」といい、それを根拠とする地方自治法がさまざまな直接民主主義的制度(首長のリコールや議会解散請求、条例制定・改廃の直接請求、住民監査請求など)を規定している本質的な意味は、単に議会によるコントロールがあることをもって民主制の必要十分条件とするのではないことを意味している。その点からいって条例と議決には本質的な差がある。
3)原判決は「(給与条例主義の)趣旨に直ちに反するものということはできない」とか、「趣旨を没却するものではない」といった曖昧な言葉を連ねて、富山県の処分を容認しようとし、その他、「にわかに断定することはできない」「違法であるということはできない」などといった、いわば「半肯定的推断」を重ねて、行政側を免責する結論へ誘導しようとするレトリックはまことに行政におもねる意図が露骨で、裁判というものに対する市民の信頼を損なうものである。
4)原判決は、「本件条例15条が給与条例主義に違反するというなら、この条例に関しても条例改廃請求権を行使するなどして、改正すればよかったじゃないの」などといわんばかりに、我々原告に対して意見をのたまっているが、まさに、顧みて他をいう類の言辞であり、言うに窮しての当てつけがましい捨て台詞ともいうべきである。
 この件については、当控訴審における被控訴人側の答弁書においても、議決による決定の方が金額がはっきり分かるとか、次回の選挙の争点になるとか、長々と詭弁を弄しているが、この点についての反論は準備書面に譲り詳しく反駁する。
4.いまひとつの問題は、原判決の「知事と議会の統治的な関係に関する判断の誤り」である。原判決は何の根拠も示さずに「前者(議決による決定)が後者(条例による決定)に比して、議会の権限が過大となり、知事と議会との抑制・均衡関係が崩れるとまでいうことはできない。」と断言する。
 しかしたとえば、近い実例として長野県の田中前知事のことを考えてみれば決してそういうわけではないことが分かる。長野県においてはきちんと特別職の退職手当条例を定めていたから、田中氏は5千万円あまりの退職金(第2期分)を無条件で手にしたが、もし、富山県のような議決によって決定される仕組みであったらどうだろう。
 議会は、知事が退職して「ただの人」になってから退職金の金額を議決するのである。通例よりも大幅に削減する退職金を決めることも出来るのである。そういう状況が予想されているなら、退職金に関して生殺与奪の権を持つ議会と徹底的に対立してでも政策をやり通すという知事の意気込みに、いささかの躊躇が生じないとは言い切れないだろう。
 原判決はこの論点については、何の根拠も示さずに、そんなことはあり得ないとしているのである。知事と圧倒的多数与党の議会との「なれあい」が常態化し、癒着した「車の両輪」となっている富山県のことのみを念頭において判断したのであるなら、それもまた裁判官としては視野が狭く、行政と議会の本質を見ないものである。
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by sumiyakist | 2007-01-15 22:14 | 知事退職金

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