「富山型」民主主義

 以下は「富山型」民主主義についての私の年来の持論である。
 現在の(少なくとも「これまでの」)富山県の政治形態は、民主主義の形は取っているが、実際は、その内実は封建領国制ともいうべきものである。すなわち、首長は封建領主(殿様)、幹部職員や議員は重臣、一般職員は家臣団である。そして残念なことに、住民自身が、自立した「市民」であるよりも、封建制下の領民の意識なのである。
 20年ほど前、私が富山県民になったときには既に中沖豊氏はすでに富山県知事であった。あの赤ら顔のつやつやした顔をテレビなどで見るとき、その物腰や話しぶりは、どう見ても「殿様」の印象であった。その後、自分の住む小矢部市はもちろん、いくつかの市町村の首長・職員・議員・住民の実態を知ることとなったが、どこでも殿様家来領民という雰囲気が濃厚に感じられた。
 首長や議員は、手続き的には間違いなく直接選挙で選び選ばれ、あるいは、行政職員は、公正な規則に基づいて採用される(注)。すなわち表面的には、民主主義的な手続きで成り立った近代的な関係があるのだが、人々の意識の古層は依然として封建領国制下の意識が続いていると考えると、上に述べたような、それぞれのポジションの人間の行動様式がよく理解できる。エートス(日常的な心性・慣習)というものの強さとか連続性に驚かされる。

注 行政職員の情実採用(縁故採用・口利き採用)についてはよく聞かされる。今もないとは言えないであろうが、大勢は公正な手続きで採用されていると思う。
[PR]
by sumiyakist | 2005-07-27 08:01 | 知事退職金

山で暮らしながら下界に関わる日々


by sumiyakist
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30