タグ:裁判官 ( 3 ) タグの人気記事

井戸謙一元裁判官

 これもまた旧聞に属するけれども書き留めておかねばならないことのひとつ。

c0068917_19564646.jpg


 北陸電力志賀原子力発電所2号機の差し止め訴訟(私も原告に加わっていた)第1審である金沢地裁で、原告勝訴、すなわち原発の運転差し止め判決が出されたことがある。2006年3月のことだった。

 その時の裁判長が井戸謙一氏であった。先のブログに書いたように、氏は金沢地裁在任中に私の知る限りでも画期的な3つの判決を書いている。(この原発運転差し止め判決のほかに、住基ネットに違憲判決を出し、市民オンブズつばたが公共事業の談合を訴えた訴訟で原告勝訴の判決を書いた。)

 行政を相手取った住民の訴訟において、原告(=住民側)勝訴の判決を出すのは、裁判官にとっては容易なことではない。現在のわが国の司法行政においては、司法官としての立身出世を諦めるということである。
 志賀原発差し止め訴訟は、行政訴訟ではなく北陸電力を相手取った民事訴訟ではあるけれど、原発推進という「国策」を背負った電力会社というのは、行政以上の権力体である。
 いくつかの先例があるとおり、井戸謙一氏もその後「冷や飯」を食わされ続けたようである。原発差し止め判決のあと金沢地裁から京都地裁へ移ったという情報を得たが、やはり、京都とは名ばかりで宮津だったかの支部であるらしいと聞いた。

 井戸判事のその後を、裁判官を検索する新日本法規出版の法律情報サイトで確認すると、平成18年(2006年)に京都地裁判事、京都簡裁判事に就き、22年(2010年)には大阪高裁判事に栄転したように見えるけれども、そのあとに「大阪簡裁判事」とあるから、やはり簡易裁判所が勤務地のようである。地裁判事ならともかく高裁の判事が簡易裁判所に勤務するという例は普通にあることなのだろうか? 
 いまはどうか知らないが、かつて簡易裁判所判事というのは、司法試験を経ずに、書記官などの事務官から年功と内部試験によって昇進できる「判事」であって、配下の職員からも陰では「カンパン」といささか侮蔑的な呼称で呼ばれていたこともある。所長とはいえ、そういう部署のトップであるから、どこの支部の簡裁かは知らないが、いずれにしても、冷や飯組に間違いはない。

 「もはやこれまで」と思われたのであろうか、今年の3月には依願退職し、彦根で弁護士を開業されたらしい。

 そんな情報を何となく知っていた時に、6月の3日になって、朝日新聞が紙面1ページ全部を使って井戸元判事のインタビューを載せた。(上の写真は朝日の記事を転載した阿修羅から借用)。
 司法行政の中で「冷や飯」を食わされたことに、特段恨みをいうでなく、淡々と原発裁判のことも述べている。大きな人物だということが分かる。

 それに引きかえ、金沢地裁での3つの井戸判決を高裁(名古屋高裁金沢支部)でひっくり返した2人の判事はといえば、長門栄吉氏は、平成19年に岡山家庭裁判所判事(所長)、21年からは福井地裁・家裁判事(所長)と順調にご出世(だろう多分)、もう一人の渡辺修明氏も20年に名古屋高裁金沢支部長、22年から名古屋高裁部総括判事(とこれも順調なのだろう、たぶん)。時々ご出世ぶりを確認させて貰おう。

 原発訴訟問題についてはあらためて考えてみたい。
[PR]
by sumiyakist | 2011-08-22 20:29 | 原子力発電

通知書

c0068917_8333318.jpg

 
c0068917_8352333.jpg

 代理人の青島弁護士のところへ最高裁から送られてきた上告棄却決定の通知書である。上が決定調書、下が別紙(決定内容)である。
 最高裁の中川了滋裁判長以下4人の判事の下した決定であることが分かる。次の総選挙の際の国民審査の参考に、この名前はよく覚えておこう。別紙の理由は、青島弁護士によれば「慣用句」とのこと。
 それよりなにより、青島氏のいう最大の問題点は、上告申し立てからわずかひと月ほどで棄却決定をしてきたことだという。この辺のことは(なにしろ裁判もさほど経験はなく、まして最高裁への上告も初めてのことであるから)、私には評価不能であるが、ふつう、3ヶ月はかかるものだというのである。それなのに、遅いと定評のある日本の裁判進行にもかかわらず、今回だけはまさに電光石火のごとく棄却決定を下してきたという、その態度そのものが司法の意志を示しているというのである。
 市民オンブズ富山の機関紙「オンブズパーソン」の54号(7月28日発行)で青島弁護士は次のように最高裁の決定を批判している。
                       *
 7月20日最高裁は、市民オンブズ小矢部の会員が申し立てていた中沖前知事退職金返還住民訴訟の上告及び上告受理申立について、上告棄却・上告不受理の決定を行いました。1月前の6月18日に最高裁に記録が到着して審理を始めたとみられてから32日。論点の難しさからみて、異常とも言える超スピード決定でした。
 この原因は、控訴審判決があまりに杜撰・非論理的であったため、おりから首長の退職金の高額さに対する批判が自民党の内部からも起きている情勢の中、審理が長引いて市民の関心が高まってくれば、このことが露呈して裁判の権威が落ちることを最高裁がおそれたこと、逆に現時点では県民の関心がたかくないと見られたことにあるのではないかとみます。
(下略)
[PR]
by sumiyakist | 2007-07-29 09:14 | 知事退職金

行政訴訟をする意味

 中沖前知事退職金については市民オンブズ小矢部のメンバーで裁判をしているが、私個人としては、その他にも、志賀原発に対する訴訟(北陸電力に対する民事訴訟。1号機以来、現在は2号機の差し止め)や自衛隊イラク派兵違憲訴訟などにも原告として関わっている。
 それらの裁判は、すくなくとも私に関しては、日本の司法=裁判所を全面的に信頼して裁判所の判断を仰いでいるというわけではない。このブログの中でも折にふれて述べてきたが、むしろ、司法を信頼できないからこそ裁判を起こしているといったほうがいい。
 すなわち、現代日本において、とりわけ行政相手の裁判を提起するのは、私にとっては次のような理由による。
1.裁判を起こすことによって問題を「社会的事件化」し、マスコミなどを通じて世論を喚起する。
2.裁判を継続することによって、運動自身の継続を図る。
3.司法に(裁判官ひとりひとりに)対して、「法と良心にのみ従って」行動するべきであること教育する。
4.良質の裁判官と腕前のいい代理人=弁護士のめぐり合わせという、よほどの幸運に恵まれれば、勝訴判決を得て、司法の判断を求めるという裁判本来の目的を達することができる。

 3についてはすこし説明がいるかもしれない。裁判官は、とりわけ行政訴訟にかんしては、「法と正義」を看板にしながらも、最高裁事務総局を頂点とする司法行政の中で権力支配機構に組み込まれており、自己保身のゆえに行政よりの立場に身を置かざるをえない環境にある。そういう裁判官に対して、常に「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(憲法第76条)を呼び覚まさせる活動こそ市民的立場からの行政訴訟であるといってもいい。
 つまり、司法をあるべき姿にするよう裁判官を啓発するために訴訟を提起するということである。「市民オンブズ運動は世直しのボランティア運動です」というのが市民オンブズ富山を立ち上げたときのスローガンであるが、そのでんで言えば、「行政訴訟は司法を監視し正すためのボランティア運動」でもある。
[PR]
by sumiyakist | 2007-02-25 21:05 | 知事退職金