アメリカの市民運動

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 高岡駅前の公共施設「ウイング・ウイング高岡」の中にある高岡市男女平等推進センターで、毎年恒例になっている催し「Eフェスタ」が開かれている。先日アップした
「まちの福祉しらべ隊」のワークショップもそのひとつであった。2週間にわたって、男女平等はもちろん、平和・福祉・子育て・政治・教育など、さまざまな分野の市民グループが展示やワークショップを行っている。
 10月10日(数年前までは「体育の日」として休日になっていたが、今年は金曜日。それでも晴れの特異日は変わらない)には、<グループequality>が主催する「市民活動のスタイル」というワークショップが開かれた。講演者は富山市の出身だが、沖縄や京都、そしてアメリカ(ワシントンDC)と移り住んで、それぞれの土地で環境や反戦平和の市民運動に関わりを持ってきた宮崎さゆりさん(上の写真の右側。彼女はこのブログでも何度か登場している)。
 主催者の中心メンバーである斎藤正美(写真の左)さんも古くからの知り合いであるし、他のメンバーもたいていは顔見知りである。  
 宮崎さんの話はプロジェクターを使った分かりやすいものだった。沖縄での嘉手納基地を取り囲んだ第一回の人間の鎖行動の話では、前夜来の豪雨があって、成立が危ぶまれたことが逆に参加を促すことになって成功したことや、アマミノクロウサギなどの野生動物を原告にした環境保護裁判のこと、ワシントンDCのホワイトハウス前でのさまざまな平和・反核の行動などを紹介しながら、市民運動に対する原理的な考察を語っていった。
 思えば、われわれは(追い込まれてやむを得ず、たいていはシングルイッシューの)、なんらかの運動を立ち上げて、その進め方などを必死になって考えている場合が多いのであって、市民運動一般を改まって考えてみることはあまりなかった。そういう点では、いわば「市民運動原論」のようなメタレベルの視点を開かれて有意義であった。
 宮崎さんは、アメリカでの市民運動の現状や方法論について語ることが多かったのであるが、印象に残ったのは、日本の運動がリーダーをトップに頂くピラミッド型であるのに対して、アメリカのそれはいくつかの委員会などによって構成される車輪構造(輻)モデルで表されることや、デモや座り込みはもちろん、時としては法律に違反するような直接行動によって逮捕されることは、むしろ英雄的行動と捉えられていることなどである。
 なににしても、彼女が故郷の富山へ帰ってきて、市民運動に新しい刺激を与えてくれつつあるのは喜ばしいことだ。
 
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# by sumiyakist | 2008-10-11 23:07 | 地方自治

改めてカドミウム米

 今日7日の午前中、炭焼き小屋で炭出しをしながらラジオで国会中継を聞いていた。事故米がなぜ食用として流通したのかと追及する民主党の筒井信隆氏らの質問に対して、石破農水相が答弁していた中に、「カドミウム米は着色していた(だから問題は発生していない)が、事故米の方は(コストがかかるので)着色をしてこなかった」という趣旨の発言が、2〜3度繰り返された。新聞報道でも、事故米は着色していなかったが、カドミウム米は着色しているものと報じられているから、同じソースから出ているのだろう。 例えば日経新聞ウエブ版は次のように報じている。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜以下転載〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
     事故米、コスト抑制で着色せず 農水省、不正転売の横行招く(見出し)
 カビ毒や残留農薬で汚染された「事故米」の不正転売問題で、食用への転用を防ぐ事故米の着色加工を、農林水産省がコストを抑える目的から実施を見送っていたことが19日、分かった。2006年に輸入米の残留農薬基準が設定された後も安全対策を軽視したことで、流通過程での事故米判別が困難な状況となり、結果的に不正転売の横行を許すことになった。
 食用に適さない米の転用防止として、農水省はカドミウムが含まれた米は赤く染めている。1970年以降、0.4PPM以上、1.0PPM未満のカドミウムが含まれたコメについて、工業用のりなどに加工することを条件に販売。最近5年でも年間1200—2400トン程度のカドミウム米が発生しているが、すべて着色されている。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  しかし、本当に「カドミウム米はすべて着色されている」のか? 疑えば疑うことが出来るのである。以前の朝日の記事の見出しに「性善説前提うんぬん」とあったが、コメ流通業者(や監督の役人)は悪いことをしないという性善説に立って考えれば、集荷されたカドミウム米は砕米にされベンガラで着色されて工業原料になって糊業者に卸されていたということになるだろう。しかし、これまでの歴史からしてこの業界はそんなに甘い業界ではない。百鬼夜行の世界とも言うべきであるというのが私の印象である。まず、商人が必ずしも性善でないのは当然として、監督すべき農水省の役人も、それをまた見張るべき政治家も、主要な3者がそろって危ない存在だからだ。(ルートの両端に位置する農家と消費者はこれら3者に比べると圧倒的に「性善」である。)
 かつて川崎磯信氏は、米流通の監督を(いまはなき)食糧庁でなく警察庁に移管すべきだと主張していた(笑)ことがあるが、じっさい、性善説に立つよりも、「人を見たら泥棒と思え」原理によって行動する警察人の方がコメ管理には向いている。
 何が言いたいのかといえば、コメのすり替えや転用などが(監督官庁黙認下で!)日常茶飯事の業界で、砕米・着色がルール通りに行われている保証は何もないということである。
 カドミウム米といえども、刈り取って脱穀・袋詰めするまでは他のコメと同じで、最終的には30キロ入りの紙袋に玄米で入れられるが、ただ違いは結び目に紫色の荷札が付いているだけであることは前に書いた。それが農協によって集荷されて加工業者の工場へ運ばれて砕米・着色されるのであるが、その経路で他の品質の悪い安いコメ(クズ米とかいま問題になっている事故米・汚染米)にすり替えたり代用したりすることはいくらでも出来るのである。つまり、安いコメを買い入れて、それを砕米・着色米にして工業用に回し、その分のカドミウム米を食用に転用することは訳ないのである。
 質問した筒井議員も答えた石破農水相も、カドミウム米が砕かれ着色される現場の仕組みを確認した上で、適正に処理されていると判断しているようには思えない。にもかかわらず、そのことを前提にして質疑をしているのを聞いて、所詮は「知らぬがホトケ」の絵空事の国会審議であることよと感じた次第だ。

毎日新聞の記事を以下に転載しておこう。これをどう読むか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜以下転載〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
事故米食用転売:「すべて工業用に加工、販売」沼田製粉、農水省の点検で /富山
 ◇小矢部

 「三笠フーズ」(大阪市)の事故米転売問題で、農林水産省は、国から事故米を購入した沼田製粉(小矢部市津沢)など全国16社の緊急点検を始めた。同社の砂田幸信副社長は「事故米はすべて工業用に加工、販売した。三笠フーズとの取引もなく、同一視されるのは迷惑だ」と語った。

 同社は天保元(1830)年創業。製粉・製めん、飼料製造のほか、工業用接着剤の製造も行っている。約35年前から、国が発注するカドミウム汚染米の加工を請け負ったことがきっかけで、でんぷんを接着・コーティング用の「粘結材」に加工する技術を開発。特許も取得している。

 同社によると、販売用接着剤の原料は、従来、ライ麦を使用していた。穀物価格の高騰を受け、農水省が入札を行っていた事故米に着目。昨年1月に初めて入札に参加し、同年夏ごろまでに3回計約500トンを落札した。特許技術を用いて加工し、県外の金属メーカーにすべて販売した。

 カドミウム汚染米加工の際は、北陸農政局職員が立ち会い、帳簿もチェックする。事故米加工の際、タンクはカドミウム汚染米とは別だが、加工機械は同一のため、あらかじめ同農政局に相談。カドミウム汚染米と合わせて、事故米の帳簿の点検も受けたという。事故米の入札価格が高騰し、今春以降は入札に参加していない。

 砂田副社長は「粘結材も、間接的にでも人が口にする製品に使われないか厳しくチェックして取引している。農水省もすぐ理解してくれるだろう」と話していた。【江田将宏】

毎日新聞 2008年9月9日 地方版
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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# by sumiyakist | 2008-10-07 23:44 | マスメディア

ゴジカラ村ってな〜に?

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 10月4日(土)の午後、 愛知県長久手町のゴジカラ村から「村長」の吉田一平氏を招いて、私もメンバーの一人であるところの「まちの福祉しらべ隊」が主催する講演とシンポジウムが高岡駅前のウイングウイングで開かれた。
「ゴジカラ村」というのは、幼稚園2園のほか、デイサービス・特養・グループホーム・ケアハウスなどの高齢者福祉施設、訪問介護・訪問看護などの事業から、看護師・介護士養成の専門学校、宿泊施設などを運営する福祉の総合商社ともいうべき存在である。「もりのようちえん」「ぼちぼち長屋」「ほどほど横丁」などの施設の名称がそれぞれ吉田氏の思想を表していておもしろい。
 「しらべ隊」のメンバーがこの春に見学に出かけて、森の中に点在する木造の施設群を実見し、吉田氏にその経営方針などを聞いたことがあった(私は参加できなかったが)。
c0068917_20211468.jpg 吉田氏は、30数年前、務めていた商社を辞めて、開発で失われてゆく森を守る方法として幼稚園を開設し、次第に老人ホームなどの福祉事業に関わることになった経緯を話した。(氏のお父さんは以前、長久手町の町長をなさっていたというが、もともと農地や山林を所有している大きな農家であったらしい。これは私の推測)
 氏は、用意してこられたパワーポイントの映像などお構いなしに、これまでの事業の概略や運営の理念などを次々と語る。ちなみに、氏は「パソコンはやらない」のだそうだ。資料映像はたぶん、講演用にスタッフが作ったものなのだろう。

 雑木の山を残す方策を考えたことから氏の事業がスタートしたことが象徴するように、氏の愛する言葉は「雑」であり「混ざる」である。そして「ほどほど」「いいかげん」である。目指すべきは「時間に追われない生活」である。
 近代システムの、効率的な、企業的な方法論とは対極的な考えであるが、ある自動車メーカーの研究開発部門が、30年後の暮らしのテーマを模索していて「ゴジカラ村」に行き当たり、注目されたことがあることなども話していた。

 雑木林の中の木造の施設(古民家を移築したものもある)だから、ムカデも出るしスズメバチも来る。それが自然というものだ。いいとこ取りはできないし思うようにはならない。子どももまた「自然」である。親の思うようにはならない。
 幼稚園には暖房も冷房もないのだという。(カリキュラムもないし、行事もほどんどない。ひたすら遊ぶだけだという。年齢で分けず3歳から5歳まで「混合」。)それなのに入園申し込みには行列が出来るという。
 介護施設も行政の作った制約などお構いなしにどんどん越えてゆく。寝たきりのお年寄りが1階に住む上に単身の女性宿舎(アパート)を作る。女性入居者にはお手当が出る。介護付きの宿泊施設で要介護の親などの大切な人とゆっくり泊まりがけで出かけてみたい人のための宿屋(ホテル)もある。
 ケアハウス(元気な高齢者向きの賄い付きアパート)にはフグ料理屋を「誘致」しているから食事は美味しいという評判である。全ての施設には(幼稚園にも!)露天風呂と生ビールサーバーが設置されている。
 建物は全て木造であるのは当然であるが、生えている樹木を切らないで建設するために、屋根の一部を切り欠いたりしてある。などなど、いわば、常識を破ったことが多い。
 すべては吉田一平氏の考え方によるのである。当然、がんじがらめの行政システムとは衝突する。何度も役所と折衝し説得したり、抜け道を考え、誤魔化す方法を探す。事業主体も学校法人、社会福祉法人、株式会社、NPO法人と、多彩になっているのは行政の制約条件を回避するためでもある。
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 講演のあと、さらにゴジカラ村の理解を深めようということでシンポジウム形式で質疑など行った。NPO法人・親と教員の会が運営する(敢えて認可をとらない無認可の幼稚園)「こどものその」の理事である吉井佐代美さん、やはりNPOで富山型デイサービス施設「ひらすま」を経営している佐伯知華子さん、しらべ隊隊員で現地を訪れたことのある伊藤冴子さんの3人がシンポジストとしてそれぞれの関心分野から発言し、会場からも意見が出されて、吉田氏との応答があるなど、盛況であった。(私がコーディネーターを務めた。)
 ただ、ゴジカラ村は、ハード・ソフトとも常識的な仕組みを越えたところがあるから、実際を見ないと本当のところはよく分からないし、それでなくても社会福祉事業は厳しい時代であるから、問題は山積のようであるが、制度に合わせて事業を行うのでなく、あるべき人の暮らし方から事業のあり方を考え、制度を変えて(時に無視して、換骨奪胎して、ごまかして)ゆこうとする吉田氏に大いに啓発された参加者が多かったと思う。
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c0068917_20335177.jpg 夕食の交流会のあと、吉田氏を案内して高岡市の新しいイベント「万葉朗唱の会」をスタッフや参加者と一緒に見物してもらった。この催しは、万葉集全20巻4516首の歌のすべてを、リレー方式で歌い継ぐ。連続三昼夜にわたり全国から2000人を超える人々が朗唱する。
 会場は古城公園のお堀に設けられた特設舞台である。今年で19回目だというが、私も初めて観覧した。


c0068917_20344097.jpg 舞台で朗唱するにはあらかじめ申し込んでおかねばならないが、装束を付けるだけならその場で申し出れば着させてくれる。吉田一平さんをはじめ、同行の我々も何人かは万葉時代の衣装を付けて記念撮影。
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# by sumiyakist | 2008-10-05 20:47 | 自然と暮らし

大恐慌よ来たれ!?

 アメリカ政府・議会が共同して金融機関を救済しようとした7000億ドル(75兆円!)の公費支出議案(金融安定化法案)が、有権者の猛反発を受けて下院議員が反対せざるを得なくなったたために成立しなかった。そのおかげで大恐慌が再来するかもしれないという。
「金融システムをまもる」とか、「日本発の金融恐慌を起こさない」とかいいくるめられ、マスコミを動員した世論づくりが行われて金融機関に公費を投入した日本とは違って、アメリカにはまだ民主主義が生きているということなのか。
 「何十億円という報酬や配当を受け取っていた金融・証券の経営者・出資者の失策を俺たちの税金で救済することは許さない」という民衆の意思表示が議会を通じて明らかになった。失うものはないという民衆の目覚めというべきか。
 「金融工学」という言葉がいつ頃から市民権を得たのだろうか。英語でいえば、ファイナンシャルテクノロジーいうのか、あるいはファイナンシャルエンジニアリングというのか、いやもしかして、そんな英語はないのか。私は知らないし、詮索する気もないが、そういう手法そのものはアメリカ発であることは間違いないだろう。
c0068917_20591774.jpg そんなことを考えると思い出す場面がある。5,6年前のことだ(*)。ベアテ・シロタ・ゴードンさんを迎えて富山市内で開かれた講演会でのこと。日本国憲法に男女平等条項などを書いた女性のことは知っていたが、ナマで見聞きするのは初めてだった。(写真は東京新聞のウエブサイトから無断借用)
 講演では、ベアテさんはもちろん、GHQ民政局勤務当時の「憲法制定秘話」とも言うべき話をされた。しかし、私が強く印象づけられたのは、現代アメリカ社会の風潮について、顔の前で両手をすり合わせて拝むしぐさをながら「アメリカではお金が神様仏様なのです」と述べたことである。しかも、講演の中とその後の質疑応答の際と、2度も繰り返したのでとりわけ強く印象づけられたのだと思う。
 それに関連して、アメリカの大学生は卒業すると競って金融機関、株式・投資会社に就職したがるということを批判的に述べていた。アメリカ合衆国は国をあげて金融国家を越えて「拝金国家」になっていることを苦々しい思いをこめて話していたのだと思う。
 そういえば、クリントン前大統領のひとり娘(名前は失念した)は投資ファンド会社に就職しているそうだが、まさしく金融国家=寄生国家・アメリカを象徴している。(わが国で、政治家の子どもたちが親の秘書になりその地盤を継いで2世政治家になるのとどちらが上等か俄に決しがたいが。)
「金融商品」という言葉は、実は「商品」の自己否定だと思うが、なんの疑問もなく大手を振ってまかり通っている。まっとうな資本主義を再建するために「世界大恐慌よ来たれ!」と言うべきなのだろうか。

*追記 友人に確かめたら1999年5月21日だった。年の経つのは早いもんだ。
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# by sumiyakist | 2008-10-01 21:04 | 自然と暮らし

事故米・汚染米

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c0068917_22192211.jpg  三笠フーズなる会社が非食用の汚染米を食用の米の販売ルートへ流していたことが発覚してさまざまな報道がある。この汚染米のマスコミ報道を見ていて、いつもながらマスコミのピントはずれぶりに腹立たしい思いをしている。センセーショナルに事件を取り上げ不安を煽ることはするが、表層のことだけをあれこれ報道するだけで、根本の原因や深層の事実にはまったく迫ろうとしないからである。(そのピンぼけぶりは、わざとピントをはずすことで情報操作をしているのではないか、と疑うほどである。)

 どこそこの会社へ流れた、どこでどんなふうに使われた。やれ施設で食べられた、やれ給食にも使われた、と、世間の視線をいわゆる川下へ誘導するばかり。マスコミの情報操作だと私がいうのはそういうことだ。
 この非食米が、なぜ、どのように発生し、なぜ、どのように食用米のルートに流れていくのか、それを追及することこそが報道の役割だと思うのだが、むしろ、マスコミはそういう関心から目をそらせる役割をしている。
 喜んでいるのは誰か? 農水省の役人とそれにつながる非正規米流通の中枢にいる業者だろう。川下に関心が拡散している限り、自分たちの「悪行」に世間の関心が集まることはない。人の噂も75日。いずれまた別の事件が起こってマスコミ報道の中心がそちらに移ればたいていの人びとは事故米のことは忘れてくれる。

 やっと、今日(9/28)になって朝日が詳細な調査記事を出した(上の写真)。1ページの1/3ほども使った大きな記事ではあるが、先に述べた通りのことしかしていない。天下の朝日にしてこの程度の追及しかできないのかと、いささかがっかりした。

 私は、たんなる憶測で役人と業者の悪口を言っているのではない。汚染米と聞いて、カドミウム米の扱い方のことを思い出したからだ。ずいぶん昔の、まがりなりにも食管法が残っていた時代のことであるが、以下に述べるような構造は今もそう変わってないだろう。

 よく知られるように、富山県はカドミウム汚染米の「本場」である。富山市・婦中町とその周辺で多発したイタイイタイ病は、神通川上流の神岡鉱山からのカドミウム排出がその原因であるとされ、水俣病・四日市ぜんそくとともに三大公害病のひとつとされる。
 そのカドミウムによって土壌がひどく汚染された水田は、地盤をそっくり入れ替えたり(客土)、埋め立てて宅地や工場用地や公園にしたりしているが、汚染の程度によってはそのまま稲作を続けているところもある。
 カドミウム含有が1PPM以上のコメは政府が買い上げて焼却することになっている。0.4PPM〜1PPMのコメは、同じく政府が買い上げるが(今は<社>米麦改良協会という天下り団体が買っている)、これは非食用として工業原料(ノリ)にされることになっている。この仕組みは現在の事故米と同じである。
 焼却については、どのようにそれを確認する仕組みがあるのか、私はしらないが、工業原料にされるはずの低汚染米が、実際はどのように扱われていたかを、たまたま私は目撃したことがある。平成米騒動として有名になった川崎磯信氏の「闘争」に応援団として関わっていて、少しコメの流通の仕組みとその実態とを見聞した過程でいわゆる「カドミウム米」の姿を見たことがあるからである。
 それは、まったく普通のコメと同じ30キロ入りの紙袋に玄米で入れられていて、ただ一点普通のコメと違うのは、縛られた結び目に紫色の荷札が付けられていたことである。つまり、その細い針金で括り付けられた荷札を取ってしまえば、見た目にはまったく普通の食用米を見分けはつかないということである。科学分析してみなければ、素人はもちろんプロが見てもそれがカドミウム米だとは分からない。
 買い上げ価格は、今はいくらで買いあげているかしらないが、生産農家には食用米と同程度の金額を公費から補填して支払っているはずだが、仕入れ価格(簿価)としては非食米としてであるから格段に安いのである。当然業者への販売価格も安い(このあたりも事故米やミニマムアクセス米と同じ)。
 そのコメが、紫色の荷札さえ外してしまえば普通のコメと見分けがつかないとなると、食用米に流れてゆくのは、当然といえば当然のこと。そのコメを横流しする仕組みも整っているのだから、利に聡い業者なら手を出さない方がおかしい。
 猫の目の前に鰹節を置いておいて、「ダメ」といえば猫が言うことをきくものとして(性善説を信じて)監視しないのである。これは行政の落ち度だろうか? そうではなくて、故意に猫に鰹節を盗らせるための仕組みを採用していると考えねばなるまい。
 今回の事故米についても同様のことが起きている。非食米(工業原料)なら着色してしまうとかの、食用に転用されない方法を採ることもできるのに、敢えて(故意に!)行政はその方法を退けている。つまり、猫の前に鰹節を置きっぱなしにしているのである。
 
 規制緩和で誰でもが参入できるようになったから不正が起きたと農水省は言い訳をしているが、とんでもないことだ。食管法があるときにはもっと大々的に、政界もからんで闇の部分が存在していたと考えられる。
 不正が起きて当然の仕組みを敢えて作っているから、起きるべくして不正は起きる。そこには不作為でなく、何らかの「作為」があると考える方が当たり前である。朝日の見出しを使えば、「安全網に穴は故意に開けられている」のである。
 
 なお、カドミウム米は(富山が「本場」であるが)、鉱山とは関係のないと思われる全国の多くの水田でも収穫されている。(ニッカド電池の廃棄が原因という説も言われているが、私にはそれを判断する材料はない。)平成19年度の0.4〜1.0PPM汚染米の買い上げ数量は2400トン。ノリにされていることになっているが、ノリ業界では原料にコメを使うことはほとんどないという奇怪な話がある。

 ともかく、朝日新聞のいっそうの奮起を促しておこう。まっ、あまり期待はしないが。




 
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# by sumiyakist | 2008-09-28 22:36 | マスメディア

介護保険

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 先日(9/21)富山市で開かれた講演とシンポジウムを聞きに行く。認知症の人と家族の会(かつて「ボケ老人をかかえる家族の会」といっていた)が開いたもの。来年行われる介護保険の制度改定に向けての「提言」をアピールするために全国4カ所で開いてきたもので富山市が最後だという。
 最初に津止正敏・立命館大学教授の基調講演「『介護の社会化』とはなにか」があり、会が出した「提言」の解説につづいてシンポジウムが行われた。(上の写真はシンポジウムの場面)

 介護保険が実施されたのは2000年。「介護の社会化」「家族による介護から社会全体での介護」を最大のスローガンに導入された。確かに高齢者介護に対する「意識改革」にはなった。ホームヘルプやデイサービス・ショートステイなどの利用が急速に一般化し、老人ホームは「救貧的」なものから普通の家庭の高齢者が利用するものへと変化した。それにともなって施設の設備や介護技術の水準も上がった。
 特養ホームは「個室・ユニットケア」が普通になった。しかし、そのぶん、利用者の負担は急上昇し、老齢年金などではまかないきれないことになり、施設は「高嶺の花」化しつつある。施設を出されて行き場のない「介護難民」も生じている。
 3年ごとに見直し改訂が行われてきているが、そのたびに介護報酬は切り下げられ、そのことは介護職の給与削減に直結している。介護に意欲的な若者がせっかく就職しても、給与や勤務形態などの労働条件の悪さにすぐ辞めてしまうという。3K職場(きつい、きたない、結婚できない)という自嘲も聞く。
 私の友人たちにも何人か小規模な福祉施設(いわゆる富山型のデイサービス施設など)を経営しているが、みな、苦労している。自分も含めて職員の給与は、ボランティア精神で補わなければならない金額だ。介護の現場は、そういういわば使命感と自己犠牲とを「足し前」してようやく維持されている。(営利優先の大型施設の状況を聞くこともあるが、それはまさに「収容所」であり、利用者は悲惨な状態にある。そうでもしなければ「利益」が生み出せないのだ。)

 さて、上の津止教授の講演は、もう少し違った視点からなかなかに啓発的な内容であった。
・要介護者の80パーセント以上が在宅で、家族とあるいはひとりで暮らしていること。
・男性の介護者(介護する側が男性、つまり夫とか息子)が増加していること。それと関連して仕事と介護の両立という新たな問題が生じていること。
・介護者にとって、介護の負担を感じることと介護に喜びを感じることとが、アンビバレントに両立していること
などを指摘して、介護政策への提案を行っていた。

 後半のシンポジウムも、パネラーに知った顔もあったり、厚労省の担当官も出ていたりで、興味深い発言が多く、学ぶことが多かった。主催者が用意した資料が足りなくなって慌てて追加をコピーするほどの盛況だった。
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# by sumiyakist | 2008-09-25 13:37 | 地方自治

富山(氷見)冤罪事件

c0068917_8585170.jpg 左の記事が「えん罪事件」の発覚を伝える報道である。マスコミは今に至るもずっと「誤認逮捕」という表現を使っているが、前にもかいたように、「誤って」ではなく、明らかに警察は「故意に」冤罪事件を作り出して来た疑いが強い。


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  前々回に書いた集会が富山で開かれた。冤罪事件の元被告・柳原さんは、各地の集会や大学でこの事件に関して講演をしてきたというが、地元の富山で公開の場で話しをするのは初めてであるという。
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 同じく警察の強引な捜査によって選挙違反事件がでっち上げられた鹿児島県・志布志事件の関係者も4人が遠路出席してくれた。こちらは、13人を被告とした裁判そのものが無罪となり、その自白を「作り出した」警察・検察の捜査手法が冤罪事件を生み出したとして俎上に上げられている。国家賠償請求(国賠)訴訟が提起されているのである。
 本裁判から引き続いて担当している野平弁護士は「国賠裁判で勝つのは非常にハードルが高い。裁判が無罪なのだから国賠で勝って当然だ、といった安易な取り組みではなかなか勝訴できない」と強く警告していた。志布志では14人(20人といったかも知れない)の弁護団で捜査記録などを徹底的に洗い出して分析を進めているという。
 国家(公務員)の不法行為に対して賠償を求めるわけだが、その不法行為(つまり違法な捜査)の立証責任は原告側にあり、しかも証拠の文書などは殆ど警察・検察側が持っているという構造のなかで闘わなければならないからだ。

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 志布志事件で違法な捜査手法として有名になった(悪名をはせたというべきか)「踏み字」の説明をする川畑幸夫さん。
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# by sumiyakist | 2008-09-22 10:20 | 裁判批判

ナラ枯れ・一年後

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 昨年、ナラ枯れ現象について何回か書いたことがあるが、一年が経過しての様子をレポートしておこう。
 見て分かるとおり、今年もさらに何本かが立ち枯れた。今年の被害木は葉が茶色に見える。昨年のそれは、葉が落ちて枯れ木のように見えるか、あるいは枯れた葉が一年間落ちずに残っていて灰色のように見えるものもある。今年は尾根から少し下がったところに多く発生しているが、昨年と同程度の被害本数のように見える。(手前の犬はわが家のベル。)

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こちらはマツオの尾根を見たところである。こちらは昨年ほど多くはないようであるが、やはり新たなナラ枯れが何本かある。現場は谷をいったん下りた向こうの山であるから、そばまで行くのはかなり面倒である。手前の休耕田は昨年同様ソバを作っていて、目下花盛りである。
(右手に三角形に枯れた樹形が見えるが、これは樹木ではなく、木に巻き付いて繁茂したツル性の植物が枯れているようである。)

c0068917_21593734.jpg 左の写真は、上とは少し離れた山で、いま伐採中の現場のミズナラの木である。下向きに相当傾斜して生えているのを、斜面の上側に倒すためにワイヤーをかけて引っぱっているが、ご覧のように劇症の枯死状態である。しかし、よく見るとまだ緑の葉もついている。

c0068917_228126.jpg 目の高さほどの幹である。まだきれいな葉が付いているが、カシノナガキクイムシ(カシナガ)が潜入した目印である、きな粉のような食いかす(フロス)が沢山付着している。

c0068917_7324971.jpg ついでにワイヤーを引っぱっているチルホールという道具を紹介しておく。写真の右側にワイヤーが延びている。左側は切り株に固定してある。1メートルほどのハンドルを往復させることで梃子の原理でワイヤーをたぐり寄せる。1往復で7センチほどだから、何十回も往復させねばならないが、垂直引き上げで800キロ、引っぱりで1トン半ほどの力を出してくれる。山の中へ入って人力だけでこのパワーを使えるのだからありがたい。原木の切り倒しや斜面からの引き上げなどに重宝している。

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# by sumiyakist | 2008-09-20 22:25 | 自然と暮らし

氷見えん罪事件

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 催しというなら、今週末に開かれるこちらの方を先にお知らせせねばならなかった。
 上のチラシは、写真版でご覧頂くには不向きな文字ばかりのものであるが、内容がそれほど固いものだということで、ご容赦いただこう。(時間があれば呼びかけ人に加わっていることだから、私が手伝うことも出来たのだが、ブログでお分かりいただけるように、なにしろこの間は催しが立て込んだのと盆明けから再稼働した本業とで、死にそうなくらい忙しくて、お任せ状態だった。)

 テーマはご覧のとおり、氷見えん罪事件(事件の概略は後出)。マスコミは「誤認逮捕」などと表現しているが、警察の「誤認」、すなわち、うっかりミスなどではなく、この被害者本人の話を聞くと、明らかに警察の意図的な「でっち上げ」事件なのである。
 警察は、逮捕した被疑者のアリバイを示す電話の通話記録を入手していたり、現場に残された足跡から靴の大きさも相当違っていたりするし、この種の事件では必ず行っているはずのDNA鑑定でも齟齬を来していたはずである。(警察・検察にとっては不都合な証拠だからか、裁判に提出しなかったらしい。)
 後日他所で真犯人が上がって自白したことでえん罪が発覚したが、そういう偶然の僥倖がなければ、永遠に真実は明るみに出ず、警察のでっち上げは闇の中のままだったということだ。
 もちろん、無実の罪を着せられた人の国家賠償を最大限勝ち取ることは大切であるが、どのようにしてえん罪が作り出されるのかの典型的な事案だと思うから、徹底的に真相を解明し、「再発防止」(なんとよく聞く言葉か!)のためにもしっかりと裁判をさせねばならない。

 チラシの裏面は文字で紹介する。

 <<富山(氷見)冤罪事件とは>>
2002年に富山県氷見市で起きた強姦事件と強姦未遂事件で逮捕、起訴された柳原浩さんは富山地裁高岡支部(中牟田博章裁判長)で懲役3年の有罪判決をうけ、服役しました。ところが、柳原さんは無実だったのです。満期釈放後の2006年になって、別の容疑により鳥取県警に逮捕された男性がこの事件の真犯人だったことが分かり、富山地検は異例の再審を請求しました。07年4月に検察・弁護側双方が無罪判決を求める再審裁判が開始され、10月に富山地裁高岡支部(藤田敏裁判長)は改めて無罪判決を出しました。
 逮捕から5年半ぶりに無罪判決を手にした柳原さんですが、「納得いかない、本当の意味で冤罪が晴れたとは思っていない」と怒りを隠さない様子が報じられました。再審裁判では犯行現場の足跡や自宅からの通話記録などから柳原さんの犯行でないことが認定され、前の有罪判決が取り消されました。しかし、これら無罪を示す証拠がありながら冤罪が作り出されたカラクリは隠されたままです。警察や検察のしたことは何も明らかにされていません。その解明のために柳原さんや弁護団は当時の氷見警察署の取調官や起訴した検察官の証人尋問を求めました。彼らは否認していた柳原さんを強引に自白させました。でも裁判長はその取調べを拒否したのです。
柳原さんはいま、この冤罪の成り立ちやその責任を明らかにし、被った損害の賠償を求める国賠裁判の準備を進めています。そこには冤罪被害からの名誉回復のみならず、同じような冤罪の再発を防ごうという強い意志があります。さらに、この冤罪をただすべきだった裁判所や弁護士の果たした役割がどのようなものであったかも、明らかにしなければなりません。

<<富山冤罪国賠を支える会(準)の発足と参加のお誘い>>
氷見冤罪事件に深い関心を寄せてきた富山県内外の市民たちによって、冤罪と闘う柳原さんの国賠裁判を支え、ともに冤罪の根絶をめざすために、「富山冤罪国賠を支える会(準備会)」を発足させました。これまで様々な国賠裁判を通じて蓄えてきた経験や知恵を活かし、冤罪の真相を明らかにする所存です。法曹界やメディアが見過ごしてしまい、そして私たちにも分からなかった冤罪事件だからこそ、その原因を具体的に解明する必要があります。ぜひ、多くの方々に参加していただき、共に冤罪を許さないための運動を進めましょう。

<支える会(準)呼びかけ人>
福富弘美(呼びかけ人代表)、浅野健一(呼びかけ人代表)、井上清志、磯部忠、高木公明、土屋翼、松永優、山際永三、小倉利丸、堀元政仁、石橋義之、マイケル・フォックス、八嶋博、山内美智子、金嶋久貴子、菊池正人、伯水永雄、野上明人、大島俊夫、勝山敏一、吉田樹、美谷克己、松永定夫、竹川愼吾、小島正之、林秀樹、渡辺よう、安田聡(2008年8月10日現在、順不同)
賛同人 宋安鐘

<支える会(準)連絡先>
富山0763-22-1549(堀元)、東京03-3290-9895(磯部)
メール toyamakokubai@gmail.com
<入会申込>
上記連絡先へ(電話またはメール)
会費2000円 会費振込先 郵便局 口座番号00190‐1‐336657 口座名義:富山冤罪国賠裁判を支える会



富山冤罪国賠裁判を支える会(準)HP
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# by sumiyakist | 2008-09-17 20:05 | 裁判批判

ゴジカラ村ってな〜に?

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「まちの福祉しらべ隊」という市民グループを立ち上げたのはもう10年以上前のこと。介護保険が始まるのを目前にして、とりわけ高齢者福祉にかんする制度や施設の問題点を学習し点検しようという趣旨の会であった。
 当時、富山大学経済学部の教授だった竹川慎吾さんに代表になってもらい、谷内清子さん(後に富山県議)や志麻愛子さん(後に富山市議)など、政治に参画してゆく女性たちが中心メンバーにいた。まだ無名時代(笑)の惣万佳代子さんも創立メンバーだった。
 自治体の福祉施策の調査やアンケートによる住民の意識調査を行うなど、県内の福祉分野の市民活動の嚆矢ともいうべき存在であった。
 会員(「隊員」といっている)は最大時には120人ほどにもなっていたと思う。県内全域のネットワークを持つのが強みであった。同じ頃東京で活動していた「特養ホームを良くする会」が始めた特別養護老人ホームの訪問調査活動に協力する形で、県内のホームの調査を行ったこともあった。
 調査結果を報告書にまとめ上げる作業は、徒手空拳の市民グループにとっては大仕事であったが、かなり立派な冊子として発行し、増刷するほど売れた。

 その後は、私自身は、きな臭い動き(日米ガイドライン関連法から周辺事態法などの戦争法制の準備)からイラク戦争の開始、極右安倍政権の改憲へ動きなどと、急激に戦争へ傾斜してゆく社会情勢に対する市民運動の方に力を入れざるを得ない状態であった。その間、隊員も高齢化するし(笑)、「しらべ隊」の活動は、正直に言って「鳴かず飛ばず状態」が続いていた。
 そんなところへ、最近、情報を得て愛知県でユニークな福祉事業を行っている「ゴジカラ村」を見学しようという話しが出て20人ほどで泊まり込みの見学研修事業を行った。(私はスケジュールが合わず不参加だった。)参加者は大いに感激して帰ってきたようだった。
 そういう経緯があって、ゴジカラ村の創立者であり代表である吉田一平氏を迎えて講演会とシンポジウムを開催しようということになった。上のチラシがその呼びかけである。
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# by sumiyakist | 2008-09-16 21:50 | 地方自治