ソバの花

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 昨日(9月24日)のツカダの様子である。ソバの種を蒔いたのが8月28日だから、もう1ヶ月近くになる。草丈も伸びて、ようやく花が咲き始めた。急なことだったので種を2キロしか確保できず、復旧した面積の全部には蒔けなかったが、手作業でする刈り取りのことを考えて、スジ蒔きにしておいたのは正解だった。
 秋が深まった時期になってから、こうして一面に花が咲く情景を見るとそれなりに爽快な気持ちになる。

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 ソバの花をアップで撮った。清楚・可憐といった表現がぴったりの花である。
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# by sumiyakist | 2009-09-25 20:53 | 自然と暮らし

朋あり遠方より来たる

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 今日の写真もツカダである。
 京都の丹後半島の真ん中、味土野(みどの)に住む友人夫妻が訪れてきて、再開発の現場を案内した。手をつないでいるのは、蝕手話というコミュニケーションの最中だからである。というのも、夫人は目も耳も不自由な、いわゆる盲聾者であり、普通の手話ではコミュニケートできない。夫の梅木氏が手を直接触れあって再開発途中のツカダの様子を説明しているのである。
 梅木氏は私の古くから(といっても百姓暮らしをしてから)の友人というか仲間である。堺市生まれの団塊世代の人だが、高校を卒業して直ぐに「新しき村」に入村したという、筋金入りの求道者であり、知り合ったころは丹後半島の最高地点である木子(きご)というところで黙々と百姓生活をしていた。当時は、もちろん、独身で、自動車も持たず、テレビどころか電話もないという、われわれの仲間うちでも最も「仙人」的人物だった。

c0068917_20361259.jpg 少し離れた現在の味土野という在所(細川ガラシャが隠棲した場所である)に移ったことは聞いていたが、そのうち、都会で暮らしていた、目も耳も不自由な女性と結婚するという話を聞いて仰天した。その経緯はとても簡単には説明できないが、委細は左の本『見えなくても、聞こえなくても。―光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社・刊)に詳しく書かれている。(版元品切れだが、アマゾンでは購入できる)。
 私は数年前、新婚の夫妻を味土野に訪ねて、山深いわずか5戸(いまは3戸5人だという)の集落での暮らしぶりを見たことはあったが、梅木氏も妻の久代さんもわが家に来たことはなかった。

c0068917_20433027.jpg それが、遅まきながら富山県でも「盲ろう者友の会」が立ち上がることになり、その記念講演に夫妻が招かれて来ることになった。左の写真が昨12日に行われた講演の様子である。久代さんが手話で話をし、好彦氏が通訳をしている。盲ろう者の聴衆には蝕手話の通訳者がついている。せっかくの機会だから久利須村を訪ねたいということで、翌日である今日、お迎えしたしだいである。
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# by sumiyakist | 2009-09-13 21:08 | 自然と暮らし

氷見冤罪事件国賠訴訟

c0068917_196510.jpg じつのところ、この間、ブログネタは沢山あった。しかし、先に述べたように、面倒臭さが先に立って、もう閉鎖しようかと思っていたくらいだから、更新する気力もないまま打ち過ぎていたというのが正直なところである。
 気を取り直して(!?)、いささか自分も関わった本のことなので紹介しておこうと思う。本というのは左の写真である。『「ごめん」で済むなら警察はいらないー冤罪の真犯人は誰なのか?』(柳原浩・編 桂書房・刊 1300円+税)である。
 もう少し詳しい内容は、氷見国賠訴訟を支える会のHPからダウンロードして見ることもできる。
 氷見冤罪事件そのものはいまさら説明するまでもないと思うし、ここでも1,2度取り上げたこともあるので説明は省く。
 柳原浩氏は、明らかに警察・検察が無理やりでっち上げた「権力の犯罪」の被害者であるから、それによって蒙った有形無形の損害を国家賠償請求することになったのであるが、日弁連も全面的にバックアップすることになって147名という大弁護団が結成されて訴訟に臨むことになったのである。
 8月19日が第一回弁論期日なので、それまでに何とか本を出版しようということになり、地元富山の桂書房が発行を引き受けるといいうことから、私も少しお手伝いすることになったのである。(といっても、最近は原稿のやり取りは全てネットでやるので、たいしたことをしたわけではない。)
 また、原稿は、柳原氏の書いたもの、ジャーナリストの鎌田慧氏によるロングインタビューの他、同志社大学教授(メディア論)の浅野健一氏、奥村主任弁護人や国賠ネットの支援者などに加えて、地元支援者も何人か書いている。事件の経過年表や訴状の全文などの資料も巻末に載せた。
 私も「権力犯罪を生む富山の心的風土」と題して以下の短文を寄せた。

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# by sumiyakist | 2009-09-11 20:36 | 裁判批判

耕作放棄田、その後

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 比丘尼塚伝説のあるツカダの今日(9月10日)の情景。
 何度か草刈りをし、友人が手伝ってくれて、開墾グワでカヤの株を掘り起こし、再開発に取り組んできた。が、夏前から雨続き。刈った草を燃やして地表面をトラクターで耕すという作業ができず、予定していたアズキの種まきを結局やれずじまい。
 盆過ぎになってようやく種まきの準備が出来たが、すでにアズキには時機を逸してしまい、8月も28日になってやっとソバを蒔いた。
 そのソバが芽を出してこういう状態になっている。真ん中にあるのが比丘尼塚。クワの木にクズの葉が茂ってこんもりした茂みになっている。
 開墾(再開発)した面積は旧田の半分にも及ばす、向うには2メートルを越すカヤがススキの穂を出している。
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# by sumiyakist | 2009-09-10 23:32 | 自然と暮らし

戦争と女性の人権を考える

 ブログを更新するのがだんだん億劫になってきたところへ、幸か不幸か、メインマシンである古いiBookがまた不調になった。機能はいちおう回復したのだが、生来の面倒くさがり気質が出て来たのか、気がつくと4ヶ月近くも更新をサボっていたことになる。
 その間、農作業はもとより、市民運動や地区の世話などでも猛烈に忙しかった。ということは、その気になればネタはいくらでもあったことになるのだが、ブログ更新という「義務」からの解放感を味わっていた。
 知り合いの中には、体をこわしたか、なにか事故でもあったのか、と心配してメールをくれる人もあった。「休載のお知らせ」的なことをアップしようかとも思ったが、それさえ面倒なままうち過ぎた。このまま「休刊」ないし「廃刊」にしようかと思っていた矢先にちょっとした<事件>が起きた。下のチラシの催しについてである。

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 この催しについて「在日特権を許さない市民の会」(在特会)という団体が街宣などの抗議の行動を起こすとそのホームページで公言し、催しを後援している富山市に対して後援を止めるように働きかけをし始めたのである。(たぶん彼らの働きかけが奏功し、富山市は後援を取り消した)。
 在特会のことは全く知らないではなかったが、そもそも、在日(韓国・朝鮮人)に「特権」なぞあるのか? 私は大阪の下町で育った人間だから、同級生に「在日」(という言葉はまだ普及してなかったが)の子はかなりいたし、いまの友人にも何人かいる。彼らに、マイナスのそれ(宗教的な言葉を使えば、むしろ「聖痕=スティグマ」とも言うべきである)ならいざ知らず、「特権」というものがあるとは到底思えない。それどころか、「在日」であることのデメリットばかりを蒙ってきたのが実際である。
 だから、その「特権を許さない」などと大声で叫ぶようなこと自体、とんでもない言いがかりではないかと、そういう主張を奇異に感じでいた。
 私も実行委員のひとりとして関わっている上の集いに関して抗議を受けることになって、改めて在特会のホームページや関連のブログ、ユーチューブの映像などを少し注意して見てみた。
 正直いって(そして、大げさでなく)吐き気を催すようなものが多い。こういう連中の「抗議」を真面目に受ける必要は全くない。

 現行のわが国の法律や国際人権規約などの条約、政府・自治体の(日本軍「慰安婦」問題についての)意思表明や決議などを全く無視して、いわば理不尽に違法・不法な主張を公言する団体の抗議を、真面目に受け止めるということは、彼らの主張を一応は是認して、どういう意味にしろ「カウンターパート」として同じ土俵に上がるということである。
 それはまさに「冗談じゃない!」である。議論を行う共通の基盤が存在しないのである。そんな人たちと議論が出来るはずがない。(それは、彼らからしても同じだろう。議論をしようと言っているように見えることもあるが、じつはたんに難癖、いいがかりを付けて、ためにしようとしているに過ぎない。建設的な議論が出来るとは彼ら自身考えていないだろうと思う。)

 そうは言っても、何を仕掛けてくるのか分からないから、対策を考えるために臨時の会議を開いたり、警察に万一の際の「保護」を求めるために相談に行ったり、慌ただしい数日であった。
 いよいよ明日がその当日。静かな環境を確保できて「戦争と女性の人権」について考え話し合う有意義な一日となることを願うばかりである。
 
 スケジュールなどは以下の通り。

13時 映画「オレの心は負けてない」
14時50分〜16時10分 池田恵理子さんの講演
16時半 第二回映画上映
18時15分〜30分 池田さんのショートスピーチ
ロビーにて、パネル展示・物販など。


★当日とやままつりと駐車場の無料開放もあり、大変混雑すると予想されます。車の方はかなり早めに来られるか、西町周辺を外して駐車された方が良いと思います。ご注意ください。
★入場をスムーズにできるように、事前にチケットをお買い求め下さい。

 
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# by sumiyakist | 2009-08-07 21:48 | 憲法・教育基本法

伝説の里の耕作放棄田

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  久利須の集落から1キロほど離れたところに、ツカダと呼ばれる田んぼがある。いや、「あった」というべきかも知れない。もう耕されなくなって10年近く。一面の茅(カヤ)の原と化している。古い山田にしては広い部類の数枚の田があるのだが、その最上段の田の現状が上の写真である。
 かつてこの田が耕作されていたときには珍しい光景を見ることができた。田んぼの真ん中に直径3〜4メートルの小島が浮かんでいるのである。まさに田んぼに塚があるのである。ツカダの呼び名はこれに由来していると思われる。上の写真で中央の向がわに黒い灌木が生えている部分である。

c0068917_2231538.jpg そばによるとこういう状態で、コンクリート製の標柱が立てられている。これは埋蔵文化財包蔵地を示すもので、そのアップ写真を下に載せる。

c0068917_2271052.jpg この塚は「比丘尼(びくに)塚」と言い伝えられ(一説に「姫塚」)、ここからさらに1キロほども上にある「俊寛塚」とならんで、久利須に伝わる俊寛伝説の主要モチーフのひとつである。しかし、いまは伝説に深入りしないでおこう。

 そういう由緒からしても村にとっては大切な田であるはずなのであるが、いまは耕すものもなく荒れ果ててしまっている。村を出ているこの田の所有者が、べつに小作料などいらないから耕作してくれないかと以前から話しておられた。
 一方で、私たちが「入植」してからやはり耕作放棄田を再開発して自家用の米作りをしていた田んぼが、だましだまし使っていた水利がついに用をなさなくなり(水源の堤も極度に浅くなり、水路も漏水が激しくなった)、しかたなく稲作を休止しているので、このツカダの復旧を考えないでもなかったのである。
 ここ数年、春になると現地を見ては「今年こそ」と決意(?)を新たにしたりするのであるが、そのたびに決意倒れになっていた。
 がむしゃらに耕作放棄田の復原に取りかかった20年余り前とは当方の体力も相当落ちているし、なによりも、ここ数年の稲作ばなれのうちに怠け心がついてしまって、当時のように、「保温折衷苗代」「枠を転がして手植え」「手刈(バインダー)とハサ掛け」という旧来型の稲作体系をやって行く自信が持てないでいるのである。おまけに、反戦だ、憲法だと下界からお呼びがかかるもので、ついついツカダの復活が遠のいていたというわけ。
 しかし、よくよく考えれば、反戦や護憲の運動をするためにこの山里へ来たわけでなし、こうしてむなしく原野に帰りつつある田に立ってみれば、たとえ一枚だけであろうと、田んぼの命を取り戻すことこそ自分のなすべきことのようにも思われる。


c0068917_2244342.jpg  幸い、この田の水源になる堤はまだ満々と水を湛えており、田からの距離も300メートルほどであるから、用水路はほとんど壊れているものの、復旧するにしても不可能ではない。今年こそは作業にとりかかろうかと、また何度目かの(笑)決意を新たにしつつある。


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 堤の堰堤から田を望んだところ。中央遠方の枯れ草色のところがツカダである。足下から水路が(ほとんど壊れているが)続いている。
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# by sumiyakist | 2009-04-06 23:05 | 自然と暮らし

下肥運び

 春の最初の農作業はジャガイモの植え付けである。雪が消えるのを待って、時によっては宮の裏から上がってゆく坂道の残雪をスコップで開けて、軽トラックで元肥にする下肥を運ぶ。
 屎尿は良質の肥料であることは誰でも知っているが、いまや農家でも水洗トイレが普及しているから、里(平野部)では下水道にこの良質の肥料を水に流して捨てている(しかも、おカネをかけて!)。山間地でも合併処理などの水洗化が進んでいる。
 私は20数年前にこの家を入手して殆ど自力で改修したのだが、普通の汲み取り式であった便所の改造については、農業雑誌(都市生活者であったときも愛読者だった)で知っていた「サイコン」という名称のコンポスト便所装置を取り付けた。
 原理は、屎尿に何か独特の微生物を添加してあるとかいう「おがくず」を投入して、螺旋状の攪拌装置で混ぜて発酵処理するというものである。
 螺旋構造の攪拌装置はタイマーで制御されていて、一日に一度ないし数度回転して攪拌し、一度だけ(夜中に設定してある)逆回転して混ぜた屎尿を外のタンク(便槽)に搔き出す。タンクには排気筒と電動のファンが取り付けてある。
 臭いもせず良質のコンポスト肥料ができるという触れ込みであった。たしかに、昔ながらの「ぼっとん便所」に比べると、使用感もそれほど悪くないし、下肥の利用という点についても、いったん野壷のような「中間発酵設備」に蓄える必要もないから、合理的な設備である。
 わが家では重宝しているが、残念なことに世間の流れは農村といえども「水洗トイレという文明生活」の方に圧倒的に向いているようで、この装置を製造しているメーカー自体が行き詰まって潰れてしまったらしい。
 当地の友人たちもこの「すぐれもの」を見て何人かが設置しようとしたが、既に代理店も撤退しメーカーとも連絡が取れない状態で残念がっていた。
 メーカーが潰れて特製の微生物入りのおがくずは入手できなくなったが、知り合いの木工所から広葉樹のおがくずを貰って来て、それに自家製の粉炭(木酢液入り)を混ぜて(自動投入装置が壊れてからは)ヒシャクで直接投入するという簡便な方法で運転を続けてきた。
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 写真の「S」のマークがついているのがおがくずを入れておくタンクで、この便所内のボタンを押すとモーターで便器の下に所要量のおがくずが投入される。いまは使っていない。右側が便槽の開口部。フタをあけてヒシャクで汲み取っている。便槽は720リッターの容量。5〜6人家族で3〜4ヶ月で満タンになる計算だという。
 冬の間に溜まった下肥はそっくり畑でジャガイモの元肥になる。下肥のある分だけのジャガイモの作付けができるというわけである。「入るを計って出るを制す」ならぬ、「出るを計ってイモを作す」である(笑)。
 下肥桶や密閉タンクなどを総動員してトラックで畑まで上げ、そのあとは一輪車に積み替えて畝のところまで運ぶ。結構な力仕事で、冬の間に鈍った体のウオーミングアップでもある。
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 どうかすると4月にずれ込むこともある作業なのであるが、少雪のせいで、彼岸頃にはトラクターで畑を起こすという早回りの年になった。
 あちこちで盛んに啼き始めたウグイスなどの野鳥の声を聞きながらの半日の作業である。
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 溝に下肥を入れ終えた畑。軽く土を覆っておき、後日ジャガイモの種芋を適当な大きさに切って植え付けてゆく。
 というわけで、生ごみも屎尿も、わが家では貴重な有機肥料になる。
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# by sumiyakist | 2009-03-25 13:30 | 自然と暮らし

原発運転差し止め訴訟

 3月の16日の「上海便」訴訟につづいて、一日おいて18日、志賀原発運転差し止め訴訟の、やはり1審で被告側が敗訴した控訴審の判決が出た。裁判長は同じく渡辺修明判事。前回書いたとおり、渡辺裁判長は期待できそうな人物であったのであるが、すべて電力側の主張を容れて原判決を破棄。われわれの請求を棄却した。
 
差し止めの1審取り消し 志賀原発訴訟
2009年3月18日 19時06分
 北陸電力志賀原子力発電所2号機(石川県志賀町、稼働中)の耐震性に不備があるとして、周辺住民らが北陸電力(富山市)に運転の差し止めを求めた訴訟の控訴審判決が18日、名古屋高裁金沢支部であった。渡辺修明(のぶあき)裁判長は北電による安全性の立証を認め、「原子炉に住民らの生命、身体、健康を害する具体的危険性があるとは認められない」として、運転差し止めを命じた1審金沢地裁判決を取り消し、住民側の請求を棄却した。住民側は上告する方針。
 判決は、2006年9月に改定された国の耐震指針(新指針)の妥当性を認定。「地震動を評価する手法は最新の知見を反映し、過小評価とはいえない」とした。
 渡辺裁判長は、原発直下で起こり得る地震の規模について「マグニチュード(M)6・8で十分」とする北電の想定を妥当と判断。「M7・3の地震を想定すべきだ」とする住民側の主張を退けた。
 原発の東側20キロに位置する邑知潟(おうちがた)断層帯についても、「2本の別々の断層帯からなり、連動して動くことはない」とする北電の評価を認めた。
 判決は、07年3月の能登半島地震や同年7月の新潟県中越沖地震にも言及。「外部への放射能漏れにつながる損傷は受けておらず、住民らが被ばくする危険性が示されたとはいえない」とした。
 訴訟は1999年8月、石川、愛知、岐阜など17都府県の住民が提訴。06年3月の金沢地裁の1審判決は「地震による重大事故で、住民に被ばくの恐れがある」と、商業用原発で初めて運転差し止めを認め、北電が控訴していた。
(中日新聞)


 これで金沢地裁で井戸謙一裁判長が出した画期的な3つの判決、住基ネット違憲判決・市民オンブズマンつばた、談合告発訴訟、志賀原発運転差し止め訴訟は、すべて高裁で逆転されてしまったことになる。
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# by sumiyakist | 2009-03-19 00:18 | 裁判批判

また勝った!!


 市民オンブズ富山が石井県知事を相手に不当支出の返還を求めて提訴し、富山地裁でオンブズ側が勝訴し、県側が控訴している「上海便訴訟」の2審判決が昨日(3/16)、名古屋高裁金沢支部であった。私は所用があって法廷へは行けなかったのであるが、メンバーから自宅へ「勝訴」電話が入っていた。
 読売の記事を以下に引いておく。

宿泊費訴訟 県の控訴全面棄却知事に支払い命令

 石井知事らが2005年11月に訪中した際、県の旅費支給条例に違反し、不当に高いホテルに宿泊したとして、知事に56万円の支払いを命じた富山地裁判決を不服とし、県が控訴した裁判の判決が16日、名古屋高裁金沢支部であった。渡辺修明裁判長は、原告の市民団体「市民オンブズ富山」(富山市)を勝訴とした1審・富山地裁判決を全面的に支持し、控訴を棄却した。
 県側は、訪中事業は上海便の利用を促進する民間団体に委託しており、民間の事業であるため県条例に違反しないと主張。石井知事は宿泊費について知ることができなかったなどとして、旅費支給条例に違反しないとした。
 判決で渡辺裁判長は、〈1〉民間団体でも事業費用は県が負担し、事務も県職員が行っていた〈2〉訪問団が県を代表する立場でも、条例で旅費の上限額は定められている〈3〉石井知事は宿泊費の確認を県職員に指示することができた――などとして、県側の主張を全面的に棄却した。
 判決後の会見で、市民オンブズ側の青島明生弁護士は「県側の主張はことごとく否定され、合理的な判断が維持された。石井知事はメンツにこだわらず、是正すべき」と話した。
 石井知事は「判決文の内容は見ていないが、少し意外。旅費条例には事情があれば例外で(上限を超える支出を)認める規定もある。弁護士の意見も聞き、判断したい」とコメントを出した。
                 (2009年3月17日  読売新聞)


 控訴審に対応して県側は弁護士を新たに加えたりして、万全を期したはずである。とはいうものの、それほどたいした準備書面も出してこないところをみると、行政訴訟では裁判所は行政の肩をもつものという安易な思いこみをしていたのかもしれない。石井知事の「少し意外」という感想に、そのあたりの虚をつかれた思いが現れている。
 それとまったく対照的に、われわれオンブズ側としては(他の人はともかく私は)、控訴審ではひっくり返される公算がおおきいだろうな、と、半ば諦め気味であったから、これまた「少し意外」の感があった。しかし、もちろん、大いに喜んだことは当然である。
 思えば、この判決を出した渡辺修明裁判長は、やはり2審で金沢支部に舞台を移した「不二越強制連行・強制労働(女子挺身隊)訴訟」(こちらは1審の富山地裁では原告側敗訴で控訴している)の審理も担当していて、つい10日余り前に第4回の公判が開かれたところなのであるが、原告側が要求した学者証人の申請に対してきっちり対応してくれている。きちんと聞くべきは聞き、事実に則して判断を下すという、いわば当たり前の裁判官であるのかもしれない。
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# by sumiyakist | 2009-03-17 22:37 | 地方自治

早春

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 可燃ゴミの収集は(わが久利須村は)月一度。最初の平日の偶数日。というわけで、3月は2日(月)の写真。先の写真と同じ場所である。さすがに雪は消えた。
 いまのところ出ているのはわが家のものだけだが、先月に出しそびれたので今月は3袋。つまり、ひと月あたり1.5袋である。生ごみは全部堆肥にして畑に戻すし、紙ゴミでも箱などはストーブの火付けに使うから、可燃ゴミは少ない。(容器包装プラの方が多い)。
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 さて、春一番の仕事は、山仕事としては、昨年のうちに倒してあった椎茸の原木を玉切りして運ぶことと薪を集めること。上は薪用の木を運んでいるところ。
 薪は、どうかすると4月の連休が始まる頃にも朝晩などは焚くこともあるが、一日中焚くのは冬期の100日ほど。日に50キロ焚くとしても5トンの薪が必要である。これを次の冬までに用意しなければならない。
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 そんな仕事の合間に、あちこちに出てくるフキノトウを採ったりマンサクの花を探したり。上は咲き始めたマンサク。
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# by sumiyakist | 2009-03-09 20:44 | 自然と暮らし