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餅つき

 師走の19日、友人の金嶋久貴子(茎子)さんが経営するNPO法人のデイサービス施設「神通さくら野」の恒例の餅つきに、つき手の友人を誘って(わが家の正月用のもち2臼分の餅米を持って)朝から出かけた。
 「さくら野」の建設経過は、当時リアルタイムで報告したブログに残されているが、現在でちょうど満3年が過ぎたことになる。幸い、いいスタッフにも恵まれて、利用者もどんどん増えてきて、手狭になったので2階建て延べ44坪の増築にとりかかり、先日やっと完了したところである。今年はそのお披露目も兼ねての餅つきとなった。

 今日の利用者は20人を越えている。その家族の方も何人か見えていて、スタッフやわれわれ「男衆」も含めて総勢40人ほどで賑やかに餅つきが始まる。

c0068917_20494281.jpg  餅つきは、つき手と「手返し」(臼の中のモチが万遍なくつき上がるように杵の間をぬってモチを引っぱったり折り返したりする役)の呼吸が合わないといけないが、予定していなかったひとりの利用者さんが「やりたい」と名乗り出てきた。77歳の女性で、50年ぶりに手返しをしてみたいとのこと。

「では」とお願いしてみると、これがたいへん上手。50年経っても体で覚えた技は身に付いていて、すぐに使うことができるのだと、スタッフも見ている人も感心する。左の写真は、私とその利用者のSさんとのコンビの場面。


c0068917_2052363.jpg ついたモチをすぐに10時のおやつとしてアンコ・きな粉・ゴマにまぶして食べたり、昼食にはお雑煮として食べたりした。

c0068917_20533847.jpg しかし、なにしろ、お年寄りのことだから喉にモチを詰まらせたらたいへんだと、スタッフはあちこち目配りおこたりなく、心配となると小さなモチをさらに小さくちぎったりして大忙しであった。
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by sumiyakist | 2008-12-20 21:00 | 自然と暮らし

鎌仲ひとみ監督と語る

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 今日12月14日、石川県の内灘町で、「鎌仲ひとみ監督と語る会」なる講演会があったので出かけた。
 鎌仲さんは富山県氷見市の出身の女性でドキュメンタリー映画監督。イラクでの劣化ウラン弾による被曝や核施設周辺の汚染による緩慢な被曝を扱った「ヒバクシャ・世界の終わりに」や、核燃料再処理施設の建設に揺れ動く青森県六ヶ所村の様子を描いた「六ヶ所村ラプソディー」を撮った人である。(それ以前にNHKの制作になる「エンデの遺言」にも関わっている。)
 今回の講演は、次の作品になる予定の「ミツバチの羽音と地球の回転」(仮題)の取材経過で得られた知見をもとに、スウェーデンのエネルギー政策の現状を紹介するものだった。
 スチル写真の映像をプロジェクターで映しながら、次々とスウェーデン政府のエネルギー政策や産業、人びとの暮らしなどを紹介していった。
 脱原発を実行し化石燃料への依存も徐々に減らしながら、なおかつ経済成長を続けているスウェーデンの成功例(太陽光・風力・バイオエタノール・バイオマス・バイオガスなどの自然&再生可能エネルギーの現状)をきめ細かく取材している様子がうかがえる「中間報告」であった。
 また、同時並行で取材している山口県の瀬戸内海に浮かぶ小さな島・祝島の様子も紹介された。こちらは中国電力が建設を目指してきた上関原発立地予定地のすぐ対岸にある島である。島民たちは20数年にわたって一貫して建設反対を主張しているが、そういう島民たちの細やかな日常生活と対比しつつ原発建設問題が取り上げられている。
 こうした取材過程からどのようなドキュメンタリー映画が生み出されてくるのか、多分、鎌仲監督自身もまだ模索しているところなのだろうと思う。いわば、手の内を見せてくれているわけだ。
c0068917_21351226.jpg 参加者との対話の最後で、自分のガン罹患のこと、医師の勧告を拒んで手術をせずにいたらガンが退縮していたことを告白をしたのもにも驚かされた。最新の著書『六ヶ所村ラプソディー』(左)にも書いてあるとのことである。

<12/15 追記>
 会場に少し早く着いたので、準備中の鎌仲監督に挨拶をした。というのも、目下、関係住民の一人として関わっている「高岡地区広域圏のごみ問題を考える会」の活動で、氏ともメールなどでのやりとりをしているところだったからだ。
 問題は日量270トンという巨大なゴミ焼却施設を新たに建設するという行政の計画に「待った」をかけようということなのであるが、建設予定地が高岡と氷見との境界の丘陵地ということで、故里・氷見のこととて、鎌仲氏も心配して現地踏査などの状況確認に同行されたりして、運動の立ち上げに関わってくれているのである。
 その際に、私の手渡した紙版の「スミヤキスト通信」に載せた『ガン呪縛を解く』の記事を目ざとく見つけて、ご自分のガン体験の話しをされたのである。氏もやはり、外科手術を拒否して、さまざまな「代替療法」を試みられたそうだが、そのうちに退縮(自然治癒)したそうだ。そして、そういう体験をした人が沢山いることを知ったという。
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by sumiyakist | 2008-12-14 21:39 | 自然と暮らし