<   2008年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧

事故米・汚染米

c0068917_22184077.jpg

c0068917_22192211.jpg  三笠フーズなる会社が非食用の汚染米を食用の米の販売ルートへ流していたことが発覚してさまざまな報道がある。この汚染米のマスコミ報道を見ていて、いつもながらマスコミのピントはずれぶりに腹立たしい思いをしている。センセーショナルに事件を取り上げ不安を煽ることはするが、表層のことだけをあれこれ報道するだけで、根本の原因や深層の事実にはまったく迫ろうとしないからである。(そのピンぼけぶりは、わざとピントをはずすことで情報操作をしているのではないか、と疑うほどである。)

 どこそこの会社へ流れた、どこでどんなふうに使われた。やれ施設で食べられた、やれ給食にも使われた、と、世間の視線をいわゆる川下へ誘導するばかり。マスコミの情報操作だと私がいうのはそういうことだ。
 この非食米が、なぜ、どのように発生し、なぜ、どのように食用米のルートに流れていくのか、それを追及することこそが報道の役割だと思うのだが、むしろ、マスコミはそういう関心から目をそらせる役割をしている。
 喜んでいるのは誰か? 農水省の役人とそれにつながる非正規米流通の中枢にいる業者だろう。川下に関心が拡散している限り、自分たちの「悪行」に世間の関心が集まることはない。人の噂も75日。いずれまた別の事件が起こってマスコミ報道の中心がそちらに移ればたいていの人びとは事故米のことは忘れてくれる。

 やっと、今日(9/28)になって朝日が詳細な調査記事を出した(上の写真)。1ページの1/3ほども使った大きな記事ではあるが、先に述べた通りのことしかしていない。天下の朝日にしてこの程度の追及しかできないのかと、いささかがっかりした。

 私は、たんなる憶測で役人と業者の悪口を言っているのではない。汚染米と聞いて、カドミウム米の扱い方のことを思い出したからだ。ずいぶん昔の、まがりなりにも食管法が残っていた時代のことであるが、以下に述べるような構造は今もそう変わってないだろう。

 よく知られるように、富山県はカドミウム汚染米の「本場」である。富山市・婦中町とその周辺で多発したイタイイタイ病は、神通川上流の神岡鉱山からのカドミウム排出がその原因であるとされ、水俣病・四日市ぜんそくとともに三大公害病のひとつとされる。
 そのカドミウムによって土壌がひどく汚染された水田は、地盤をそっくり入れ替えたり(客土)、埋め立てて宅地や工場用地や公園にしたりしているが、汚染の程度によってはそのまま稲作を続けているところもある。
 カドミウム含有が1PPM以上のコメは政府が買い上げて焼却することになっている。0.4PPM〜1PPMのコメは、同じく政府が買い上げるが(今は<社>米麦改良協会という天下り団体が買っている)、これは非食用として工業原料(ノリ)にされることになっている。この仕組みは現在の事故米と同じである。
 焼却については、どのようにそれを確認する仕組みがあるのか、私はしらないが、工業原料にされるはずの低汚染米が、実際はどのように扱われていたかを、たまたま私は目撃したことがある。平成米騒動として有名になった川崎磯信氏の「闘争」に応援団として関わっていて、少しコメの流通の仕組みとその実態とを見聞した過程でいわゆる「カドミウム米」の姿を見たことがあるからである。
 それは、まったく普通のコメと同じ30キロ入りの紙袋に玄米で入れられていて、ただ一点普通のコメと違うのは、縛られた結び目に紫色の荷札が付けられていたことである。つまり、その細い針金で括り付けられた荷札を取ってしまえば、見た目にはまったく普通の食用米を見分けはつかないということである。科学分析してみなければ、素人はもちろんプロが見てもそれがカドミウム米だとは分からない。
 買い上げ価格は、今はいくらで買いあげているかしらないが、生産農家には食用米と同程度の金額を公費から補填して支払っているはずだが、仕入れ価格(簿価)としては非食米としてであるから格段に安いのである。当然業者への販売価格も安い(このあたりも事故米やミニマムアクセス米と同じ)。
 そのコメが、紫色の荷札さえ外してしまえば普通のコメと見分けがつかないとなると、食用米に流れてゆくのは、当然といえば当然のこと。そのコメを横流しする仕組みも整っているのだから、利に聡い業者なら手を出さない方がおかしい。
 猫の目の前に鰹節を置いておいて、「ダメ」といえば猫が言うことをきくものとして(性善説を信じて)監視しないのである。これは行政の落ち度だろうか? そうではなくて、故意に猫に鰹節を盗らせるための仕組みを採用していると考えねばなるまい。
 今回の事故米についても同様のことが起きている。非食米(工業原料)なら着色してしまうとかの、食用に転用されない方法を採ることもできるのに、敢えて(故意に!)行政はその方法を退けている。つまり、猫の前に鰹節を置きっぱなしにしているのである。
 
 規制緩和で誰でもが参入できるようになったから不正が起きたと農水省は言い訳をしているが、とんでもないことだ。食管法があるときにはもっと大々的に、政界もからんで闇の部分が存在していたと考えられる。
 不正が起きて当然の仕組みを敢えて作っているから、起きるべくして不正は起きる。そこには不作為でなく、何らかの「作為」があると考える方が当たり前である。朝日の見出しを使えば、「安全網に穴は故意に開けられている」のである。
 
 なお、カドミウム米は(富山が「本場」であるが)、鉱山とは関係のないと思われる全国の多くの水田でも収穫されている。(ニッカド電池の廃棄が原因という説も言われているが、私にはそれを判断する材料はない。)平成19年度の0.4〜1.0PPM汚染米の買い上げ数量は2400トン。ノリにされていることになっているが、ノリ業界では原料にコメを使うことはほとんどないという奇怪な話がある。

 ともかく、朝日新聞のいっそうの奮起を促しておこう。まっ、あまり期待はしないが。




 
[PR]
by sumiyakist | 2008-09-28 22:36 | マスメディア

介護保険

c0068917_13312590.jpg

 先日(9/21)富山市で開かれた講演とシンポジウムを聞きに行く。認知症の人と家族の会(かつて「ボケ老人をかかえる家族の会」といっていた)が開いたもの。来年行われる介護保険の制度改定に向けての「提言」をアピールするために全国4カ所で開いてきたもので富山市が最後だという。
 最初に津止正敏・立命館大学教授の基調講演「『介護の社会化』とはなにか」があり、会が出した「提言」の解説につづいてシンポジウムが行われた。(上の写真はシンポジウムの場面)

 介護保険が実施されたのは2000年。「介護の社会化」「家族による介護から社会全体での介護」を最大のスローガンに導入された。確かに高齢者介護に対する「意識改革」にはなった。ホームヘルプやデイサービス・ショートステイなどの利用が急速に一般化し、老人ホームは「救貧的」なものから普通の家庭の高齢者が利用するものへと変化した。それにともなって施設の設備や介護技術の水準も上がった。
 特養ホームは「個室・ユニットケア」が普通になった。しかし、そのぶん、利用者の負担は急上昇し、老齢年金などではまかないきれないことになり、施設は「高嶺の花」化しつつある。施設を出されて行き場のない「介護難民」も生じている。
 3年ごとに見直し改訂が行われてきているが、そのたびに介護報酬は切り下げられ、そのことは介護職の給与削減に直結している。介護に意欲的な若者がせっかく就職しても、給与や勤務形態などの労働条件の悪さにすぐ辞めてしまうという。3K職場(きつい、きたない、結婚できない)という自嘲も聞く。
 私の友人たちにも何人か小規模な福祉施設(いわゆる富山型のデイサービス施設など)を経営しているが、みな、苦労している。自分も含めて職員の給与は、ボランティア精神で補わなければならない金額だ。介護の現場は、そういういわば使命感と自己犠牲とを「足し前」してようやく維持されている。(営利優先の大型施設の状況を聞くこともあるが、それはまさに「収容所」であり、利用者は悲惨な状態にある。そうでもしなければ「利益」が生み出せないのだ。)

 さて、上の津止教授の講演は、もう少し違った視点からなかなかに啓発的な内容であった。
・要介護者の80パーセント以上が在宅で、家族とあるいはひとりで暮らしていること。
・男性の介護者(介護する側が男性、つまり夫とか息子)が増加していること。それと関連して仕事と介護の両立という新たな問題が生じていること。
・介護者にとって、介護の負担を感じることと介護に喜びを感じることとが、アンビバレントに両立していること
などを指摘して、介護政策への提案を行っていた。

 後半のシンポジウムも、パネラーに知った顔もあったり、厚労省の担当官も出ていたりで、興味深い発言が多く、学ぶことが多かった。主催者が用意した資料が足りなくなって慌てて追加をコピーするほどの盛況だった。
[PR]
by sumiyakist | 2008-09-25 13:37 | 地方自治

富山(氷見)冤罪事件

c0068917_8585170.jpg 左の記事が「えん罪事件」の発覚を伝える報道である。マスコミは今に至るもずっと「誤認逮捕」という表現を使っているが、前にもかいたように、「誤って」ではなく、明らかに警察は「故意に」冤罪事件を作り出して来た疑いが強い。


c0068917_8463583.jpg

  前々回に書いた集会が富山で開かれた。冤罪事件の元被告・柳原さんは、各地の集会や大学でこの事件に関して講演をしてきたというが、地元の富山で公開の場で話しをするのは初めてであるという。
c0068917_8472335.jpg

 同じく警察の強引な捜査によって選挙違反事件がでっち上げられた鹿児島県・志布志事件の関係者も4人が遠路出席してくれた。こちらは、13人を被告とした裁判そのものが無罪となり、その自白を「作り出した」警察・検察の捜査手法が冤罪事件を生み出したとして俎上に上げられている。国家賠償請求(国賠)訴訟が提起されているのである。
 本裁判から引き続いて担当している野平弁護士は「国賠裁判で勝つのは非常にハードルが高い。裁判が無罪なのだから国賠で勝って当然だ、といった安易な取り組みではなかなか勝訴できない」と強く警告していた。志布志では14人(20人といったかも知れない)の弁護団で捜査記録などを徹底的に洗い出して分析を進めているという。
 国家(公務員)の不法行為に対して賠償を求めるわけだが、その不法行為(つまり違法な捜査)の立証責任は原告側にあり、しかも証拠の文書などは殆ど警察・検察側が持っているという構造のなかで闘わなければならないからだ。

c0068917_848289.jpg
 志布志事件で違法な捜査手法として有名になった(悪名をはせたというべきか)「踏み字」の説明をする川畑幸夫さん。
[PR]
by sumiyakist | 2008-09-22 10:20 | 裁判批判

ナラ枯れ・一年後

c0068917_2134312.jpg


 昨年、ナラ枯れ現象について何回か書いたことがあるが、一年が経過しての様子をレポートしておこう。
 見て分かるとおり、今年もさらに何本かが立ち枯れた。今年の被害木は葉が茶色に見える。昨年のそれは、葉が落ちて枯れ木のように見えるか、あるいは枯れた葉が一年間落ちずに残っていて灰色のように見えるものもある。今年は尾根から少し下がったところに多く発生しているが、昨年と同程度の被害本数のように見える。(手前の犬はわが家のベル。)

c0068917_21345575.jpg


こちらはマツオの尾根を見たところである。こちらは昨年ほど多くはないようであるが、やはり新たなナラ枯れが何本かある。現場は谷をいったん下りた向こうの山であるから、そばまで行くのはかなり面倒である。手前の休耕田は昨年同様ソバを作っていて、目下花盛りである。
(右手に三角形に枯れた樹形が見えるが、これは樹木ではなく、木に巻き付いて繁茂したツル性の植物が枯れているようである。)

c0068917_21593734.jpg 左の写真は、上とは少し離れた山で、いま伐採中の現場のミズナラの木である。下向きに相当傾斜して生えているのを、斜面の上側に倒すためにワイヤーをかけて引っぱっているが、ご覧のように劇症の枯死状態である。しかし、よく見るとまだ緑の葉もついている。

c0068917_228126.jpg 目の高さほどの幹である。まだきれいな葉が付いているが、カシノナガキクイムシ(カシナガ)が潜入した目印である、きな粉のような食いかす(フロス)が沢山付着している。

c0068917_7324971.jpg ついでにワイヤーを引っぱっているチルホールという道具を紹介しておく。写真の右側にワイヤーが延びている。左側は切り株に固定してある。1メートルほどのハンドルを往復させることで梃子の原理でワイヤーをたぐり寄せる。1往復で7センチほどだから、何十回も往復させねばならないが、垂直引き上げで800キロ、引っぱりで1トン半ほどの力を出してくれる。山の中へ入って人力だけでこのパワーを使えるのだからありがたい。原木の切り倒しや斜面からの引き上げなどに重宝している。

[PR]
by sumiyakist | 2008-09-20 22:25 | 自然と暮らし

氷見えん罪事件

c0068917_1983336.jpg

 催しというなら、今週末に開かれるこちらの方を先にお知らせせねばならなかった。
 上のチラシは、写真版でご覧頂くには不向きな文字ばかりのものであるが、内容がそれほど固いものだということで、ご容赦いただこう。(時間があれば呼びかけ人に加わっていることだから、私が手伝うことも出来たのだが、ブログでお分かりいただけるように、なにしろこの間は催しが立て込んだのと盆明けから再稼働した本業とで、死にそうなくらい忙しくて、お任せ状態だった。)

 テーマはご覧のとおり、氷見えん罪事件(事件の概略は後出)。マスコミは「誤認逮捕」などと表現しているが、警察の「誤認」、すなわち、うっかりミスなどではなく、この被害者本人の話を聞くと、明らかに警察の意図的な「でっち上げ」事件なのである。
 警察は、逮捕した被疑者のアリバイを示す電話の通話記録を入手していたり、現場に残された足跡から靴の大きさも相当違っていたりするし、この種の事件では必ず行っているはずのDNA鑑定でも齟齬を来していたはずである。(警察・検察にとっては不都合な証拠だからか、裁判に提出しなかったらしい。)
 後日他所で真犯人が上がって自白したことでえん罪が発覚したが、そういう偶然の僥倖がなければ、永遠に真実は明るみに出ず、警察のでっち上げは闇の中のままだったということだ。
 もちろん、無実の罪を着せられた人の国家賠償を最大限勝ち取ることは大切であるが、どのようにしてえん罪が作り出されるのかの典型的な事案だと思うから、徹底的に真相を解明し、「再発防止」(なんとよく聞く言葉か!)のためにもしっかりと裁判をさせねばならない。

 チラシの裏面は文字で紹介する。

 <<富山(氷見)冤罪事件とは>>
2002年に富山県氷見市で起きた強姦事件と強姦未遂事件で逮捕、起訴された柳原浩さんは富山地裁高岡支部(中牟田博章裁判長)で懲役3年の有罪判決をうけ、服役しました。ところが、柳原さんは無実だったのです。満期釈放後の2006年になって、別の容疑により鳥取県警に逮捕された男性がこの事件の真犯人だったことが分かり、富山地検は異例の再審を請求しました。07年4月に検察・弁護側双方が無罪判決を求める再審裁判が開始され、10月に富山地裁高岡支部(藤田敏裁判長)は改めて無罪判決を出しました。
 逮捕から5年半ぶりに無罪判決を手にした柳原さんですが、「納得いかない、本当の意味で冤罪が晴れたとは思っていない」と怒りを隠さない様子が報じられました。再審裁判では犯行現場の足跡や自宅からの通話記録などから柳原さんの犯行でないことが認定され、前の有罪判決が取り消されました。しかし、これら無罪を示す証拠がありながら冤罪が作り出されたカラクリは隠されたままです。警察や検察のしたことは何も明らかにされていません。その解明のために柳原さんや弁護団は当時の氷見警察署の取調官や起訴した検察官の証人尋問を求めました。彼らは否認していた柳原さんを強引に自白させました。でも裁判長はその取調べを拒否したのです。
柳原さんはいま、この冤罪の成り立ちやその責任を明らかにし、被った損害の賠償を求める国賠裁判の準備を進めています。そこには冤罪被害からの名誉回復のみならず、同じような冤罪の再発を防ごうという強い意志があります。さらに、この冤罪をただすべきだった裁判所や弁護士の果たした役割がどのようなものであったかも、明らかにしなければなりません。

<<富山冤罪国賠を支える会(準)の発足と参加のお誘い>>
氷見冤罪事件に深い関心を寄せてきた富山県内外の市民たちによって、冤罪と闘う柳原さんの国賠裁判を支え、ともに冤罪の根絶をめざすために、「富山冤罪国賠を支える会(準備会)」を発足させました。これまで様々な国賠裁判を通じて蓄えてきた経験や知恵を活かし、冤罪の真相を明らかにする所存です。法曹界やメディアが見過ごしてしまい、そして私たちにも分からなかった冤罪事件だからこそ、その原因を具体的に解明する必要があります。ぜひ、多くの方々に参加していただき、共に冤罪を許さないための運動を進めましょう。

<支える会(準)呼びかけ人>
福富弘美(呼びかけ人代表)、浅野健一(呼びかけ人代表)、井上清志、磯部忠、高木公明、土屋翼、松永優、山際永三、小倉利丸、堀元政仁、石橋義之、マイケル・フォックス、八嶋博、山内美智子、金嶋久貴子、菊池正人、伯水永雄、野上明人、大島俊夫、勝山敏一、吉田樹、美谷克己、松永定夫、竹川愼吾、小島正之、林秀樹、渡辺よう、安田聡(2008年8月10日現在、順不同)
賛同人 宋安鐘

<支える会(準)連絡先>
富山0763-22-1549(堀元)、東京03-3290-9895(磯部)
メール toyamakokubai@gmail.com
<入会申込>
上記連絡先へ(電話またはメール)
会費2000円 会費振込先 郵便局 口座番号00190‐1‐336657 口座名義:富山冤罪国賠裁判を支える会



富山冤罪国賠裁判を支える会(準)HP
[PR]
by sumiyakist | 2008-09-17 20:05 | 裁判批判

ゴジカラ村ってな〜に?

c0068917_21485594.jpg

「まちの福祉しらべ隊」という市民グループを立ち上げたのはもう10年以上前のこと。介護保険が始まるのを目前にして、とりわけ高齢者福祉にかんする制度や施設の問題点を学習し点検しようという趣旨の会であった。
 当時、富山大学経済学部の教授だった竹川慎吾さんに代表になってもらい、谷内清子さん(後に富山県議)や志麻愛子さん(後に富山市議)など、政治に参画してゆく女性たちが中心メンバーにいた。まだ無名時代(笑)の惣万佳代子さんも創立メンバーだった。
 自治体の福祉施策の調査やアンケートによる住民の意識調査を行うなど、県内の福祉分野の市民活動の嚆矢ともいうべき存在であった。
 会員(「隊員」といっている)は最大時には120人ほどにもなっていたと思う。県内全域のネットワークを持つのが強みであった。同じ頃東京で活動していた「特養ホームを良くする会」が始めた特別養護老人ホームの訪問調査活動に協力する形で、県内のホームの調査を行ったこともあった。
 調査結果を報告書にまとめ上げる作業は、徒手空拳の市民グループにとっては大仕事であったが、かなり立派な冊子として発行し、増刷するほど売れた。

 その後は、私自身は、きな臭い動き(日米ガイドライン関連法から周辺事態法などの戦争法制の準備)からイラク戦争の開始、極右安倍政権の改憲へ動きなどと、急激に戦争へ傾斜してゆく社会情勢に対する市民運動の方に力を入れざるを得ない状態であった。その間、隊員も高齢化するし(笑)、「しらべ隊」の活動は、正直に言って「鳴かず飛ばず状態」が続いていた。
 そんなところへ、最近、情報を得て愛知県でユニークな福祉事業を行っている「ゴジカラ村」を見学しようという話しが出て20人ほどで泊まり込みの見学研修事業を行った。(私はスケジュールが合わず不参加だった。)参加者は大いに感激して帰ってきたようだった。
 そういう経緯があって、ゴジカラ村の創立者であり代表である吉田一平氏を迎えて講演会とシンポジウムを開催しようということになった。上のチラシがその呼びかけである。
[PR]
by sumiyakist | 2008-09-16 21:50 | 地方自治

実録・連合赤軍

c0068917_13424478.jpg


 若松孝二監督が舞台挨拶にくると言うので「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を観に富山市の映画館・フォルツァ総曲輪へでかけた。
 若松孝二の映画を観るのは実は初めてである。私の年代の人間なら彼の作品の何本かは観ているのが普通だろうが、若松作品に限らず、映画文化そのものが私には遠いものだったということだろう。(そういえば、大学の教養時代に同じクラスで親しかった長谷川和彦氏が、今村昌平監督に「弟子入り」したことまでは知っていたが、その後、話題になる映画を撮ったということさえ長らく知らないでいて、彼の不祥事※のニュースで初めて映画監督をしていることを知ったほどで、人から呆れられたこともあった。)
 さて映画であるが、3時間10分に及ぶ大長編で、60年安保闘争から始まるいわゆる「新左翼」の運動を、実写フィルムをつないでドキュメンタリーとして語りながら次第に赤軍派の武装闘争、連合赤軍の結成、その「銃による殲滅作戦」の準備、浅間山荘事件へと、つまり、ドキュメンタリーから劇映画へと、いわばなだらかにつながってゆく。この虚実のない交ぜも若松監督の工夫でもあるのだろう。
 若松氏は、上映後のトークの中で、この映画を撮ろうと思った最大の動機は、この浅間山荘事件を題材にした映画「突入せよ! あさま山荘事件」が、この問題を一方的に警察の側から描いていることに対する強い怒りであったと述べていた。思想的な共感だけでなく、個人的にも登場人物たちと交友のあった(この事件以後はもちろん、それ以前から交際があった人物もいるという話しも出た)若松氏は、この事件の真実の姿を後世に伝える義務があると自らに命じたのだ。そして、若者たちの側からそれを描ききることには成功したように思われる。(生き延びていれば、あるいは政治家として、あるいは実業家として、またあるいは医師・看護師として、有為な人生を全うしたであろう若き死者たちへの、若松監督なりの鎮魂も成就したというべきか。)
 事実がほぼこの通りだとしても、なぜ、「革命」を目指した青年たちが、心理的にも行動的にも狭い袋小路に次第に入り込んでいってしまい、そしてついには、ある種の狂信的な集団催眠状態に陥って自滅してゆくのか、その「なぜ」は解明されない。
 彼らが、「唯銃主義」ともいうべき暴発に追い込まれていったプロセスと、「総括」という名のリンチに帰結してしまう極端な「精神主義」とを解明しておく必要があるのだが、そうした内面はほとんど語られない。
 この事件の主導者である森恒夫ーー優しい思いやりある青年であった彼が、自らと同志とを「共産主義的人間」たらしめんとして凶暴なリンチの命令者・執行者になってゆく心理過程や、周囲の人間が自己保身の恐怖から抗弁する「勇気」をなくして命令に従うものになってゆく過程こそが、解明されなければならない。

 上の写真が富山市のフォルツァ総曲輪での上映初日に行われたトーク。右は富山出身ということでいっしょに登場した井上助監督。

※<追補>といってもたんなる道路交通法違反であるが。
[PR]
by sumiyakist | 2008-09-14 13:52 | その他

高岡の9月9日


友人の向さんから高岡での9月9日のイベントの報告があった。
高岡の市民活動のメーリングリストには流したというが、他の人にも知ってもらいたいのでここで紹介しておく。

<以下転載>
大仏さまと9条の心を語ろう(高岡)

9月9日、表記のイベントがありました。
ライトアップされた大仏さまの前で、
虫の音を聞きながら、
専福寺住職・土岐さんのお話をお聞きしました。

マザーテレサの「愛の反対語は無関心」を引き合いに、
「平和」の反対語も「無関心」と説かれました。

また、大仏さまに「赤紙」が届いたというお話。
金属供出の要請に、「本当に必要なら、自ら歩いて行かれるでしょう」と返したという。
まるで一休さんのお話のようです。

果たして、大仏さまはどんな思いで聞いておられたのか・・・。

行灯の蝋燭に誘われて、部活帰りの中学生男子が数人、ちょっと離れたベンチに座って、静かに話しに聞き入っていました(終わったら、そっと帰っていきました)。

あっ、光背の上にお月様が・・・。
今日の気分を、写真でおすそわけ・・・させてください。
c0068917_6224125.jpg

[PR]
by sumiyakist | 2008-09-12 06:27 | 憲法・教育基本法

9条でナイトin富山

c0068917_23533355.jpg 9月9日午後9時9分になにか憲法9条にちなんだイベントをやろうという趣旨で、今年は「9条でナイト」という音楽とトークの街頭集会を企画。ミュージシャンや各方面の参加者のおかげでバラエティにとんだ内容になった。
 まず呼びかけ人の青島明生弁護士が企画の趣旨や内容を説明して開会の挨拶。背景にはピースキルトも久しぶりに登場。
c0068917_23545637.jpg

 こういう催しにはいつもPAも提供して出演してくれる滝沢卓さん。今回も3時間も前から機材のセッティングを始めていた。最初はその滝沢さんのシンセサイザー演奏から。彼にしては珍しくクラシックの「亡き王女のためのパバーヌ」から始まる。シンセの音質の変化を活かした聴き応えがある演奏だった。
c0068917_23574271.jpg 県内の被爆者団体の代表=太田安子さんは長崎での被爆者。この夏、アメリカへ行き各方面に原爆の悲惨さを訴え核廃絶を強く求めてきた。ワシントンDCで反戦を訴えて毎日座り込みを続けているアメリカ人女性と出会い、その熱意に感激して彼女の帽子を奪うようにしてもらって来たという。気持ちがくじけそうになったらその帽子を見て彼女のことを思い出すようにしているとのこと。
c0068917_23592920.jpg

 沼田さとしさんも、こういう催しにはいつも参加してくれる。歌がずんずんうまくなり、高音ののびも素晴らしい。
c0068917_05528.jpg 7時近くなってようやく「ナイト」の雰囲気がでてきた中で、新日本婦人の会の広瀬妙子さんは幕張メッセでの「9条世界会議」に参加したときのことを話す。「憲法と英会話は同じだ」という若者の感想について。
c0068917_083188.jpg

 大谷氏はいつものとおり、フランクなスタイルで、お得意の「イマズン」(ジョン・レノンの「イマジン」を富山弁に翻訳したもの)と「平和の祈り」を歌う。
c0068917_093216.jpg

 若手の弁護士=坂本義夫氏が会場後方に設置したプロジェクターを使って、名古屋高裁の「自衛隊イラク派兵違憲判決」を抜粋して朗読。このプロジェクターは「9条世界会議」の公式DVDの試写も行った。
c0068917_0115892.jpg 深山篁子・寺田順治おふたりの「歌声ピースナイン」は、車載の自前のPAを用意して「あの日の授業」や「憲法九条 五月晴れ」などの憲法ソングを披露。

c0068917_015161.jpg 若者の柔軟な発想でつぎつぎとイベントを仕掛けている清水隆之さんが自分たちの取り組みの姿勢を述べる。やんわりした言い方ながら、われわれ、おじさん・おばさんたちにはいささか応えるところもある。若者の感覚におおいに学ぶべきだろう。

c0068917_0162166.jpg 呼びかけ人を代表して本願寺派僧侶の藤井慶輝師が締めの挨拶。師はご高齢だが、これまでもピースウオークなどにもたいてい参加して一緒に歩かれる。いつもきちっと僧服姿である。
c0068917_0183023.jpg

 最後にアトラクションとして、なんとベリーダンスが登場! 「のほほんベリー」というグループ。この春の富山チンドンコンクールにはワラで作った大きなピースマークを掲げて参加したという。間近でみるベリーダンスに参加者は、いささか度肝を抜かれた感じであったが、長時間のイベントが最後になってさらに盛り上がった。
c0068917_0193613.jpg 司会進行は宮崎さゆりさん。前回のブログで紹介した女性である。機転の利いたコメントとともにそつのない進行をしてくれた。

c0068917_021063.jpg 夜の街頭ということで考えついたケミカルライトを使った「イルミネーション9」初めての試みだったが、目新しくて好評で視覚効果もあった。
c0068917_0221479.jpg

 参加した家族のこんなきれいな映像も撮れた。(私の今回の自慢のショット)。 
c0068917_0232176.jpg

 物販のブースには9条関連のグッズが集められていた。9条麺、9条茶、9条せんべい、9条招き猫、9条吟醸酒などなど。イラク派兵違憲判決文の冊子も持参した10冊すべて完売。署名も35筆ほど集まる。
 飲食の店も出て、カレーライスやコーヒーがよく売れていた。
c0068917_0242914.jpg
 
 会場の片付けを終えて、いよいよ午後9時9分。地上に広げた「イルミネーション9」を囲んで9条ワインで「乾杯!」。
 出入りがあったが、参加者は150人は越えていただろう。こうして初めての試みは成功した。
[PR]
by sumiyakist | 2008-09-11 00:38 | 憲法・教育基本法

イラク派兵違憲判決報告会 in 高岡

c0068917_1162685.jpg

 9月7日(日)の午後、高岡市内で、名古屋高裁で出された自衛隊イラク派遣差し止め訴訟における判決の報告学習会が行われた。
c0068917_11112086.jpg 名古屋高裁においても証拠として上映された、イラク戦争のドキュメントDVDの上映にはじまり(写真上)、判決要旨を逐一読みながら、参加者と講師がいっしょにこの画期的な判決の内容を確かめていった(写真左)。

 訴訟団からは講師として魚住昭三弁護士が来てくれた。(全国どこへでも交通費などの実費だけで講師を派遣してくれるので、関心のあるかたは是非訴訟の会に連絡されたし。)
 参加者は会場いっぱいの120名ほど。この種の硬い集会としては盛況だった。これまでもこのブログでなんどか取り上げたので判決そのものはいまは措くとして、この集会が意外性に富んだ人の出会い(再会)をもたらしたものであったことを書いておこう。
c0068917_1117115.jpg 講師の魚住弁護士は、デイパックを背負ってジーンズに洗いざらしのワイシャツ姿。はやばやと聴衆が来たのかとスタッフが勘違いするほどの「意外性」で登場。
 
 私は挨拶もそこそこに準備で動き回っていたが、富山市から来た宮崎さゆりさんと魚住氏とが親しげに言葉を交わしているのが目に止まって、旧知かと尋ねると、なんと、双方のアメリカ・ワシントンDC時代の知り合いだという! もちろん、帰国後には音信がなかったらしく、お互いに「なんでこんなところで・・・」と言い交わしたとか。
 宮崎さん(先般の9条世界会議富山報告会で通訳をしてくれた)は、富山出身だが画家であるお連れ合いとともにアメリカ暮らしが長く、彼の地の平和・環境保護の市民運動にも深く関わってきた人。
 一方、魚住弁護士はといえば、元来は環境問題などが守備範囲の法律家なのだが、国際法を学ぶためにアメリカの大学に留学していたという。
 アメリカで提訴されたジュゴン裁判(米軍基地の辺野古移転にかんして)の準備調査の手伝いをしていた宮崎さんが担当弁護士から魚住弁護士の紹介を受けたのが出会いの始まりだったらしく、自宅に招いておでんを囲んだりしたという。
 そんな二人が、数年を隔てて富山県高岡市でばったり再会するとは・・・。「世界は狭い」。
 私自身も久しぶりで旧知の人に会ったり、遠方から意外な人が来てくれていて、何で知ったかと聞くと、「ブログで」と嬉しい返答。ブログがメディアとして機能していることを確認したことだった。

 この報告会は11月には富山市でも開かれるが、なぜ高岡市で開きたかったのかは、会場で配布した資料の一部に以下のような文章を載せたことに尽きる。文中にあるようにその裏面には福島重雄弁護士(元札幌地裁判事)の筆になる記事も掲載した。
                    *
      自衛隊イラク派兵違憲判決報告会を高岡で開く理由

 本年、4月17日、名古屋高裁において、イラクへの自衛隊派遣は憲法9条に違反するという、画期的な判決が出されました。

 裁判所は、「政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲とした場合」であったとしても、空自がイラクで行っている空輸活動は、特措法にも憲法にも違反すると明快に判断をくだしました。また、原告団が様々な角度から主張し訴えた「平和的生存権」にかんしても、たんなる抽象的理念としてだけではなく、具体的権利性を認めるという点で画期的なものでもあります。

 訴訟団は、確定したこの判決の内容とその意義を多くの人に知ってもらい、司法の力を政治的・社会的な力にして、一刻も早いイラクからの自衛隊の撤退を政府に迫るべく、全国に訴訟団弁護士を講師として派遣して報告会を開いています。富山県内にも何人かの原告がおり、関心を持つもので報告会の開催が検討されました。

 この名古屋高裁の判決を下した青山邦夫裁判長は、じつは高岡市の出身(高岡高校14期→東大法学部)であり、またご尊父=青山三雄師は、市内の正徳寺住職を務められるかたわら、長く呉西・高岡地区の平和運動・原水禁運動・護憲運動において中心的に活動をしてこられた人で、関係者の間では知らぬ人のない方です。

 こうした因縁を思えば、富山県での報告会はまず高岡市から始めるべきであろうということで、有志が集って今回の催しとなりました。

 また、この青山判決に先立つ憲法9条判断としては、1973年の長沼ナイキ裁判における「自衛隊は憲法第9条が禁ずる陸海空軍に該当し違憲である」という判決が有名です。この判決を出された札幌地裁の福島重雄裁判長(当時)もまた富山県の出身です。(氏は現在、富山市で弁護士事務所を開設しておられ、今回の判決に関して、裏面のような文章を発表しています。)

 このように憲法9条にかんして画期的な意義をもつ二つの判決が富山県出身の裁判官によってだされているということは、奇しき偶然ではありましょうが、われわれにとって誇らしく感じるところでもあります。


          自衛隊イラク派兵違憲判決報告を高岡で聞く会



<裏面>
c0068917_11203361.jpg

2008年5月1日付け朝日新聞
[PR]
by sumiyakist | 2008-09-10 11:26 | 憲法・教育基本法