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「選良」か「選悪」か

 地方分権論議がかまびすしかった頃、分権の「受け皿論」というのが盛んに言われたことがある。ことに、中央省庁の役人達が地方分権の困難さを言うときに主張したものである。「分権してやってもいいけど、その受け皿たる地方自治体の能力がね〜」と。つまり、自治体の首長・職員・議員の能力不足を指摘する論である。
 確かに、地方自治体の首長や議員については、「この連中に権限と財源を与えたら何をしでかすか分からない」という心配には一理ある。少なくとも「あった」と思う。というのも、ちょうどそのころ、あるいきさつから、富山県の片隅にある小矢部市の市議会議員を務めたことがあり、地方行政の内実をつぶさに観察する機会を得たことがあるからである。
 人口3万5千人ほどの地方都市なのであるが、当時の議員定数は20人、うち、共産党の議員がひとり、自民党所属が18人(選挙では公認でなく無所属で出るものもいるが全員党員である)、そして私(ただ1人の純粋無所属!)、という構成である。市長も、市を含む選挙区から選出される県議会議員(当時は二人)も、もちろん自民党員。いわば、旧「社会主義国」を裏返した感じといっていい保守王国中の保守王国である。(ディープ・サウスをもじっていえばディープ・トヤマ!)
 そういう連中(と言わせてもらおう)を見ていると、確かに「受け皿論」は説得力があった。すなわち、何をしでかすか分からないと心配する中央の役人の気持ちも分からないでもない。だがしかし、私はもう少し違った点も見ていた。中央の役人は、当然なのだが、そういう首長や議員、せいぜい幹部職員しか見ることができず、彼らを見て「この連中」と言っているのである。中央省庁の役人が一般住民を見る機会はまずない。
 さて、「選良」という言葉がある。狭義には代議士を指すのであるが、広く代議制の議員を指すということもできるだろう。現今の日本の代議制選挙はとても「良を選ぶ」とは言えないのは多くの人が感じていることだ。
 私は、短い地方議員の経験(と、その後オンブズ運動のそれなども含めて)からいうのだが、一般住民の中にこそ、優れた人材は多いのであって、現在の選挙制度は何故か、そういう「良」を選ばずに「最悪を選ぶ」制度になっている。これがわが国の地方政治(国政もあまり変わらないと思うが)のナゾであり、三流政治を続けている根源である。
 そしてじつは、この「受け皿論」的状況を嘆いてみせる中央省庁の役人自身が、むしろその地方の中央依存体質を積極的に作り出し強化していたのである。いうまでもなく、自分たちの権限を維持するためにである。先の行政有機体説を蕩々と論じていた自治官僚のこと思い出していただきたい。
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by sumiyakist | 2005-10-29 20:49 | 地方自治

県知事が長期政権化するわけ

・都道府県知事というのは大統領的な強大な権力である。公共事業はもちろん、各種許認可の権限も多く、後援会(政治団体)の集金力も知名度も圧倒的に高い。よほどの不祥事でもなければ対立候補が出て来にくい。とりわけ、旧内務省(旧自治省・現総務省)官僚出身者は、中央官庁ぐるみのサポート体制がある(のではないかと、私は考える)。
・県議会は、共産党を除くオール与党体制が一般的だ。富山県においてはさらに、一枚岩の自民党が圧倒的多数を占めている。
・一般県民にとっては、隣の市や町と自分の町を比較することは簡単だが(むしろ、必要以上に比較する住民もいるくらいだ)、県レベルでの隣県との比較は、日常生活からは離れているので、意識に上りにくい。従って、隣県の知事との行政手腕を比較することが容易ではない(その機会も少ない)。
 上のような理由から、知事というのは、よほどの失策(政策的・政局的失敗)がなければ、やりたいだけ続けることが出来る構造になっているといえる。中沖氏が漫然と知事を続けることが出来た理由である。普通は3期か4期やって参議院議員に転出というのが「常識」らしいが、なぜそうしなかったのか、議員のアキがなかったのか、あるいは、「鶏口となるも牛後となるなかれ」を実行しただけなのか、詮索する気は、私にはない。

 1993年、宮城県のゼネコン汚職による前知事辞職という、まさしく不祥事によって誕生した改革派知事、浅野史郎氏が3期12年で勇退する。そこに至る詳しい事情は知る由もないが、国会議員への転身を図るわけでもなさそうで、潔い進退ではある。
 浅野知事は、情報公開と福祉施策とで大きな功績を残した。宮城県は、オンブズマンが採点する情報公開度ランキングでほとんど毎年1位を獲得してきた。(わが富山県は、たいてい45位とか最下位あたりを上下しているのである。)
 県警の捜査報償費を使った裏金作りに批判的な立場をとり続けてきた浅野氏であるが、後継を託した候補が破れて、自衛官経験者の元県議が当選した。執行停止されていた報償費支出を、さっそく就任の日に(!)解除するという。
 この件にかんして言えば、浅野氏にもう1期続けて頑張ってもらいたかった。
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by sumiyakist | 2005-10-27 09:04 | 知事退職金

炭焼き小屋修理

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 ブログのタイトルが示すとおり、私の本業は炭焼きである(「スミヤキスト」という言葉は倉橋由美子の小説からの借用だが)。炭焼きさんにとって秋は最繁忙期である。木枯らしが吹きはじめる頃になると、お得意さんから炭の注文がつぎつぎ来る。それに応えるためにはしっかりと在庫を積み増しておく必要がある。注文が来てから焼いていては間に合わないのである。炭焼きを教わったムカイ(屋号)の爺はんは、「盆過ぎたらせっせと焼かんにゃ」と口癖のように言っていた。
 それに加えて今年は、炭焼き小屋の屋根が傷んできたので修理にかからねばならなくなった。葺き材であるカヤが伸びる(伸びるだけでなく、ある程度枯れなければ強くならない)のを待ちつつ、いつまでも続く暑さもあって、一日延ばしにしていたのであるが、いよいよ着手せねばならなくなった。
 カヤを束ねて刈ってきては「へ」の字に折って小屋の棟に乗せて竹で押さえる。雨漏りを防ぐためにそれを二重に重ねて葺くのである。ついでに傷んだ屋根の補修もする。晴天が続いて作業ははかどる。やっと修繕がおわって、これで炭焼き作業に専念できることになる。
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by sumiyakist | 2005-10-25 13:18 | 自然と暮らし

どっちもどっち

共謀罪と香水のキッチュな関係:44億円以上タダで手に入れる方法 by hotal

 トラックバックで平松氏の事件を知りました。ありがとうございます。監査結果を注目します。
 一村一品で知られた平松大分県知事というのは、富山の中沖氏が「ライバル視」していたらしい。しかし、どっちもどっちというべきか。田舎の県知事というのは長期政権化しやすい。澱む水は腐る。多選を法的に規制しないと自浄は無理かも知れない。
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by sumiyakist | 2005-10-09 09:24 | 知事退職金

政策より政局

 小泉純一郎という政治家をよく知る人は、まさか彼が総理大臣になる人物だとは思っていなかった筈だ。何がサプライズだといって、小泉首相の出現そのものが戦後政治史上のサプライズだった。野党議員には「あんなヤツに改革なんかできるか!」と公言するものもいたし、国会の委員会で「詐欺師」呼ばわりする議員もいたほど、永田町では周知のことだったということだ。(知らぬは有権者ばかりなり、か。)
 加藤紘一氏がこんなことを言っていたことがある。
 「YKKといわれた若手のころに、政策の勉強会をやろうと持ちかけたことがあるが、彼(小泉氏)は断ってきた。その時の理由が『あまり政策の勉強をすると政局のカンが鈍るから』というものだった。」
 まさかその昔に、こんにちあるを予想していたとは思えないから、秀才であり、外務官僚上がりである加藤の政策通ぶりを見せつけられるような勉強会を避けただけだろうと思われるが、屁理屈の才は新人のころからたいしたものだったようだ。
 かつての辻元清美氏の質問で、「総理、総理、ソーリ、・・・」が有名になってしまったけれど、私が強く印象づけられたのは、辻元氏が「パレスチナ問題に関して、オスロ合意をどう評価するか?」とたずねた時のことである。小泉首相は明らかに「オスロ合意」という言葉を知らないことがTVの実況を見ていても分かった。
 しかし、なりたてのホヤホヤとはいえ一国の宰相が重要な国際政治のタームを知らないとは言えない。小泉氏は、さかんに「その(オスロ合意の)内容を言ってくれ」と辻元氏に繰り返していたのだった。そのくらい「外交音痴」だったのである。
 その小泉純一郎が総理・総裁になり、長期政権を打ちたてることになるとは! よく「政治は一寸先は闇」だといわれるが、また、「まばゆい輝き」が訪れることもあるのだ。
 政局のカンだけ確かな政治家が一国の宰相になることの不幸が進行中である。
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by sumiyakist | 2005-10-07 21:00 | STOP THE KOIZUMI

STOP the KOIZUMI ブロガー同盟参加

ブログ「世に倦む日々」
 ブログ「世に倦む日々」の提案に賛同し「STOP THE KOIZUMI」のブロガー同盟に参加する。
 小泉純一郎という人物については、最初から経済音痴・外交音痴(の変人)というのが永田町の定評であり、そもそも総理大臣の器ではない。(じゃあ、だれが器か?と訊かれると答えにつまるが)。
 しかるに、ブッシュ政権、竹中平蔵経由でアメリカ経済界、奥田率いる日本財界・マスコミ挙げての支援を得、「劇場政治」を演じ続けることで「ネオリベ改革」を実行している気になっているのだろう。(はじめから政策などあったわけでなく、殆どはなりゆきでそうなっていった)。
 マスコミといえば、多くの人は忘れているだろうが、1昨年の甲子園、夏の大会の始球式で小泉氏に投げさせるのを認めたことは、高野連=朝日の小泉への屈服以外の何ものでもない。
 ともかく、差し当たってのこの特別国会、この後の通常国会において、コイズミ劇場の陶酔が醒めないうちに、圧倒的多数の与党で、どんどん法案を成立させようとするだろう。国会はほとんど「法案処理マシーン」化する。
 障害者自立支援法、共謀罪法案、憲法改訂国民投票法案、教育基本法改定案など、どれひとつとっても、本来なら少なくとも大騒動にするべき法案が続々と出てくる。憲法改定への地均しでもある。大騒動にしなければならない。国会外での大きな運動を形成するのにウェブの可能性をフルに引き出したい。
 私自身も実際の運動として、前知事の退職金をめぐって住民訴訟を起している。「保守王国」のまっただ中で、草の根民主主義がどうすれば育つのかの「実験中」であり、ブログはそのツールのひとつである。
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by sumiyakist | 2005-10-05 18:49 | STOP THE KOIZUMI

お詫びと訂正

 昨日の岡本全勝氏について、少しく昨日の記事を訂正をせねばならいないことが判明した。念のため、と思ってネットで検索したらば、下の顔写真(砺波JCのHP)と以下のような略歴(岡本氏のHP)を得ることができた。インターネットというのは便利なものだ。

昭和30年1月1日 奈良県明日香村生まれ
昭和48年 奈良女子大学文学部付属高校卒
昭和53年 東京大学法学部卒、自治省採用
自治省財政課、鹿児島県財政課長、自治大学校教授等を経て、
平成 4年 自治大臣秘書官
平成 6年 富山県総務部長
平成10年 内閣審議官(省庁改革本部参事官)
平成13年 総務省自治財政局交付税課長
平成14・15年度 東京大学教授(大学院総合文化研究科)併任
平成16年 総務省大臣官房総務課長

 昭和30年生まれとはいささか驚いた。なにしろ下の写真のような御髪(おぐし)であるし(当時からそうだった)、「全勝」という名前からして、てっきり昨日書いたように「先の大戦の敗色が濃くなった44年〜45年の生まれであろう」と思いこんでいたのである。このころ生まれた子には圧倒的な負け戦を挽回させたいという庶民の願望を反映して「勝利」とか「捷一」という名前が多いのである。(子どもの健康や幸せを願ってでなく、お国の戦勝を願う名前を付けるような親も哀しいものだ)。
 それにしても、私の早とちりである。お詫びする。ちなみに、岡本氏のホームページは下のとおりである。ご関心の向きはアクセスされたい。
http://homepage3.nifty.com/zenshow/

 ついでながら、最近の氏の論を瞥見するに、昨日紹介した北日本新聞社での講演とはまるで違って「遅れている官僚の意識の転換が必要」などと、のたまっておられるようだ。機会があったらいつ「行政有機体説」から転向なさったのかをお尋ねせねばなるまい。
 そして、「いま頃はどうしておられるやら」どころではなく、大臣官房総務課長という総務省の中枢におられて、出世街道まっしぐらのご様子、大慶至極である。
 
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by sumiyakist | 2005-10-04 08:13 | 地方自治

出向総務部長

 もう6、7年前になるだろうか(正確な年月日を調べる方法がないわけではないが、そうまでしなくてもいいだろう)、当時、自治省から富山県の総務部長に出向してきていた岡本全勝氏(*)が、北日本新聞社のホールで講演したことがあった。平日の夕方からという時間帯であるし、県庁と目と鼻の先にある会場だから、見るからに帰宅途中の県職員とおぼしき聴衆が多かった。(というか、ほとんどがそうじゃないかと思うくらいだった)。
 そういう、いわば内輪の感じがあるせいか、岡本氏の話もくだけたものであった。タイトルは忘れたが、地方分権がどうとかこうとかというものであったはずだ。ちょうど、介護保険制度の導入前でおおわらわの時期だったが、それを例に引いて、国・県・市町村の関係を次のような比喩で語っていたのが今も記憶に残っている。

 国(厚生省=当時)の優秀な官僚がその優れた頭を使って制度設計をいろいろ考える。末端の市町村の職員は、(そこそこの頭なんだから)余計なことを考えず、ただ国が決めたことを(丈夫な)体を使ってわき目もふらず汗を流せばいい。その中間にある県はといえば、国から来た書類を35部コピーして(当時県内にはは35市町村があった)、その上に中沖知事のハンコを押した紙を一枚ずつ乗せて、この通りやるようにと各自治体へ送るのが仕事である。

 およそそういうものであった。いわば、国=頭脳、市町村=手足、県=神経という一種の「行政有機体説」である。聴衆の多くを占めた県職員はどう思って聞いていたか知らないが、私は、自治省(当時。その後総務省になる)キャリア官僚の本音がそういうものだということを興味深く聞いた。地方の「自治」なんぞはどこにもない。こういう手合いが府県の主要ポストに出向して「国とのパイプ」役を務めているのであると知ったわけである。いまもそう大変わりはしていないだろう。
 

(*)「全勝」という名前から察するに、先の大戦の敗色が濃くなった44年〜45年の生まれであろうと思われるが、当時、市民オンブズ富山のさまざまな活動の矢面に立っていたのがこの岡本氏で、官官接待やカラ出張問題で行政側が押されてたじたじとなる場面も多く、われわれは「全勝どころか、2勝3敗ぐらいだ」と評したものである。その後、本省へ帰って交付税課長かなにかをやっていたらしいが、さて、いま頃はどうしているやら。
 
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by sumiyakist | 2005-10-03 13:50 | 地方自治

ウオッチング 第3号

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 市民オンブズ小矢部の機関誌「おやべ市政ウオッチング」の第3号が刷り上がった。「緊急発行」ということで、4頁プラス綴じ込み(新聞コピー)2頁のコンパクトなものであるが、これまでの前知事退職金問題の時系列による経緯などをまとめている。
 1部100円という定価は変わらず。是非ご覧頂きたいし、お知り合いにもお勧め頂きたい。ご注文は下記までメールで。
kmitani@p1.tst.ne.jp
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by sumiyakist | 2005-10-02 19:56 | 知事退職金

自治体首長と会社社長

 民間会社のトップを20年やそれ以上やっていたら、業績を5倍や10倍にして当たり前。創業者の場合なら、百倍千倍、もしかすれば年商ゼロから100億くらいにすることだってある。実例はいくらでもある。ソニー・ホンダ・松下・京セラ、エトセトラ。(まあ、ダイエーのように急落することもあるかもしれないが。)
 それに引きかえ自治体首長というのは、なんとお気楽な仕事であることか。「自治体経営」という言葉はあるが、とても「経営」というほどのものではない。
 (1)上級(県・国)の指示通りに、(2)前例にならって、(3)議会(議員)とそこそこ仲良く、波風さえ立てなければ、日々は安泰である。なにしろ競争相手のいない文字通り「地域独占」なのであるから。
 民間企業と同列に比較するのは無理があるのを承知でいえば、20年間市長をやって税収を3倍にしたという話も聞かないし、経常費を半減させたという事例も多分ないだろう。
 首長や議員の選挙にさいして、投票に行かないひとつの、そして有力な理由として「誰がやっても同じだから」というのがある。これはじつは、かなりのところ的を射ているのである。実際、財政的にも法律的にもしばりや規制が多くて、良いにつけ悪いにつけ、それほど変わったことは出来ないのが自治体経営なのである。おまけに最近は財政逼迫と来ているから、いっそうのことである。
 その首長が、民間企業も驚くような高禄をはみ、高額の退職金を持って行く。もし、宇宙人が舞い降りてきてなんの先入観もなしに地方自治体の運営状況、首長の仕事とその対価としての報酬を詳しく知ったら、「これはほとんど詐欺に近い」という印象を受けるであろうと思うほどである。しかし、住民はそんなこととはつゆ知らず、封建領主を拝むように遇しているのである。
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by sumiyakist | 2005-10-01 17:43 | 知事退職金