カテゴリ:憲法・教育基本法( 57 )

氷雨デモ

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 北陸はすでに冬の気配である。ここ数日冷たい時雨が続いている。いつ霰(あられ)になり霙(みぞれ)混じりになってもおかしくない雲行きである。
 国会では、防衛庁の「省昇格法案」が通りそうだとか、共謀罪がゾンビのように甦りそうだとかの情報があるし、参議院に回った教育基本法の審議は、委員の出席率なぞそっちのけで、ただただ審議時間の実績作りためのように急ピッチで特別委員会で進められている。こどもらの人生に大きな影響をもたらす法律案が、こんな粗暴なやりかたで作られていいのか、暗然たる気分になる。
 一部の新聞でははやばやと「教育基本法改正案成立へ」と予測(希望観測?)報道をしているが、もちろん、そうと決まったわけではない。国会内の勢力比だけで法案の成否が決まるなら審議もなにもいらない。教育基本法改正案審議の予定が政府与党の目論見からどんどんずれ込んで来ているのは、国会外の運動が国会の中に奔流となって流れ込んで影響を与えているからである。マスコミは全くと言っていいほどそのことに触れていない。衆議院段階でも、教基法特別委の森山委員長や与野党(とりわけ民主党の筆頭理事など)の事務所にはファックスやメールが殺到したはずである。もちろん、改正に反対だとか、採決するなとかいう内容の、である。
 12月2日(土)午後、いまにも時雨(しぐれ)が氷雨になりそうな天候のもとで、富山駅正面のCic前広場で教育基本法改悪反対富山県集会が開かれた。発言者の一人のいうように、改悪させないという熱意を表すには「絶好の天候」のなか、予想を越えて60人ほどもの人びとが集まり、カサをもちカッパを着で、教育基本法の改悪反対の熱い気持ちを訴えた街頭集会を開き、その後市街地中心部をデモ行進した。(写真は手元にないので後ほどアップする。<付記>12/4日夜にアップ)
 集会でのアピールは以下のようなものである。
                                                              
                *    
    私たちは教育基本法の改正案に反対します。

1.現行教育基本法にはなんら不都合はありません。それどころか、その理念をしっかり実現することを怠ってきたことが現在の教育に関わる深刻な諸問題を惹き起してきていると考えます。
2.一方、政府の改正案は、
1)現行の教育基本法の「個人の価値」や「自主的精神」を削除し、教育を国家(国益)中心のものへと変え、愛国心教育を強制しようとしています。そして、子どもたちの内心の自由は奪われ、教職員の思想・信条の自由は失われます。
「個人の価値」や「自主的精神」にとって替わって、「公共の精神」(国益)が強調されています。これはかつての「お国のために」といって戦争に駆りだされていった道を再びたどることです。
2)教育行政や国家権力による教育内容への介入が行われます。すなわち、現行法第十条では教育行政の役割を、「必要な諸条件の整備」に限定していますが、政府法案では、教育内容にまで介入できるようになっています。
 現行法十条の「不当な支配に服することなく」は、教育への国家権力の介入を禁止したものと解釈されていますが、政府法案第十六条では、まったく逆に、教職員や保護者の学校教育に対する働きかけや国民の批判の声などが「不当な支配」として排除され、法律さえ作れば国家は教育内容にも堂々と介入できることになります。
3)その他、
 ・教職員への管理・統制が強まる。
 ・教育行政や国家権力が家庭や地域の教育にまで介入するようになる。
 ・中央—地方間や親の経済力による教育格差が拡大し、教育の機会均等が奪われ、教育に「市場原理」が持ち込まれる。また、男女の平等を否定し、女性差別を煽ることにつながる。 
などのおそれが十分にあります。

 このように、日本国憲法の原理である「民主・平和・人権」を実現させるために生まれた現行教育基本法の理念が、政府案では180度転換させられ、国家に従い国家に奉仕する人間をつくる装置としての教育に改変されます。このような教育基本法の「改正」を認めることは絶対にできません。

最後に大きな声で言います。
「こどもはお国のためにあるんじゃない!」


                       2006年12月2日

           12・2教育基本法改悪反対富山県集会参加者一同
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by sumiyakist | 2006-12-02 22:55 | 憲法・教育基本法

アンケート

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 上の写真は11月25日(土)の朝日新聞・ Be(土曜版)の記事である。beモニターに対するインターネットによるアンケート結果だという。回答者2545人の集計である。
 beモニターというのは朝日の読者の組織「アスパラクラブ」の会員であるらしい。どういう人びとかはわからないが、多くは朝日の愛読者であろうから、同じ「ビー」でも、政府による郵政民営化のPR戦略の時にターゲットになった「IQの低いB層」とは反対に(笑)、比較的知的レベルは高い人たちであろうと思われる。
 そのせいだろう、教基法改正問題についても鋭く本質をついた回答になっている。すなわち、大筋をたどると、
1)教基法を変えても教育がよくなることはない。なぜなら、教基法が教育問題の原因ではないから。
2)教基法を変えると教育は悪くなる。なぜなら、政府に都合のいい徳目ばかり教え込まれるから。
3)教基法の改正はいじめの根絶に全く役に立たない。
4)政府による「やらせ発言」は、悪質であり国民をバカにしている。しかもこういうことは氷山の一角であり、他にもあるだろう。
となる。
 そして、最後に記者氏は、現行教基法を読んだことがある人は12パーセントしかいないと指摘している。
                  *
 教育基本法は、11条全部でも2000字に足りないほどの簡潔な法律である。そういう朝日新聞こそもっと知らしめる努力したらどうだ、といいたいところである。ついでに、最後の設問として、「マスコミ(新聞)は教基法改正問題の内容についてしっかり報道していると思いますか?」というのをいれたらどうか、と憎まれ口のひとつも言いたくなったことであった。
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by sumiyakist | 2006-11-28 15:58 | 憲法・教育基本法

クーデター的「新教育基本法」

 これまでは、教育基本法「改正」とか「改悪」とか言ってきたのであるが、よくよく考えると、これは「改正」や「改悪」ではなく、「新教育基本法(案)」と呼ぶべきではないかと思う。
 それは、ちょうど自民党の憲法改正案が「改正」でないのは勿論であるが「改悪」でもなく、クーデター的な「新憲法法案」と呼ぶべきものであるのと同等である。

 日本国憲法がまさしく「憲法」であるのは、国民の側から権力を制約する立憲主義に拠っていることにある。それと同様、現在の教育基本法も(その憲法の兄弟姉妹であるから)、国家権力の教育への介入を禁じる(制約する)、いわば「立憲的教育基本法」なのである。
 そのもっとも明確な部分が、
第10条(教育行政)
 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

である。

 しかるに、現在国会で審議されている「改正」案では、これに相当する条文は、
第16条 教育行政
教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。

となっている。

 この「改正案」の真意が奈辺にあるかを過日の参議院特別委員会で伊吹文明文科相の(腰に手を当てた得意のポーズでの)発言に窺うことができる。

c0068917_20542873.jpg伊吹文科相 国権の最高機関である国会が定めた法律、その法律の一部を構成する「告示」、つまり学習指導要領ですね、これで行われる教育は「不当な支配に当たらない」と言うことを今度の法律で明記しているわけですね。

 つまり、法律、あるいはそれに基づいた告示さえ作れば、国家(権力)は教育に介入できる、支配できる(正当な支配である)、と堂々と述べている。これを教育の国家統制といわずしてなんと言おうか。先に述べたように「立憲的(権力制約的)教育基本法」から「権力行使的教育基本法」への転換以外の何ものでもない。「(クーデターによる)新教育基本法」と呼ぶべきであるという所以である。

 教育は、学問の自由や思想信条の自由と同じように、人類普遍の真理性(もちろん、そうはいっても歴史的制約は受けるのであるが)に立脚し、「普遍的人類」の特殊的な現れである「国民全体」にのみ責任を負うものなのであって、特定の政治権力の支配に服するものであってはならないのである。
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by sumiyakist | 2006-11-26 20:58 | 憲法・教育基本法

8000人の集会!

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「教育基本法の改悪を止めよう!全国連絡会」の呼びかける集会が11月12日(日)午後、日比谷公園野外音楽堂で開かれた。強行採決が近いという緊迫した情勢を反映して、全国から8000人の参加者が集まり、報告や分析、意見表明を行った。その間に創意に溢れたパフォーマンスや音楽も演じられた。北海道からは200人が参加とのことであった。わが富山県からは私の確認できた範囲では14〜5人の参加があった。

c0068917_0133246.jpg われわれのグループからは私を含め3人が翌13日も東京に残り、県内で集めた4210筆の改悪反対の署名をそえて国会議員への請願活動を行い、それとあわせて、議員会館前の路上で行われているハンスト・座り込みに連帯する活動も行った。(下の写真の中央、車いすに乗るのは富山から一緒に行った大和秀雄さん)

 富山県選出の国会議員の部屋は与野党問わず訪ねることにした。若いときから代議制民主主義には懐疑的で「議員なんか・・」という思いがあったせいで(といいつつ田舎市会議員をやったりするのは自己矛盾もいいとこなのであるが)、ともかく、国会議員会館なぞに入るのは初めてのことで勝手がわからない。
 衆院の第1・第2と参院の議員会館の3つの建物を出たり入ったりするたびに、面会証(議員一人につき一枚ずつ!)を書かされ金属探知機で荷物と体の検査をされるという、「主権者」にしてはいささか屈辱的な扱いを受け、荷物を抱えてエレベーターで上がったり下がったり、忙しい目をしたことである。
 月曜の午前とあって国会議員のほとんどは「国元」から帰っていないか、教基法特別委の委員である議員は札幌で開かれる公聴会に出かけている。しかし、秘書でも突っ込んだ話が出来る人もいるし、党内の状況が何となく分かることもある。なによりも、国会外の運動の動向を非常に気にしているということがよく分かった。
 国会議員では唯一、社民党の又市征治幹事長に会うことができた。氏には富山では何度か言葉を交わす程度の知遇は得ていたので、教基法審議について、ややセンシティブ情報(!?)に近いものを教えて貰った。

 ちなみに、われわれが今回の国会議員訪問に用いた要請書には以下のような文章を載せてある。
             *                                                  
 教育基本法のいったいどこが悪いから「改正」するというのでしょう?

 日本の文化や歴史を重視しないから?
 公共心が育たないから?
 個人の自主性や自由を強調しすぎるから?
 学校が荒れているから?
 いじめがなくならないから?
 児童・生徒の学力が低下しているから?
 学校や地域の教育力が下がっているから?

 それらは教育基本法のせいではありません。全く逆です。教育基本法の理念をしっかり実践し生かしてこなかったから、そんな問題が出てきているのです。それなのに、学校や教育がうまくいかないことを口実にして、このすばらしい教育基本法をすっかり変えてしまおうなんて、それこそ国家100年の計を誤るものです。

 教育を政治の具にしてはなりません。どうぞ、虚心に教育基本法をもう一度読み直してください。この理念のすばらしさは時代を超え国境を越えて通用する人類の宝ともいうべきものです。この理念をどうすれば100パーセント生かし切ることができるのか、政治家のみなさんには、そのことを真剣にお考えいただきたいのです。

 それよりも、直すべきは先進国にあるまじき二つの異様な状態。
 その一つは、驚くべき教育の中央集権体制(文科省の官僚主義)。
 もう一つは、驚くべき低コスト(教育予算の少なさ)。
 この二つを変えれば日本の教育はきっといきいきと甦ります。
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by sumiyakist | 2006-11-15 00:20 | 憲法・教育基本法

戦争絶滅請合い法案

 インターネットで得た記事で、原典にあたったわけではないが、世界から戦争をなくする名案があるという。この法案を成立させれば戦争絶滅請け合いだというのだ。わが国ではかつて長谷川如是閑が雑誌「我等」で紹介したというが、このごろはかなり知れ渡っているようで、ウェブ上でも散見するようになった。マスコミが取り上げて国民的話題になることを期待したい。
 代表的なものとして「ジェラス・ゲイ/江原元のページ」をあげておく。ちなみにこのサイトは、9・11関連を始め、平和・原発・遺伝子操作などに関するアーカイブとしてたいへん貴重である。
 さてその名案であるが、デンマーク陸軍大将フリッツ・ホルムが起草し制定を促すべく各国へ配布した「戦争を絶滅させること受合ひの法律案」である。 その案文は、以下のようなものである。
                   *                          
 「戦争行為の開始後又は宣戦布告の効力の生じたる後、十時間以内に次の処置をとるべきこと。即ち下の各項に該当する者を最下級の兵卒として召集し、出来るだけ早くこれを最前線に送り、敵の砲火の下に実戦に従わしむべし。
一、国家の元首。但し君主たると大統領たるとを問わず、尤も男子たること。
二、国家の元首の男性の親族にして十六歳に達せる者。
三、総理大臣、及び各国務大臣、並びに次官。
四、国民によって選出されたる立法部の男性の代議士。但し戦争に反対の投票を為したる者は之を除く。
五、キリスト教又は他の寺院の僧正、管長、その他の高僧にして公然戦争に反対せざりし者。

上記の有資格者は、戦争継続中、兵卒として召集さるべきものにして、本人の年齢、健康状態等を斟酌すべからず。但し健康状態に就ては召集後軍医官の検査を受けしむべし。
以上に加えて、上記の有資格者の妻、娘、姉妹等は、戦争継続中、看護婦又は使役婦として召集し、最も砲火に接近したる野戦病院に勤務せしむべし。」

                 *                                            
 戦争については、それを企図し実行させる人間と、やむを得ずそれに従わされ命のやりとりをさせられる人間とがあり、しかも、その両者は截然と区別されていることはほとんど人類史上の定理である。この「法案」はその決定的断絶を衝いている。すなわち、百歩譲って戦争が不可避・必要悪だとしても、それならば、戦争の決定に関与した人間が率先して最前線で戦うべきだというのである。究極のノブレス・オブリージュ(高貴なる義務)である。
 「闘う政治家」安部晋三にその覚悟があるかどうか、「戦争ができる国」をめざす代議士たちにそれほどの「愛国心」がありやいなや。乳母日傘で育てられた二世三世政治家にはその気概はないであろう。
 
 この「法案」について、国会でまともに議論されたことはないであろうとは思うが、検索していたら、たまたま平成15年7月25日の参議院外交防衛委員会議事録の最後尾で、社民党の大田昌秀氏が自分の沖縄での体験を交えて取り上げているのを見つけた。
 皮肉なことに、この発言を最後に「イラク特措法」は委員会採決が(混乱のうちに)行われたらしい。
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by sumiyakist | 2006-09-14 10:22 | 憲法・教育基本法

署名運動キャラバン

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 私もその一員である「平和をつくる富山県連絡会」で、「9条を変えるな!」という改憲反対の署名運動に取り組んでいるのであるが、運動を県内に広げてゆこうと、街頭宣伝キャラバンを始めた。
c0068917_21321872.jpg 9月12日 は、富山駅前からスタートして、中心繁華街や郊外のショッピングセンターで街宣車によるPRと署名集めの活動を行った。飛び入りで活動に参加してくれる人もいて、半日だけの行動だったが、それなりに効果はあった。
 上のチラシが主に配布したものである。改憲反対のPRにもなり、署名も集まり、何人かのかたから資金カンパも頂いたから、やっただけのことはあった。
 明日は魚津・黒部などの新川方面の予定で、その後、県内を順次まわるつもりである。
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by sumiyakist | 2006-09-12 21:41 | 憲法・教育基本法

極右政治家の戦略

c0068917_2152439.jpg 安倍晋三や中川昭一といった、ひところならば極右とされたであろう政治家がいまや中心軸に位置することになった。思想的には中身のない、単なるオポチュニスト政治家の小泉純一郎がたまさかの僥倖とマスコミの協力によって人気の宰相であり続けたその功罪の「罪」の部分のひとつである。

 それ以前の極右政治家の役割というのは、極端に右側からの発言を続けることによって、自民党の主流的政策に右からウエイトを掛けてバランスを傾けさせることであり、彼らの役割はそれ以上でも以下でもなかった。実際、彼らは自分たちの発言通りのことが実行されるとは思いもせず、周りも期待はしなかったから、安心して(!)彼らは過激な極右的発言をすることが出来たのである。マスコミは忘れたふりをしているが、そういう時期の安倍の代表的な発言は早稲田大学の学生を前に講義したときの「日本核武装論」である。

 野党でも、いまは塀の中に転落した西村慎吾も、塀のこちら側にいるけれども立場を変えてしまった小沢一郎もその種の政治家であった。

 それが、いまや状況が全く変わってしまった。中心軸が大きく右にずれてしまい、安倍や中川がセンターにいるのである。そのぶん彼らは、政権・政策に責任を持たなければならない立場に置かれているのである。昔のように右側の端っこから無責任なヤジのような発言をしているわけにはいかない。

 その場しのぎの小泉と違って、安倍はまっとうな右翼政治家であり続けねばならない。少なくともそう装わざるをえない。「忠ならんと欲すれば孝ならず」の心境であろう。苦肉の対応が「靖国に関するノーコメント」であろう。しかし、首相になればそういうわけにはいかない。彼の矛盾は増大し爆発するかもしれない。安倍政権短命説の出る所以である。もしそうなれば、「小泉氏の功罪の『罪』の部分」と書いたが、これは案外「功」なのかもしれない。

 しかし、そういう状況に追い込まれることが必定だとすると、むしろ一か八かの賭けに出る公算が大きい。つまり、「憲法改正」を掲げて正面突破を図るだろうということである。安倍が、「次期も長期政権の必要性」を盛んに前振りしているのもそれを含んでのことだろう。
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by sumiyakist | 2006-08-18 21:25 | 憲法・教育基本法

8月15日

c0068917_2141153.jpg 小泉首相は世間の「期待どおり(?!)」8月15日に靖国神社に参拝した。この日、私もその一員である「平和をつくる富山県連絡会」が主催して、富山駅の対面にあるCic前広場で「憲法変えるな!平和のつどい」という集会を開いた。
 8・15というのはいうまでもなく戦後史の始まりを記念する重要な日なのであるが、一般市民にとっては、あの世からご先祖様が来られたり、現世では都会から親族や友人がやって来たり、来客がなければ家族サービスを要請されたりと、なにかと忙しくて、イベントを開くには勇気と体力が必要な日でもある。
 しかしながら、とりわけ今年は、イラクで自衛隊(空自)が兵站輸送という事実上の戦闘行為を行っているさなかでもあり、秋からの臨時国会では教育基本法の全面改悪法案や憲法改悪のための国民投票法案の継続審議が行われることでもあるので、こういう状況に対して声をあげるべきではないかという議論になり、県内の何人かのミュージシャンの参加も得て「音楽とトーク」の集会を設定したのである。
 急ごしらえの催しであったので、参加者は少なかったけれども、ちょうど上の小泉首相の靖国参拝のニュースとも重なってマスコミも注目したから、やっただけのことはあったといえよう。
(上の写真は参加してくれたミュージシャンのうち、シンセサイザー奏者の滝沢卓さん(右)とペダルスチールギター奏者の千田佳生さん(左)。このほかに、箏奏者の高野咲子さんとシンガーの米田清美さんが出演してくれた。)

 さて、首相の靖国参拝であるが、その後の新聞社や通信社のアンケート結果を見れば、総じて支持(評価)が半数を越えている。
<首相靖国参拝>評価50%、批判46% ・・・毎日新聞
首相の参拝を「支持する」は「どちらかといえば」を合わせて53%、「支持しない」は計39%・・・読売新聞
「参拝してよかった」51.5% 「参拝するべきではなかった」41.8% ・・・共同通信

 この数字自体にも「ここまで来たか」というようなある種の感慨を感じたが、支持・不支持それぞれの理由の内訳にはむしろ驚いた。
 共同通信を例に取れば、支持の理由としては、
1.他国によって影響されるべきではない・・・56.6%
2.慰霊は当然・・・34.0%
3.公約だから・・・7.7%
 の順であり、不支持の理由としては、次のようである。
1.中国・韓国などとの友好関係の悪化・・・55.4%
2.A級戦犯がまつられている・・・26.4%
3.憲法(政教分離原則)に違反・・・17.4%

 つまり、首相の靖国参拝を支持するにしろ批判するにしろ、その理由の圧倒的多数は、外国(中国・韓国)との関係を挙げているのである。いわば、靖国神社(思想)の本質よりも、状況的な理由によって評価しているのである。
 これはまさしく、小泉首相の弁解と反批判、「中国や韓国が反対しているといって(日本人が)反対するのはおかしい」という論理の土俵に、多くの人が知らないうちに乗せられているのである。
 こういう土俵を設定したのはいうまでもなく首相とその周辺であり、そこへ世論を囲い込んでいったのはマスコミである。いつもの「小泉劇場」の筋書きだといえばそれまでであるが、意図的な世論誘導の意志というよりも、マスコミの人間の無知による「不作為」なのかも知れない。
 すなわち、靖国思想の本質は決して「戦没者を追悼(慰霊)する」ものなぞではなく、高橋哲哉氏の論(『靖国問題』)が指摘するとおり、「感情の錬金術」によって、肉親の「戦争における死」の意味を回収させ、納得させる装置である。それは「軍国主義の象徴」などといった曖昧なものではなく、「国民を戦争に駆り立てる国家」にとっては必要不可欠のシステムであるのは、少なくともマスコミレベルでは常識として確立されていなければならない。
 状況論として論じられるにしても、少なくとも「政教分離原則」という憲法論から語られなければならないが、論調は「中韓」「A級戦犯」からしか始められない。(今回はそれに「天皇の不快感」が加わった。)これは、マスコミ人の決定的な不勉強・無知であるか、そうでなければ意図的な世論誘導といわねばなるまい。
 そのゆえに、賛成にしろ反対にしろ、本質的なことと派生的な外交マターとが逆転した意識から一般の反応が起きる。そして、マスコミがさらにそれを増幅する。こういう構造がすっかり定着した。上の世論調査結果はそのことを如実に物語る。
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by sumiyakist | 2006-08-17 22:00 | 憲法・教育基本法

参加80人!

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 去る6月17日(土)、午後2時から「憲法をまもる小矢部の会」の設立総会と記念講演会を開いた(写真は記念講演をしていただいた滝沢荘一教授)。富山市・高岡市や金沢市から参加してくれた人もあったが、それでも80人ほどにしかならない。
 準備会のメンバー(世話人)がチケットを持って相当程度「営業活動」をし、チラシを新聞折り込みするという、市民運動としては精一杯のPR活動をしてこの程度なのである。これがわが小矢部市民の憲法にかんするの意識の現状を示していると思わなくてはならない。
 以前に、「平和ボケ」という言葉が、9条改憲派から護憲派に対する批判として用いられたことがあったが、大衆的には、まさしく「戦後民主主義ボケ」とでもいうべき状況にある。憲法の保障する「人権と平和と民主主義」の恩恵はしっかり享受しておきながら、しかも、それがあたかも天然自然に備わったものであるかのように無反省である。良くも悪しくも憲法は空気のようなものなのである。
 憲法第12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と説く。にもかかわらず、多くの人は、「不断の努力」などという面倒なことをしなくても「自然に保持されてるんじゃないか」「誰かが何とかしてくれるんじゃないか」と思ってきた。
 私は少年と言っていいような年頃から社会的・政治的な関心は強かったほうだが、特定の政治党派などに所属したことはない。いや、むしろ、いわゆる革新政党や労組の活動に、戦後民主主義を内部崩壊させかねない危うい要素が根強くあることを見て批判してきたといってよい。こんなことでは憲法をまもり抜くことは出来ないとさえ感じていた。
 だから、日本国憲法が危機的な状態に置かれることになったいま、「それみろ。だから言わないことじゃない」といいたい気持ちはやまやまである。しかし、そういってこの状況に背を向けたところでどうなるのか?  
 たまたま「ディープ・トヤマ」ともいうべきこの小矢部市に住んでいるときに日本国憲法の危機的状況に遭遇することとなった。これもまた何かのめぐり合わせであろう。
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by sumiyakist | 2006-06-21 09:32 | 憲法・教育基本法

民主党に注意を!

 国会が閉幕した。多くの法案を残したまま、延長もせずにあっけなく終わったことについて、小泉首相の真意がどこにあるのか、ポスト小泉を決める総裁選への配慮説から、プレスリーの墓参り心待ち説まで、いろんな推測がマスコミで流されている。
 私はそんな理由なんぞ詮索する気はあまりないが、今国会の後始末(審議未了法案の処理)に際して、民主党が、政府の教育基本法改定案の対案として出した「日本国教育基本法」案を廃案にせず、政府案とともに継続審議としたことに大きな疑念を抱かざるを得ない。

 終盤になって会期延長がないと見込みがついた時点では、民主党は自らの案を廃案にすると決めていたはずである。また、先の産経新聞の記事によれば、民主党の支持組織である日教組に対しては「どっちみちこの国会で廃案にするから」といって納得させて提出したものだともいう。
 にもかかわらず、最後の最後になって廃案にせずに、急遽継続審議とした。この方針転換の裏にいったい民主党になにがあったのか、あるいはもしかして、同党と自民党との間で何らかの話し合いがなされたのか。
 今国会終盤で「共謀罪法案」について自民党が民主党案を丸呑みして成立をはかろうとしたことを、われわれは肝に銘じて覚えておくべきである。

 教育基本法の改定問題に関して言えば、民主党案は、党内よりもむしろ自民党から高い評価を受けていた。(自民党の中に置けば真ん中よりずっと右側に位置することになる「文教族」の西岡武夫氏が中心になって取りまとめたものであるから、当然のことであろう。)小泉首相も審議の答弁中にその前文の一部を音読して「いい文章ですね」と感心してみせる場面もあった。
 秋の臨時国会で民主党案を与党が丸呑みすると言ってくることはないのか? そういう場面になったら、民主党はいったいどう対応するのか? 共謀罪の時のように蹴ることが出来るのか? いや、われわれは民主党に蹴らせることが出来るのか?

 民主党というのはなにをするか分からない政党だと思っていた方がいい。したがって民主党に対してこそ、その裏の動きに常に注意を払い、圧力をかけ続ける必要がある。 
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by sumiyakist | 2006-06-17 22:22 | 憲法・教育基本法