カテゴリ:憲法・教育基本法( 57 )

憲法は押しつけに決まっとる!

 前回載せた映画「日本の青空」は、現行の日本国憲法が占領軍(アメリカ)の押しつけであるという、主として改憲派からの批判(というか難癖)に対して、必ずしもそうとだけはいえず、高野岩三郎らの憲法研究会が提出した「憲法草案要綱」(起草の中心になったのが映画の主人公である鈴木安蔵)を、GHQがかなりの程度参考にして、最終的なGHQ案として日本政府に提示したのであるとする。これは、現憲法の成立過程に日本国民の意志が反映されていることを強調するための護憲派の強弁ではなく、国会図書館が作ってインターネット上に公開しているサイト=電子展示会「日本国憲法の誕生」においても原資料を載せて詳しく紹介している。
 しかしここは、さらに一歩を進めよう。そもそも憲法というものが「押しつけ」なのだ、ということを理解する必要がある。政治権力=国家権力というのはじつに強大なものなのであって、合法的に人の命を奪うこと(死刑)もできるし、人を殺させること(戦争)もできる。そういう強大な力であるから、被統治者である民衆は統治権力(政府)に対して権力行使にかんして従うべき枠をはめてきた。それが憲法である。
 つまり、憲法というのは被統治者(民衆)が統治権力(政府)に対して押しつけた枠組みなのである。統治権力を持つものはその枠組みの中でのみ権力行使をすることができるというものである。憲法が最高法規といわれるのはその意味においてなのである。それが「立憲主義」の本質である。

 さて、そこで日本国憲法であるが、知り合いの憲法学者(私的なメールの文章だし了解も得ていないので名前を出すのは控える)がいうように、
 そもそも、憲法は国民が国家権力に押しつけるものです。であるのに、当時日本の国民・人民はその力量がなくて、代わって、占領軍が押しつけてくれたということです。
 力量がない!の端的な例は、弾圧され、拘束されていた民主主義・平和の担い手を、国民運動で監獄から解放するということをやっていない。憲法草案を国民運動で練り上げて国会で取り上げざるを得ない状況をつくったわけではない。

 ということだ。
 日本人民の力不足を連合国占領軍GHQが補って時の政府に「押しつけた」ということだ。押しつけでいいではないか。
 このことは、戦後民主主義改革のもう一つのテーマ=農地改革を考えるといっそうよく分かる。当地には、現憲法をアメリカの押しつけだといって改憲=自主憲法制定を主張する保守王国の「草の根保守オヤジ」が沢山いるが、じつは、彼らの暮らしの根源には戦後改革のひとつである農地改革がある。これこそまさしく、占領軍(アメリカ)の押しつけそのものなのである。なるほど、大正リベラリズム以来の小作争議などの農民運動はあるにはあった。しかし、天皇制とその根を一にする地主層の力に屈せっざるを得なかったのが戦前の農民運動であった。多くの小作農民は、戦後になって「アメリカさんのおかげで」地主からただ同然の価格で農地を買い取って自作農になることができたのである。
 詳しく述べる余裕はないが、時の政府=権力は、解放農地の規模について、地主層の側に立って最後まで抵抗したが、結局、「マッカーサーの鶴の一声で」所有農地1町歩の自作農が誕生したのである。そのことが、ひいては高度経済成長の基礎を作ることにもなる。
 憲法をアメリカの押しつけであると非難するオヤジさんは自らの農地がどういう経緯でわが家のものになったかもよく考えるてみるべきである。
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by sumiyakist | 2008-03-18 21:32 | 憲法・教育基本法

「日本青空」を小矢部で観る会

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 映画「日本の青空」のことは昨年秋にこのブログでも書いた。この富山での上映会当日、自宅を抵当に借金をして映画を作ったという制作者が、全国全市町村での上映会を期待する旨の訴えをした。この時に観た数人が制作者の言葉を意気に感じて、わが小矢部市でも上映をしようということになり、年明けから実行委員会(世話人会)をスタートさせた。
 上映については、制作者側の意向もあって、先に招待者に対する無料試写会を行い、協力してくれるひとを募ろうということである。制作側では、無料でフィルムを提供するから是非試写会をやってくれという。確かに、まだ観もしない映画の宣伝やチケット販売はじつに難しい。
 そういうことで今日、3月15日の午後、招待者を招いて試写会を行った。
 会場(我が市の看板施設ともいうべきクロスランドの小ホール)の上映効果なども点検したいということもあり、映写機のテストもかねて、文字通りの「試写会」であった。250人ほどの観客(招待者)を迎えて試写会をやったはいいが、映写技師つきで借りた映写機が、最初のは不調で、大あわてで取り替えた2台目も、あと少しで終わるというところで故障! 
 準備の段階から客席と調整室(機械室)を何度往復したことか。いやはや、さんざんの試写会であった。しかし、観てくれた観客の多くは共感を示してくれたから、作品の力によってなんとか救われた感であった。
 本上映は4月27日(日)。午前、午後、夜と、3回の上映をする予定である。ぜひ成功させたいと思っている。(このあと、県内各地でつぎつぎと上映会が開かれる予定である。)
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by sumiyakist | 2008-03-15 22:12 | 憲法・教育基本法

日本は没落?

c0068917_20165078.jpg  今日の東証大発会は「暴落」と言うべきじゃあないのか? いよいよ日本の終わりの始まりだろうか?
 ペーパー版の「スミヤキスト通信」から。
              *
<巻頭言>日本は没落するのか?
 以前に何かで読んだ覚えがあるのだが、現在の世界中の富(生産力)を、地球上の人びとがみんなで分かち合えば、すべての人は週に一日だけ働けば暮らしてゆけるとのことである。しかしながら現実の世界はというに、富を平等に分け合うどころか、偏在の度合いがますます強まる気配である。中間層が厚く、かつて「一億層中流」幻想が蔓延したわが国においても、所得の偏りを示すといわれるジニ係数は大きくなりつつあり、貧富の差は拡大している。
 生活保護世帯は140万に達するのではないかといわれる。しかもそれは、わが国が生活保護受給に対して非常に厳しい制約を設けている上に、国民の側でもよほどせっぱ詰まらなければ申請をしないという「風土」があってのうえでのことである。都市では「ワーキングプア」と呼ばれる貧困層の存在がひとつの階層化しつつある。健康で文化的な生活を保障した憲法第二五条も空文化しつつある。
 新年の観測記事などでも暗い見通しが多い。そういう見出しの連想から思い出して森嶋通夫著『日本はなぜ没落するか』(一九九九年岩波書店刊)をぱらぱらと再読してみた。前世紀末にこの本が出ていることがいっそう印象深い。
 本書は近代日本の教育・金融・産業・精神を概観し、世の中は人びとによって作り上げられている以上、人の善し悪しがその世界のレベルや質を決定するという、ごく当たり前のことを述べている。そして、現在の日本や近未来である二〇五〇年の日本がどういう人間によって構成されどういう人々のリーダーシップのもとにあるかを述べて、タイトルのような推測をしている。
 もちろん、森嶋氏は没落からまぬかれる「ただ一つの救済案」も最後に提案していた。それは「東北アジア共同体」構想であった。その後、この提案だけに絞った著書(『日本にできることはなにか』)も出したが、要路の人間はほとんど無視したようだった。「政治的イノベーション」を熱く語っていた氏の願望とは全く正反対に、国民は「コイズミ改革」を選んだ。
 氏は〇四年に亡くなった。日本人というのは度し難い国民だと思っていたことだろう。 
 
 
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by sumiyakist | 2008-01-04 20:28 | 憲法・教育基本法

品川正治講演会

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 11月3日は「文化の日」ということになっているが、じつは戦前レジームでは「明治節」すなわち、明治天皇の誕生日であった。
 1946年(昭和21年)11月3日に「日本国憲法」が公布された。時の政府ないし国会がこの日を選んだ経緯はつまびらかでないが、わざわざ明治節に新憲法の公布をぶっつけるというのは、いろいろな思惑があったのだろう。(よく知られているように、この新しい日本国憲法は旧憲法たる帝国憲法の「改正案」として帝国議会に提出され成立したものである。)

 この日の日経新聞の1面コラム「春秋」では、新憲法を記念する祝日「憲法記念日」選定のいきさつについて触れている。それによると、衆議院が施行日の5月3日(昭和22年)を選んだのに対して、参議院議員である作家・山本有三氏は公布日であるこの11月3日を強く主張したという。結局GHQが介入して明治節を憲法記念日にするということにはならず、「文化の日」という名で祝日となったという。

 というわけで、憲法「公布」記念日ともいうべきこの日に、9条の会・富山などの主催で品川正治氏の講演会「これからの日本の座標軸〜財界人の直言」という講演会が開かれた。品川氏は元興亜損保社長・会長であり、また経済同友会の副代表幹事や専務理事も務められたという財界人である。財界といえば改憲派の見解ばかりがメディアなどで取り上げられがちであるなかで、憲法9条堅持を強く主張する硬骨の経済人として知られている人物である。

 1924年(大正13年)のお生まれだから83歳になられる。旧制三高を卒業するかせずかの頃に招集され訓練もなく(ただ死にに行くために)中国大陸の戦線に送られたご自身戦争体験から話を始められた。敗戦後の復員船の中でよれよれの新聞に載った新憲法案、とりわけ戦争放棄の条文を読んで涙が止まらなかったこと、国家が引き起こす戦争とそれに巻き込まれる国民という関係について根本的な反省(戦争は起こそうとする人間がいるから起こる。したがって、天災ではないから人間の力で止めることができる)をしたこと…。よどみなく話される言葉には体験と信念に裏打ちされた説得力がある。
 戦争を「人間の目」で見ること、それはまた、現在の経済界を席捲している市場原理主義についても同じことで、やはり「人間の目」で見るべきことを説かれる。

 そのほか、実に多くのことを整然かつ諄々とお話しされたが、演題である「これからの日本の座標軸」ということに引きつけて考えると、次のようなことが結語的中心軸だろうか。
 すなわち、昨今の政治家などがほとんど慣用句のように用いる、「日本とアメリカとが価値観を共有している」という言葉に対して徹底的に異を唱えて、戦争国家アメリカと戦争を放棄している日本とでは全く価値観が違うのだということをはっきりと認識すべきだし、そこからすべてを組み立て直すべきだ。そうすれば、アメリカを変えさせ世界を変えることが出来るのだと。
 これは、全く同感。
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by sumiyakist | 2007-11-04 10:19 | 憲法・教育基本法

贈る言葉

 多くのブログが政権を放り出した安倍晋三について批判を述べている。入院先の慶応病院で自殺を図ったというニュースがいろいろな所で取り上げられているが、ほとんど何の情報もなく入院期間が延長されているのをみると、まんざら虚報ではないのだろう。
 なににしても、「無能で危険」という奇妙な特質をもったこの人物(アメリカにも約一名いるが)の、妙に取り繕った顔を見なくてすむというのは精神衛生上はありがたい。
 マスコミは「水に落ちた犬は叩け」と無責任男の批判を一応は書いた。しかし、この無能で危険な男(しかもダーティと来ている)のことを知りながら、一年前まではこぞって持ち上げていたのである。この男を総理にした責任を問うならマスコミ自身の責任にも言及すべきではないか。
 魚住昭『官僚とメディア』は、安倍内閣発足にあたっての共同通信内部での安倍晋三にからむ記事の出稿差し止め事件を書いている。程度の差こそあれ、どのメディアでも同じようなことはあったはずである。
 かなり前からネットでは耐震偽造問題のアパグループと安晋会の関係、あるいはもっと遡れば沖縄で自殺した(殺害された)野口英昭氏と安晋会の関係などの情報が飛び交っていた。

 この男にいまさら批判を加えるのもアホらしいことであるが、ただひとつ、言うことがあるとすれば、こんな人物によって領導されて強行採決されて成立した改正教育基本法と憲法改正手続法(国民投票法)について「おいおまえ、これもいっしょに持って帰れ!」と言うくらいだ。

 しかしながら、現在の政治状況を考えるためには、小泉純一郎と安倍晋三という2人の政権の成立とその後の経過は日本の「民主制」「代議制」の質やメディアによる情報操作という点で多くの検討材料を残してくれた。

 時おり安倍晋三氏の母親・洋子さんのことが週刊誌の見出し広告にでるのであるが、参院選の結果が出た直後にも(どういうものであったか記憶はないが)その名前があった。それを見て頭に浮かんだ句を8月31日に朝日川柳に投稿した。もちろん採用はされなかった。

 岸洋子、夜明けの歌をうたってよ
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by sumiyakist | 2007-09-19 23:22 | 憲法・教育基本法

日本の青空

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 三宅晶子さんの講演の内容は次に延ばして、昨日観た映画 「日本青空」のことを載せておこう。(私にすれば珍しくも、ひと月もしない間に2本の映画を観たのだが・・・といってもこの春にもそんなことを載せたか!?)。
 この映画が制作されるにあたって広く製作資金を募っていたことを覚えている。県内の平和運動のメーリングリストでも話題になり、どういう協力をすればいいかについて意見が交わされたこともあった。が結局、10万円の資金を出して、交換に出来上がった映画の鑑賞券を100枚受け取るというシステムに合致することが出来ず、立ち消えの格好になった。

 昨日の上映はたまたま富山県弁護士会が、日本国憲法施行60周年(5月3日)を記念して弁護士会の会員・関係者で開催したものであった。座席に幾らかの余裕があるとのことで一般にも開放して、希望者数十人を、いわば無料招待してくれたわけである。

 日本国憲法がアメリカ占領軍の「押しつけ」であるという見解は、改憲・護憲の立場はともかく、当たっているところも勿論ある。その具体的な状況に関しては、近年になって当時のGHQ民政局にいて男女平等条項などを起案したベアテ・シロタ・ゴードンという女性が注目を浴びて来たというようなこともある。(彼女は自らも関わった日本国憲法の擁護を訴えて各地で講演会を行っているし、彼女を主人公にした演劇「真珠の首飾り」も公演されている。)
 しかし、じつは、そのGHQの憲法案作成に際して非常に大きな影響を与えた「憲法研究会」という民間団体の憲法案(「GHQ草案のお手本」)があったが、そのことはあまり注目されてこなかった。研究会の代表的立場にいたのは高野岩三郎(大原社会問題研究所長)であるが、実際に憲法草案作成の中心になったのは鈴木安蔵という少壮の憲法学者であった。
 映画は、この在野の憲法学者を主人公に、安倍首相が国会で改憲を述べている現在と、戦中・戦争直後とを織り交ぜながら進行する。

 憲法制定秘話という、これほど堅い政治問題はないほどの内容であるにもかかわらず、2時間という上映時間が長いと感じないほどうまく組み立てられた映画である。
 詳しい紹介はまたの機会にするが、近くで上映されることがあれば是非ご覧になるといいし、あるいは、自主上映会などでその機会を作るように協力されることをお勧めする。
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by sumiyakist | 2007-09-09 00:44 | 憲法・教育基本法

三宅晶子さんの講演会

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 9月1日(土)平和をつくる富山県連絡会の主催で、三宅晶子さん(千葉大学教授)をお招きして講演会を開いた。三宅さんは元来、ヴァルター・ベンヤミンをテーマとするドイツ文学研究者であるとのことだが、われわれが知ったのは「教育基本法の改悪を止めよう!全国連絡会」の活動によってである。2004年から始まったこの活動の呼びかけ人の一人として、この3年間、教基法改悪阻止運動の先頭に立って精力的に活動してこられた。
 同法については、こともあろうに「あんたに教育のことを言われたくない」人物(笑)に主導されて国会での強行採決を許してしまったが、それでもなお、新教基法の具体化を押しとどめようと引き続いて運動を呼びかけておられる。
 上の活動の中心になった4人の呼びかけ人のうち、大内裕和氏は、やはり平和連絡会でお呼びして講演をしていただいたことがあるし、高橋哲也・小森陽一の両氏は、憲法や靖国問題で何度か講演をお聞きしたことがある。そこで今回は三宅晶子氏を、ということになった。三宅さんご自身も富山へは初めて来るとのことであった。
c0068917_2033897.jpg 「私たちはどのような時代に生きているのかー格差・憲法・戦争を見すえてー」と題して詳細なレジュメにもとづいて90分、講演というよりむしろ濃密な講義というべきものであった。多分、大学での講義なら2〜3回に分けてなさるであろうほどのものであった。当日聴衆は150人ほどであったが、聞き耳を立てメモを取り、会場の緊張はずっと持続していい雰囲気であった。
 お話の内容については次回にでも紹介する。
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by sumiyakist | 2007-09-05 20:40 | 憲法・教育基本法

君が代不起立

c0068917_992716.jpg 23日(土)、「県民共生センター・サンフォルテ」という県の施設での各種の市民団体が行う催事に、われわれ平和をつくる富山県連絡会として、今年は「君が代不起立」という記録映画(DVD)を上映した。
「10・23通達」といわれる、2003年10月23日に東京都教委が出した公立学校での日の丸・君が代の強制(職務命令)に対して不服従を貫いている2人の教員の行動を中心に、強制に反対する教員たちの発言や行動を追ったドキュメンタリーである。
 そのひとり、河原井純子さんは、3ヶ月の停職処分の期間中、全国を行脚しているのであるが(先日の京都での集会の様子も載せた)、ちょうど北陸を回ることになって、われわれの上映会に参加していただけることになった。
 1時間半ちかくの映画を上映したあと、河原井さんのお話を聞き、参加者との意見交流を行った。(上の写真は話をする河原井さん)。催事の時間設定の中では十分な話をする時間がとれないので、その後、場所を変えて意見交換の場を持った。

 32年間、障害児教育の現場で、子どもたちに「自分で考えてイエス・ノーをはっきりいうこと」「自分らしく生きること」を伝えようとしてきた河原井さんが、日の丸・君が代強制に対して不起立をとおして、5回目の処分を受け、4つの裁判(10・23通達以前の、いわゆる性教育処分に対するものも含め)を続けながら、「がんばらないけどあきらめない」という「普段着の不起立」を貫いている人柄の中心軸の感触がよくわかる交流会であった。
 河原井さんはこの後、24日は黒部・魚津で、25日は、再び富山市内と氷見市で、上映会や意見交換会を行う。 
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by sumiyakist | 2007-06-24 09:15 | 憲法・教育基本法

音楽と講演のつどい

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 昨日6月17日は、「憲法をまもる小矢部の会」が発足してちょうど1周年になる。それを記念して、昨年と同じ会場で「音楽と講演のつどい」を開き、引き続いて総会をもった。音楽は、小矢部市出身のペダルスチールギター奏者であり、シンガーソングライターでもある千田佳生氏に出演してもらい、講演は石川県から、医師の莇(あざみ)昭三氏をお招きした。

c0068917_8584044.jpg 千田氏は旧知であり、ピースウオークや平和集会などの市民運動の場でも演奏で参加をしてくれる。このブログの写真にも何度か映っている。(今年3月の集会の後ろ姿、昨年8月15日の同じく駅前での集会(左))。
 ギターやアンプ・スピーカーから椅子まで演奏機材一式をコンパクトにまとめて、ころ付きのキャリアで引っぱって気軽に全国を回っている。(ネパールの音楽祭にも招かれてこのスタイルで行ったらしい。)
 ロックや前衛的な音楽が多分彼の本領であろうが、今日は聴衆の年齢なども考えてくれたか中田喜直の曲を交えたり、あるいは俳優の西村晃夫妻のエピソードに取材したオリジナル曲を演奏したりと、気を配ってくれた。地元出身なので同級生も何人か来てくれたらしい。(氏のHPからサンプルサウンドなどを聞くことが出来る。)
 講演者の莇医師は、金沢大学医学部を出て以来民衆医療一筋の「赤ひげ先生」で、全日本民医連(全日本民主医療機関連合会)の名誉会長である。医療活動の一方で、戦時下の国民医療や医療従事者の戦争協力などの研究を続けて、731部隊の行った戦争犯罪の詳細の調査などを今も続けておられる。
 80歳に近いお歳を感じさせないお元気さで、パソコンとプロジェクターを使って映像や資料を駆使されたお話は興味深いものであった。国民が、徐々に戦争に巻き込まれ動員されてゆくプロセスはいまもまた繰り返されているという強い警告を発された。
 また、医療者の戦争犯罪については、被害者が生きていない(殺してしまった)のを幸いに、生体実験のデータを米軍に提供したのと交換に軍人や医師たちが免罪されることによって、多くの事実が歴史の闇に閉ざされていることを知らされた。
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by sumiyakist | 2007-06-18 09:16 | 憲法・教育基本法

京都から再出発

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 京都で昨日開かれた「改悪教育基本法の具体化を許さない! 5・27全国集会」に参加した。富山からわれわれは自家用車に同乗して6人で出かけたが、JRで来た人にも会場で出会った。会場は岡崎公園内の「みやこメッセ」という会館。10年近く京都で仕事をしていたことがあるが、その頃(20年以上も前になる)にはなかった建物であるから、私は初めて中に入った。
 地下の(多分、展示会場などになることが多いであろう)多目的ホールに椅子を入れて600人収容の会場としたものだが(少し早く着いたわれわれは椅子を並べる設営作業にも参加した)、参加者は750人に達し、会場はオーバーフロー状態であった。

 呼びかけ人のひとり三宅晶子さんの、これまでの運動の総括と新たな出発への問題提起に始まり、記録映画「君が代不起立」の主人公ともいうべき二人の教員=根津公子さん、河原井純子さんが報告と支援の要請を行った。(上の写真。マイクで話をするのが河原井さん)
 根津さんは映画にあるとおり、君が代斉唱時の不起立に対する停職処分中も勤務校の校門の前まで「出勤」している。また同じく停職処分中の河原井さんは、のぼり旗を持ち(写真では根津さんが持っている)脇に置いたリュックを背負って「全国行脚」している。

 じつは、河原井さんは6月22日から25日頃は富山県内を回る予定で、23日にはわれわれ平和連絡会の主催で「君が代不起立」の上映会に出演していただき、その前後に県内各地でも交流会がもたれることになっている。
 
 集会のほうは、その後、全国学力テストに唯一不参加だった犬山市からの報告や、京都市の教育行政の現状、東京都教委を相手に不当処分撤回闘争を行い、昨年9月21日東京地裁で画期的な勝利判決を勝ち取った東京の「被処分者の会」、大阪で教員の評価育成システムという<新勤評>と闘っている教員たち、鎌倉で「教育委員会ウオッチング」を続けている市民グループ、などなど、全国からさまざまな運動や闘いの報告がなされた。
 「ザ・ファミリー」という親子4人のグループがいい演奏を聞かせてくれるちょっとしたアトラクションもあるかと思うと、会場から歩いて15分ほどのところに住んでいるという参議院議員=井上哲士さんも演壇に立ち、現在参院に回ってきている教育3法案の審議予定などついての報告をした場面もあった。
 呼びかけ人の大内裕和さんは「新自由主義教育」の危険性についていつもながらの熱弁をふるい、午前中は群馬県で講演をしていたという小森陽一さんは大江健三郎氏の提言を紹介して、すでに<法律>でなくなった「前」教育基本法を、いわばもっと高次の<理念>の言葉としてめいめいが保持してゆくことの大切さなどを訴えた。もうひとりの呼びかけ人高橋哲哉さんは体調不良で参加出来ない無念をメッセージで寄せられた。

c0068917_842298.jpg  集会終了後、市内デモ・パレードが行われた。われわれはメンバーの体の都合と帰路を急がねばならない事情で途中で隊列を抜けたが、750人の隊列は四条通りのビルにある伊吹文明文科大臣の事務所(不明朗な事務諸費の幾分かの消費場所か?)前で大きなシュプレッヒコールの声を挙げたはずである。
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by sumiyakist | 2007-05-28 10:56 | 憲法・教育基本法