カテゴリ:地方自治( 29 )

また勝った!!


 市民オンブズ富山が石井県知事を相手に不当支出の返還を求めて提訴し、富山地裁でオンブズ側が勝訴し、県側が控訴している「上海便訴訟」の2審判決が昨日(3/16)、名古屋高裁金沢支部であった。私は所用があって法廷へは行けなかったのであるが、メンバーから自宅へ「勝訴」電話が入っていた。
 読売の記事を以下に引いておく。

宿泊費訴訟 県の控訴全面棄却知事に支払い命令

 石井知事らが2005年11月に訪中した際、県の旅費支給条例に違反し、不当に高いホテルに宿泊したとして、知事に56万円の支払いを命じた富山地裁判決を不服とし、県が控訴した裁判の判決が16日、名古屋高裁金沢支部であった。渡辺修明裁判長は、原告の市民団体「市民オンブズ富山」(富山市)を勝訴とした1審・富山地裁判決を全面的に支持し、控訴を棄却した。
 県側は、訪中事業は上海便の利用を促進する民間団体に委託しており、民間の事業であるため県条例に違反しないと主張。石井知事は宿泊費について知ることができなかったなどとして、旅費支給条例に違反しないとした。
 判決で渡辺裁判長は、〈1〉民間団体でも事業費用は県が負担し、事務も県職員が行っていた〈2〉訪問団が県を代表する立場でも、条例で旅費の上限額は定められている〈3〉石井知事は宿泊費の確認を県職員に指示することができた――などとして、県側の主張を全面的に棄却した。
 判決後の会見で、市民オンブズ側の青島明生弁護士は「県側の主張はことごとく否定され、合理的な判断が維持された。石井知事はメンツにこだわらず、是正すべき」と話した。
 石井知事は「判決文の内容は見ていないが、少し意外。旅費条例には事情があれば例外で(上限を超える支出を)認める規定もある。弁護士の意見も聞き、判断したい」とコメントを出した。
                 (2009年3月17日  読売新聞)


 控訴審に対応して県側は弁護士を新たに加えたりして、万全を期したはずである。とはいうものの、それほどたいした準備書面も出してこないところをみると、行政訴訟では裁判所は行政の肩をもつものという安易な思いこみをしていたのかもしれない。石井知事の「少し意外」という感想に、そのあたりの虚をつかれた思いが現れている。
 それとまったく対照的に、われわれオンブズ側としては(他の人はともかく私は)、控訴審ではひっくり返される公算がおおきいだろうな、と、半ば諦め気味であったから、これまた「少し意外」の感があった。しかし、もちろん、大いに喜んだことは当然である。
 思えば、この判決を出した渡辺修明裁判長は、やはり2審で金沢支部に舞台を移した「不二越強制連行・強制労働(女子挺身隊)訴訟」(こちらは1審の富山地裁では原告側敗訴で控訴している)の審理も担当していて、つい10日余り前に第4回の公判が開かれたところなのであるが、原告側が要求した学者証人の申請に対してきっちり対応してくれている。きちんと聞くべきは聞き、事実に則して判断を下すという、いわば当たり前の裁判官であるのかもしれない。
[PR]
by sumiyakist | 2009-03-17 22:37 | 地方自治

資源ゴミ

c0068917_20235531.jpg


 昨日は第3土曜日なので、わが地区の資源ゴミの回収日。わが市では市内を4地区に分けて資源ゴミを集めているのは(つまり、月に一度の回収というわけだ)、以前の記事でも触れたかもしれない。。
 上の写真がゴミ集積所に出された状態。資源ゴミがプラスチックの籠に分別されて出されている。それぞれの籠には分別の種類が付けられているのがお分かりいただけるだろう。左端の籠は種類が示されていないが、ペットボトルが入れられている。

 
c0068917_20325858.jpg

 右側の拡大図である。
 段ボール箱に入れられているのは不燃物である。ビンの王冠などの金属クズとか陶器片、硬質プラスチックなど。右側の網をかぶせてあるのは、専用袋に入れられた「容器包装プラスチック類」である。菓子などの食品の袋やペットボトルの栓など。
 記録的な少雪の年ではあるが、ごらんのようにまだ雪がある。(平地ではもう、よほどの日陰とか、除雪した雪を集めた場所とか以外はほとんど見られない。)
 現在のような他種類のゴミの分別とゴミ袋の有料化が行われる以前は、冬の三月ほどはわが村にはゴミ収集は来なかったが、さすがに有料化してからはよほどのことがなければ毎月来るようになった。燃やせるゴミも月1度であるが、必ず来る。
[PR]
by sumiyakist | 2009-02-22 20:51 | 地方自治

ゴミ処理現場の見学・続き

 昨日の続き。小矢部市のゴミの回収・処理の見学の様子。

c0068917_2018546.jpg 左の写真は先週の土曜日に集められた不燃物。市内を4地区に分けているので、不燃物は月に1度の収集になる。従って、これが市内全体の4分の1の量になる。他のゴミもそうだが、不況になってゴミの量が極端に減ったとのことである。ゴミ処理に関していえば、景況悪化は喜ばしいことになるということか。
 この不燃物は、手作業でさらに分別される。この中から金属(針金からビンの王冠にいたるまで)は選り出されてリサイクルに回され、紙や木はもちろん、プラスチックなども包装容器や焼却ゴミに分別され、あるいは硬質プラスチックなどは粉砕され減容されて埋め立て処理される。最終処分場をなるべく長期に使うために、埋め立て廃棄物を少なくする努力である。

c0068917_20202834.jpg アルミ缶は減容のために圧縮してブロック状にしてある。これは売ることで幾らかの収入になるが、市況が上昇して、PTAや地域が自主的に回収してリサイクルに回しているせいで、市の回収量が減っているとのこと。

 さて、肝心の、高岡市や氷見市の焼却施設に運んで燃やして貰っている燃やすゴミである。仕組みとしては、資源ゴミの大半の収集処理を委託している南砺工業という民間会社に収集運搬を委託して、パッカー車5台で市内全域をカバーしているとのことであった。
c0068917_20231469.jpg 市内のゴミ集積所に出された袋入りのゴミを集めて回り、環境センターへ寄って重量を計量してから高岡なり氷見なりへ運んでいるとのことである。左の写真が計量しているところ。


 ゴミの総量だとか、その変化の具合だとか、あるいは、処理費や委託費の内訳であるとかは、行政の文書を公開させて仔細に分析することにして、いちおう、どういう仕組みでゴミ処理が行われているかをひと渡り見学して、この日は終わりにした。
 収集後の選別とか減容処理とかの実際を見ることで、経費の支出に対する感覚的な裏付けを得ることができて、オンブズ活動としてはもちろん有益であったし、ゴミの分別の不十分さによって、処理経費も増大するし環境負荷も大きくなるということがよく分かった点でも、ふだんはゴミ問題にあまり関心を持たない「おじさん」たちの蒙を啓くきっかけにもなったことだろう。
[PR]
by sumiyakist | 2009-02-10 20:38 | 地方自治

ゴミ処理現場の見学

 公共事業談合の根絶よりもゴミ問題解決のほうが何倍も難しいと以前にも書いた。解決のためは住民の意識改革が絶対に必要だからだ。
 しかも、その住民というのは、たいていの場合、分別などという面倒なことはなるべくやりたくないし、自分の出したゴミが、ともかく目の前(ゴミ集積場)からなくなりさえすれば、それがどうやって処理されていようとあまり気にとめない、というのが圧倒的多数である。

c0068917_2022402.jpg 先に書いたように小矢部市では自前の焼却施設がなくなったので高岡市、氷見市の施設まで運んで処理をして貰っている。
 たまたま、わが市民オンブズ小矢部でも(環境問題というより、公費の適正な支出の観点からであるが)ゴミ処理にかんする支出を点検しようと取り組みはじめた。
 ゴミ処理費というのは主として、収集・運搬・処理にかんする業者への委託費が主なのであるが、情報公開で出てきた書類だけで見ていてもよく分からないので実際を見てみようということで、市の環境センターや委託処理施設を見学した。(上の写真は委託業者の処理施設で)
 
 小矢部市は、大都市などと比べると分別収集がよく行われている方だと思う。わが町のゴミの分類は、
 燃やせるゴミ(生ごみ・汚れた紙類など)
 不燃物(陶器・金属・ゴム・プラスチックなど)
  埋設処理廃棄物(焼却灰を含む)
  有害廃棄物(蛍光灯・電池など) 
 資源ゴミ
  プラスチック包装容器
  紙パック
  紙容器
  アルミ缶
  スチール缶
  ペットボトル
  ガラス瓶
    透明
    緑・青・酢
    茶色
    黒

 このほかに、次のものが主として地区や団体の集団回収によって回収されている。
   新聞紙
   チラシ
   雑誌
   段ボール

c0068917_2024309.jpg まず、市の環境センターへ。
 これは不法投棄の廃棄物。家電器具やら古タイヤやらさまざまなものがある。警察の捜査で投棄者が判明するモノもあるが、それ以外は最終的に市の負担で処理する。
 説明してくれるのは市の生活環境課長。

c0068917_20355667.jpg有害廃棄物のひとつ、蛍光灯。処理機で破砕してドラム缶に詰めて保管し、年に一度、今は北海道にある専門処理場へ送っているとのこと。

c0068917_20415288.jpg容器包装プラスチックは委託業者の処理工場に運んで処理する。コンベアーを流れるゴミを手選別で誤混入物をより分ける。(委託業者の処理工場で)

[PR]
by sumiyakist | 2009-02-09 20:46 | 地方自治

広域圏行政という官僚独裁制

 平成の大合併で基礎自治体(市町村)の数が3200余りから1800ほどに、半減といっていいほどに減ってしまった。富山県でも、それまでの35市町村というのは決して多い部類でなかったと思うが、「お上」に従順なのが取り柄の県民性からか、つぎつぎと合併して半分以下に減り、現在は15市町村。全国で最も少ない県になった。

 いまは主題でないから合併問題に深入りしないが、それ以前にもじつは、「広域行政」という形で自治体の枠を越えて自治体が連携する仕組みはあった。
 廃棄物処理事業や介護保険の保険者としてなど、「一部事務組合」という機関を作っていくつかの自治体が参加して共同で事業を行うというものである。職員や特別職の退職金を支給するための共済機関的なものもあるが、事業を行う場合は「○○広域圏事務組合」という名の「自治体」を組織する。
 
 高岡地区広域圏の組織。
 執行機関は理事会(幹事会)であるが、実際は構成自治体から出向してきた職員が集まった事務局が日常的な業務を行う。経費は各自治体の拠出によってまかなわれる。形式上は「自治体」であるから、議会もあって議員がいる。これも構成自治体の議会議員が宛て職として選出される。年に2〜3回程度の「議会」が開かれるが、普通の議会に輪をかけて形式的であり、おざなりである。
 住民に至っては「○○広域圏」という自治体の住民であるという意識などまったくないから、結局、「広域圏」というのは「住民なき自治体」といっていい。だから、住民に責任を負っているわけでもないし、住民の意見を反映する機構があるわけでもない。(住民のそれぞれが所属する自治体の議会を通じて広域圏議会の議員に住民意志を反映するというのが形式論だろうが、実際上は、そうした2段抽出のような代議制が機能することは全くない。)

 というわけで、広域圏行政というのは一種の事務官僚独裁システムと同じことになる。
[PR]
by sumiyakist | 2009-01-26 21:29 | 地方自治

ゴミ行政の転換

 しばらくゴミ処理問題を取り上げてゆこうと思う。
 わが町・小矢部市では十数年も前のこと、焼却処分場が老朽化したので新たに建設する計画があった。「ノット・イン・マイ・バックヤード」の抵抗もあったろうに、新たな立地も決定していた。そこにいたるまでの経緯は、私の知るところではない。ともかく、人口3万5千人程度の市であるから、日量30トンか35トン程度の焼却炉を建設する予定であった。
 しかし、それが急転直下、計画取りやめになり、高岡地区広域圏として大型の施設を建設してそれに加わるということになったのである。そのことを理解するためには少し回り道をして、わが国の、とりわけダイオキシンという物質に対する認識(=対応)の変化を辿らねばならない。

 当時からすでに環境保護派(私もその一員のつもりであった)は、日本の廃棄物処理が焼却一辺倒であること、その結果、環境中に排出され蓄積されたダイオキシンが世界水準でも頭抜けた状況であることなどをあげて焼却主義から転換すべきことを主張していた。
 国際的な環境保護団体であるグリンピースが、特にわが国の焼却主義を取り上げて批判する行動を行っていた時代でもある。県内の新湊港へも髑髏マーク(DYOXINのXが海賊船の髑髏マークにまねてあった)の旗を掲げた「虹の戦士号」が入港してキャンペーンを行っていたこともある。
 有吉佐和子の『複合汚染』もレイチェル・カーソンの『沈黙の春』ももちろん読まれてはいたが、世間は(まして行政は)、いまだにゴミは燃やして埋めるものだと漫然と考えていた状況であった。

 そういう世間の状況が劇的に変化したのは、私の印象では二つ出来事による。ひとつは、保守派の拠点ともいうべき神社庁が傘下の神社に対して、正月の注連飾りなどを燃やすこと(どんど、左義長)を止めるように通達を出したこと。いまひとつはテレビ朝日の「ニュースステーション」で、いわゆる「所沢ほうれん草」が取り上げられたこと(1999年2月1日)、である。

 神社庁というのは、いわば草の根保守主義の本拠地と言うべき存在であり、政治的には当然右翼的な立場をとってきた。したがって、環境派がどちらかといえば政治的には左翼的色彩が強いのに対して、神社庁は環境問題にかんしても「保守的」な立場であると思われてきた。それが、一転して「脱焼却」を主張し始めることになったのは、いわゆる環境ホルモンの影響によって、生物界全体にわたってオスのメス化や受胎不全の現象が起きているという多くの生物学者の研究結果を深刻に受け止めたからであろうと、私はにらんでいる。つまり、ダイオキシンなど環境ホルモンの影響による「民族の危機」を感じたのであろう。この神社庁の転換は唐突であったが、それだけに保守的(環境問題にも政治的にも)な勢力には大きな影響を与えたように思う。

 また、ニュースステーションでの「所沢(ダイオキシン汚染)ほうれん草」報道も、所沢市周辺に集まっている産廃焼却場から排出されるダイオキシンの問題を取り上げるのに、茶の木の葉とほうれん草とを混同するといった分析手法に問題があって、後には農業関係者との訴訟にまでなりテレビ朝日側が全面的に詫びを入れることになるのであるが、ダイオキシンが庶民の生活環境に溢れていることに対する警告としては、大きなショックを与えた。

 この二つの出来事を契機として、わが国のダイオキシンに対する、すなわちゴミ焼却主義に対する世論が急激に変化した。(「羮に懲りて膾を吹く」たぐいの行き過ぎた現象が現れることもあるが、それもまたいつものことである。)

 こういう社会状況を受けて、廃棄物行政も急変した。地方自治体のゴミ処理に対する指導監督は厚生省(当時)の管轄なのであるが、ダイオキシン対策が最優先されることになり、運転中の焼却炉のダイオキシン排出基準が厳しくなり、自治体はその対応に追われることになった。
 排出ガス中に含まれるダイオキシンを捕捉するためにバグフィルターを取り付けたり、活性炭を投入したり、あるいは焼却温度を上げて運転したりと、まさにてんやわんやの状態であった。
 ダイオキシンは比較的低温(300度前後)で燃えた時に発生しやすいとされるから、炉の温度を800度〜1000度に保てば問題ないとされ、したがって、点火・消火時にはどうしても低温になるから、24時間連続焼却するのが最善とされることになった。
 また、塩化ビニール(塩ビ)をはじめとするプラスチック類の焼却がとりわけダイオキシンの発生に結びつくとされ、プラスチック類の分別・リサイクルという社会的な気運を大きくしたことは、多くの人が知っているだろう。

 さて、こういうゴミ問題にかんする社会状況の変化、それを受けての廃棄物行政の方針転換によって、着手寸前になっていたわが小矢部市の焼却炉建設計画は頓挫することとなった。
 すなわち、新規の焼却炉建設は日量100トン以上、24時間連続燃焼、という厚生省の方針を受けて、富山県は県内のゴミ処分場を4つに集約する方針を出したからである。新川地区・富山地区・高岡地区・砺波地区の4カ所である。
 小矢部市は単独の施設建設計画を破棄して、高岡地区広域圏に加わることになったのである。
[PR]
by sumiyakist | 2009-01-25 11:01 | 地方自治

大きな問題

  いつまでも年賀状を掲げておくわけにもいかないので、更新せずばなるまい。

  もともとこのブログは、前富山県知事・中沖豊氏の「条例に基づかない不当な」退職金について、オンブズ運動としての取り組みを広く知らしめるために思いついたもの。「中沖退職金問題」がいちおう決着しても、オンブズ運動は続けているし、国や地方の政治状況(とりわけ憲法問題など)に対する対応なども続いているので、それらの問題を取り上げてきた。

 暮らしに関わる問題という点からいえば、自治体の情報公開や公共事業のコスト(談合)の問題なども取り上げてきたのであるが、その種の問題は、じつはさほどの難題ではない。談合を根絶しようと思えば、行政マンのうちのトップの数人と請負業者の経営者のせいぜい十数人が「止めよう」と腹をくくればいいだけの話である。

 本当に難しいのは、ゴミ処理問題とか、高齢者問題・少子化問題、あるいはーとりわけ地方都市の場合ー過疎化、農林業をどうするか、といった問題である。
 例えばゴミ処理問題ひとつ取り上げてみても、地方自治体の仕事の最重要な業務が住民の健康や安全をまもることであることは論をまたないし、その「基本のき」が保健衛生事業であることもまた、いうまでもない。その基本的な事業を遂行するための焼却処分場や最終処分場(埋め立て場)を建設しようとすると、抜き差しならない問題に直面せざるを得なくなることがある。
 それらの施設は、住民の誰にとっても必要な施設であり、建設そのものに反対する住民はいないはずである。しかし、実際にその計画が表面化すると、「総論賛成・各論反対」「ノット・イン・マイ・バックヤード(うちはお断り)」が必ず出てくる。
 それに加えて、焼却とか埋め立て、あるいは分別・リサイクル、といった問題が、常に新しい局面に直面するということもある。ここ10年前ほどは、ダイオキシン問題で焼却万能主義が改められ、それに資源(枯渇)問題も加わって、ゴミの資源化=リサイクル(分別収集)が大きく進められることになった。

 こういうことを考えると、ゴミ処理問題というのは、住民全体の意識の啓発や全体利害と個別利害の調整という、談合を止めさせるといった問題などと比べて、桁違いに深く大きな問題であることが分かる。
 
[PR]
by sumiyakist | 2009-01-23 21:34 | 地方自治

アメリカの市民運動

c0068917_22521097.jpg

 高岡駅前の公共施設「ウイング・ウイング高岡」の中にある高岡市男女平等推進センターで、毎年恒例になっている催し「Eフェスタ」が開かれている。先日アップした
「まちの福祉しらべ隊」のワークショップもそのひとつであった。2週間にわたって、男女平等はもちろん、平和・福祉・子育て・政治・教育など、さまざまな分野の市民グループが展示やワークショップを行っている。
 10月10日(数年前までは「体育の日」として休日になっていたが、今年は金曜日。それでも晴れの特異日は変わらない)には、<グループequality>が主催する「市民活動のスタイル」というワークショップが開かれた。講演者は富山市の出身だが、沖縄や京都、そしてアメリカ(ワシントンDC)と移り住んで、それぞれの土地で環境や反戦平和の市民運動に関わりを持ってきた宮崎さゆりさん(上の写真の右側。彼女はこのブログでも何度か登場している)。
 主催者の中心メンバーである斎藤正美(写真の左)さんも古くからの知り合いであるし、他のメンバーもたいていは顔見知りである。  
 宮崎さんの話はプロジェクターを使った分かりやすいものだった。沖縄での嘉手納基地を取り囲んだ第一回の人間の鎖行動の話では、前夜来の豪雨があって、成立が危ぶまれたことが逆に参加を促すことになって成功したことや、アマミノクロウサギなどの野生動物を原告にした環境保護裁判のこと、ワシントンDCのホワイトハウス前でのさまざまな平和・反核の行動などを紹介しながら、市民運動に対する原理的な考察を語っていった。
 思えば、われわれは(追い込まれてやむを得ず、たいていはシングルイッシューの)、なんらかの運動を立ち上げて、その進め方などを必死になって考えている場合が多いのであって、市民運動一般を改まって考えてみることはあまりなかった。そういう点では、いわば「市民運動原論」のようなメタレベルの視点を開かれて有意義であった。
 宮崎さんは、アメリカでの市民運動の現状や方法論について語ることが多かったのであるが、印象に残ったのは、日本の運動がリーダーをトップに頂くピラミッド型であるのに対して、アメリカのそれはいくつかの委員会などによって構成される車輪構造(輻)モデルで表されることや、デモや座り込みはもちろん、時としては法律に違反するような直接行動によって逮捕されることは、むしろ英雄的行動と捉えられていることなどである。
 なににしても、彼女が故郷の富山へ帰ってきて、市民運動に新しい刺激を与えてくれつつあるのは喜ばしいことだ。
 
[PR]
by sumiyakist | 2008-10-11 23:07 | 地方自治

介護保険

c0068917_13312590.jpg

 先日(9/21)富山市で開かれた講演とシンポジウムを聞きに行く。認知症の人と家族の会(かつて「ボケ老人をかかえる家族の会」といっていた)が開いたもの。来年行われる介護保険の制度改定に向けての「提言」をアピールするために全国4カ所で開いてきたもので富山市が最後だという。
 最初に津止正敏・立命館大学教授の基調講演「『介護の社会化』とはなにか」があり、会が出した「提言」の解説につづいてシンポジウムが行われた。(上の写真はシンポジウムの場面)

 介護保険が実施されたのは2000年。「介護の社会化」「家族による介護から社会全体での介護」を最大のスローガンに導入された。確かに高齢者介護に対する「意識改革」にはなった。ホームヘルプやデイサービス・ショートステイなどの利用が急速に一般化し、老人ホームは「救貧的」なものから普通の家庭の高齢者が利用するものへと変化した。それにともなって施設の設備や介護技術の水準も上がった。
 特養ホームは「個室・ユニットケア」が普通になった。しかし、そのぶん、利用者の負担は急上昇し、老齢年金などではまかないきれないことになり、施設は「高嶺の花」化しつつある。施設を出されて行き場のない「介護難民」も生じている。
 3年ごとに見直し改訂が行われてきているが、そのたびに介護報酬は切り下げられ、そのことは介護職の給与削減に直結している。介護に意欲的な若者がせっかく就職しても、給与や勤務形態などの労働条件の悪さにすぐ辞めてしまうという。3K職場(きつい、きたない、結婚できない)という自嘲も聞く。
 私の友人たちにも何人か小規模な福祉施設(いわゆる富山型のデイサービス施設など)を経営しているが、みな、苦労している。自分も含めて職員の給与は、ボランティア精神で補わなければならない金額だ。介護の現場は、そういういわば使命感と自己犠牲とを「足し前」してようやく維持されている。(営利優先の大型施設の状況を聞くこともあるが、それはまさに「収容所」であり、利用者は悲惨な状態にある。そうでもしなければ「利益」が生み出せないのだ。)

 さて、上の津止教授の講演は、もう少し違った視点からなかなかに啓発的な内容であった。
・要介護者の80パーセント以上が在宅で、家族とあるいはひとりで暮らしていること。
・男性の介護者(介護する側が男性、つまり夫とか息子)が増加していること。それと関連して仕事と介護の両立という新たな問題が生じていること。
・介護者にとって、介護の負担を感じることと介護に喜びを感じることとが、アンビバレントに両立していること
などを指摘して、介護政策への提案を行っていた。

 後半のシンポジウムも、パネラーに知った顔もあったり、厚労省の担当官も出ていたりで、興味深い発言が多く、学ぶことが多かった。主催者が用意した資料が足りなくなって慌てて追加をコピーするほどの盛況だった。
[PR]
by sumiyakist | 2008-09-25 13:37 | 地方自治

ゴジカラ村ってな〜に?

c0068917_21485594.jpg

「まちの福祉しらべ隊」という市民グループを立ち上げたのはもう10年以上前のこと。介護保険が始まるのを目前にして、とりわけ高齢者福祉にかんする制度や施設の問題点を学習し点検しようという趣旨の会であった。
 当時、富山大学経済学部の教授だった竹川慎吾さんに代表になってもらい、谷内清子さん(後に富山県議)や志麻愛子さん(後に富山市議)など、政治に参画してゆく女性たちが中心メンバーにいた。まだ無名時代(笑)の惣万佳代子さんも創立メンバーだった。
 自治体の福祉施策の調査やアンケートによる住民の意識調査を行うなど、県内の福祉分野の市民活動の嚆矢ともいうべき存在であった。
 会員(「隊員」といっている)は最大時には120人ほどにもなっていたと思う。県内全域のネットワークを持つのが強みであった。同じ頃東京で活動していた「特養ホームを良くする会」が始めた特別養護老人ホームの訪問調査活動に協力する形で、県内のホームの調査を行ったこともあった。
 調査結果を報告書にまとめ上げる作業は、徒手空拳の市民グループにとっては大仕事であったが、かなり立派な冊子として発行し、増刷するほど売れた。

 その後は、私自身は、きな臭い動き(日米ガイドライン関連法から周辺事態法などの戦争法制の準備)からイラク戦争の開始、極右安倍政権の改憲へ動きなどと、急激に戦争へ傾斜してゆく社会情勢に対する市民運動の方に力を入れざるを得ない状態であった。その間、隊員も高齢化するし(笑)、「しらべ隊」の活動は、正直に言って「鳴かず飛ばず状態」が続いていた。
 そんなところへ、最近、情報を得て愛知県でユニークな福祉事業を行っている「ゴジカラ村」を見学しようという話しが出て20人ほどで泊まり込みの見学研修事業を行った。(私はスケジュールが合わず不参加だった。)参加者は大いに感激して帰ってきたようだった。
 そういう経緯があって、ゴジカラ村の創立者であり代表である吉田一平氏を迎えて講演会とシンポジウムを開催しようということになった。上のチラシがその呼びかけである。
[PR]
by sumiyakist | 2008-09-16 21:50 | 地方自治