カテゴリ:自然と暮らし( 68 )

千島学説=異端の医学理論

c0068917_19433962.jpg 身の回りにガン患者のいない人はないだろうと思われるこのごろである。私も数年前に伯母を亡くしたし、いまも知り合いに何人かの患者がいる。わが国では年間50万人の新たなガン患者が生まれ、30万人以上がそれで死亡するというから、全く珍しいことではない。
 先の『裁判が日本を変える』に続いて、またひとから貰った本のことで恐縮ながら、一冊の本を紹介する。これは一般書店では入手できないようなので関心のある向きには役に立つ情報だと思う。
 その本というのは『「ガン呪縛」を解くーー千島学説パワー』(稲田芳弘著・Ecoクリエイティブ刊)である。帯の惹句には次のような文句が書かれている。

  現代医学の基礎理論が
  そもそも間違っている
  間違った現代医療に
  ガンの完治は望めない
  
  3b期のガンを宣告された筆者が
  病院治療を拒んで千島学説的治癒の旅へ
  そして1年…。さて、その結果は?

  革命的な医学理論と言われながら長い間封印され黙殺され続けてきた「千島学説」…
  その封印を いまガン患者として解く
  「千島学説」はガン完治の確かな地図 原因さえ分かればガンは恐くない


 著者は元来、環境や農業、食と健康などを世界を舞台に取材して来たらしいライターであるが、上のコピーの通り、自らが乳ガンの宣告を受ける。(男でも乳ガンに罹るということをはじめて知った)。そして、以前から疑問を持っていた現代医療による治療(手術・抗ガン剤・放射線)を拒否して、いわゆる代替え医療を選ぶ。
 これだけならある種の代替え治療体験談にすぎないが、そんな簡単な本ではない。現代医療、あるいは近代医学にたいする根底的な批判が展開されているからである。
 その中心は「千島学説」である。私はこの名前もはじめて知った。医学界では異端として黙殺されて来たらしいが、確かに、医学や生物学の常識を根底から覆す理論である。かといって、いわゆるオカルトのようなものではない。千島喜久男博士(1899~1978)という人物が実証的な科学的方法によって研究し主張したものであるという。また海外の学者にも支持者があるとのことである。
 ネット上にも詳細な情報があるが、そのもっとも中心的な原理は8項目。
1.赤血球分化説  (赤血球は凡ての体細胞の母体である)
2.組織の可逆的分化説  (飢餓・断食時には体細胞から赤血球へ逆戻りする)
3.バクテリア・ウイルスの自然発生説   (バクテリア・ウイルスは一定条件下で自然発生する)
4.細胞新生説  (細胞は分裂増殖しない。6つの形態で新生する)
5.腸造血説 (骨髄造血説は誤り。造血器官は小腸の絨毛である)
6.遺伝学の盲点  (生殖細胞は赤血球から。遺伝は環境を重視)
7.進化論の盲点  (弱肉強食思想は行き過ぎ。進化の基盤は共存共栄である)
8.生命弁証法   (生命現象を正しく観察するための科学方法論)

 関心のあるかたは、詳しくは上のホームページなり書物なりをご覧いただきたいが、私はこの「千島学説」の概略や関連のあれこれを読んで、世にいろいろ唱えられている「代替医療」「自然治療」「ホリスティック医療」などの、非主流の医療が(直接的に依拠はしないにしても、そして、必ずしも意識的ではないにしても)千島学説やその系列の理論に基づいているのではないかと思い当たった。あるいはまた、玄米正食(マクロビオティック)などの食生活の方法の根底にも基礎理論としてこういう考え方を設定すると合点がいくように思われる。
 本書は400ページ以上もある大冊であるが、読み辛くはない。この本を読み、関連して何冊かの代替医療関連の本に目を通してみた結果、私は、もしガンの宣告を受けるようなことがあれば、少なくとも現代医療の手術・抗ガン剤・放射線の手法はご遠慮申し上げたいという気になった。
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by sumiyakist | 2007-10-22 19:58 | 自然と暮らし

秋は忙しい

c0068917_20471667.jpg 昨夜来の雨が完全にあがらないので山仕事は控えて、午前中は畑の周り(休耕田だから元来は畦)の草刈りをする。日本の農業は草との闘いだといわれるが、まさにその通り、田といわず畑といわず、除草が重要な作業のひとつである。春から数えて5回目くらいだろうか、これが最後の草刈りである。写真の右側の作物は収穫期に近づいている小豆。

c0068917_20481849.jpg アップしてみるとこういう状態である。緑色のさやもあるが、枯れ始めているさやもある。このさやの中で小豆が熟していく。早く熟したものはいったんさやでもいで、そのあと、10月の終わり頃に茎もろとも全部抜いてハサに掛けて干す。

c0068917_20492761.jpg ついでながら、我が家のものではないが、隣のソバ畑(これも元来は田んぼ)を写した。こちらもソバの実が黒く熟している。ひと月前には一面白い花が咲いていた。ここは生産組合の作業員が大型のコンバインで刈り取りに来る。

c0068917_20501547.jpg アップで見ると、ソバも、白い花、白ないし緑色の実、茶色ないし黒い熟した実と、株によって時間差を伴って成長しているのが分かる。


 午後からはすっかり天候が回復。山での炭材の伐採を続ける。当分のあいだカマの対面の細い尾根が仕事場である。ということは斜面に生えている木が殆どということになる。そのまま伐ると当然たいていの場合、谷の方へ倒れてゆく。それを下から運び出せない時は何とか山側に倒して、さらに尾根へ引き上げるという効率の悪い仕事を強いられる。
c0068917_20513742.jpg そういうときに使うチルホールという人力牽引装置。直径1センチほどのワイヤーで引っぱる機械である。1メートル足らずのハンドルを往復させることで吊り上げで800キロ、引っぱりで1250キロの力を出すことが出来る。片方を切り株や立木に固定してワイヤーを延ばして倒したり引き上げたりする木にフックを使って掛ける。

c0068917_20524574.jpg こうして切り倒して引き上げた木である。横になっている手前の木はシデ、その向こうはクヌギ、縦になっているのはナラである。チェーンソーは必需の機器だが、ラジオも炭焼きさんの友達である。(この日は国会中継を流しっぱなしにしていた。)

c0068917_20541594.jpg 半日、斜面を登ったり下りたりし、チルホールのハンドルを動かし、チェーンソーを使い、ナタを振るって木と格闘。日暮れ近くなって帰りの尾根道である。向こうのほうにに玉切りした炭材を運ぶための一輪車が見える。 

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by sumiyakist | 2007-10-18 21:02 | 自然と暮らし

ムシかけ

c0068917_13104562.jpg いよいよ炭焼きの最終工程になる。カマの温度は次第に上がり、通風口から覗くと日中でも赤く見えるようになる。左の写真は煙突の温度で255度の時のカマの中である(午後5時半)。赤外線のせいか、カメラのフォーカス機能がうまく働かないようだ。

c0068917_13114152.jpg 2時間後の午後7時半、煙の温度は270度。原木全体が真っ赤に熾った炭、あるいは灼熱の鉄棒のように見える。このあたりから「ネラシ」にかかる。通風口・煙突とも少しずつ開けてやって空気量を増やしてやる。温度上昇が早まり、ガス分が燃焼して炭が焼きしまる。精錬である。

 8時半で280度。もう少し空気の流入を増やす。そして、煙が300度に達したら(内部は7〜800度)炭化は終了。カマの口をドロと石(煉瓦)とで密閉し、さらにその前を板で囲って土砂を入れて気密を保つ。土管の煙突も取り除き、石の板で塞いで砂で目止めをする。つまり、カマを密閉するわけだ。この作業を「ムシをかける」と呼んでいる。
c0068917_13131924.jpg この作業は、カマの進行に合わせるしかないので夜になることが多い。以前は乾電池式のヘッドライトや灯油ランプを使っていたが、今は発電機がここでも役に立つ。エンジン音さえ我慢すれば150ワットの投光器の照明で作業は楽だ。

c0068917_13141631.jpg 今回は第1回目のカマであるので、気密の漏れ(「息をする」という)がないかを慎重に点検。漏れている箇所には砂をかけて止める。作業が終わったのは10時半。あとは自然に火が消えてカマ内の温度が下がるのを待つ。それまで最低でも4〜5日かかる。
 左の写真はもちろんストロボで撮っている。

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by sumiyakist | 2007-10-06 13:18 | 自然と暮らし

自発炭化

c0068917_113238.jpg 臨界に達した後は、炭化に必要な最小限の空気が供給されるようにカマの口と煙突の出口を絞ってしまうとカマについている必要はない。

c0068917_114297.jpg カマの内部では炭材が温度が高い上から下へ向かって炭化しているのである。しかも、この木材の自発炭化というのは発熱現象なので、次第にカマ内の温度が上がってゆく。直接計ることは出来ないが、煙突の煙でそれを計る。
 この段階になると、次の炭材を用意するためにチェーンソーを持って山へ入るが、その前後にときどき煙突の温度を計って進行状況を確かめる。80〜82度が一日半程度続いたあと、緩やかに温度は上昇し始める。100度を越えると1時間に10度ほどの上昇率となる。160度で木酢の採取をやめる。
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by sumiyakist | 2007-10-05 11:10 | 自然と暮らし

炭窯臨界

c0068917_1015789.jpg 火を入れた炭窯の2日目。 朝、7時半に(通風口のみにして)いったん閉じてあった焚き口を開く。一杯入れておいた燃材はすっかり燃え切っている。新たに燃材を投入して口焚き再開。

c0068917_10155848.jpg もうカマの内部が暖まっているので扇風機で送風しなくても煙は煙突の方へ引いてゆく。煙突からはモクモクと煙が出る。

c0068917_10173285.jpg せっせと燃材を切ってはカマに入れ続ける。火勢はいっそう強くなり、カマの焚き口は炎が燃えさかる。

 こうして焚き続けること5時間ほど、煙突から出る煙は浅黄色を帯び、臭いも「辛い」と表現されるものに変わる。木材の熱分解ガスが発生しているのである。煙の温度は82度。この時、カマの内部温度は(天井部分から)260〜70度の臨界温度に達しているはずだ。この温度で木材が「自発炭化」し始めているのである。
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 カマの内部はガスで一杯になり、薄い赤紫の炎がまるでオーロラのように、形を変え揺らめきながら燃えて、ちょっと幻想的な光景が現れる。5分〜10分ほどこの光景が楽しめる。(これまでにも何度か写真撮影を試みたが、この炎の感じは写し撮れない。)

c0068917_1020829.jpg 煙突から出る煙はほとんど分解ガスになるので、この時点から木酢液の採取を始める。写真は小屋の裏から見たところ。

c0068917_1025115.jpg ガスは煙突の上のフードから後方に延びたステンレスのパイプに導かれて上ってゆく。場所に引きがないのでL字型に曲げて長さを確保している。長ければ長いほど回収効率がいい。

c0068917_10275688.jpg そのうちに凝結して液体となり、逆にパイプの中を流れてきて、フードから滴り落ち竹の樋(上から2番目の写真の左側に写っている)を伝ってカマの前に置いたタンクに落ちてくる。これが「木酢回収プラント」の全容である。

 ここまで来ると燃材の投入はやめて、焚き口と煙突の口を徐々に狭めてゆく作業に入る。これは、炭化の速度をコントロールして炭の質を高めるための操作である。(基本的には、なるべくゆっくり炭化させるほうが良質の炭ができる。)
 4〜5時間かけてこの締め込み作業をする。今回はカマが湿っているし、予測がつきにくい。結局、夜、オンブズ小矢部の定例会を終えて帰ってきた9時半頃に最終的な締め込みを行った。(焚き口・煙突とも5センチ×15センチほどにする。)
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by sumiyakist | 2007-10-03 10:37 | 自然と暮らし

炭ガマに火を入れる

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 盆前にいちおう完成していた炭窯であるが、中に原木を詰めてようやく火を入れる状態になった。炭焼きを教わったとなり村の「ムカイ(屋号)のおじじ」こと田畑安太郎氏は「盆が過ぎたらせっせと(炭を)焼かんにゃ」といっていた。需要期までに在庫を積み増すためには、暑くても盆過ぎから焼き始めねばならないというわけである。
 カマ内の温度を上げるためにカマの入り口で火を焚くことを「口焚き」という。早く火を燃え上がらせるために発電機で扇風機を回し送風している(左下)。以前は箕(み)で1時間近くも煽いでいたのであるが、友人が中古のエンジン発電機を寄贈してくれたから楽になった。(友人は、雪害で停電した時のためを思って寄贈してくれたのだが、カマの改修の時にも使ったし、あるいは山の中で椎茸の菌打ちの電動ドリルを使うときなどにも重宝している。)

c0068917_20252541.jpg 口焚きの木(燃材)は、炭材を取った残りの先端部分や枝である。チェーンソーで適当に切って燃やす。

c0068917_20263334.jpg 天井をやり直して最初のカマは、炭を焼くことに加えて、いちおう乾し上がったドロ天井をさらに火で焼きしめるという、二重の目的がある。今回は吊り天井とドロ天井との「ハイブリッド」だから、乾し上がった天井の上に、気密をたもつために乾いた土砂を薄く載せてある。雨が入って天井が部分的に濡れていたせいもあり、天井からは湯気が上がっている。

c0068917_20281764.jpg 口焚きの初日はカマ内の温度を徐々に上げて中の炭材を乾燥させることが目的である。夜中も焚きつづけるわけではなく、夕方になったらドロを練って石や煉瓦でカマの口を塞いで作業を終える。このとき、太めの燃材を一杯まで入れて、通風口を開けておく。夜じゅうかかってゆっくり燃えている内に熱気がカマ内を循環して原木の乾燥が進む。(蒸気乾燥とか蒸し煮とかいう)。
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by sumiyakist | 2007-10-01 20:37 | 自然と暮らし

里山の更新

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 前回見た伐採の様子は、一見いささか荒っぽい伐り出し方なので、素朴な自然愛好家には抵抗があるかもしれないが、チップ業者氏は里山の本来的な利用法の枠からはみ出しているわけではなく、(原理的には)自然破壊をしているわけではない。
 上の写真は村の後背地の山で別のチップ業者氏が伐採している現場だ。これもやはり、重機で道を付け、キャタピラの運搬機で搬出するという方法である。左手の向こうに見える山が松尾の尾根の最頂部である。
 かつて薪や炭の原料の木を伐り出していた雑木林は、まさにその用途から「薪炭林(しんたんりん)」と呼ばれたり、あるいはまた、人の手のはいらない原生林や自然林(天然林)が一次林といわれるのに対して二次林といわれる。いわゆる里山であり、それは人が木を伐り出して利用することで植生が維持されてきた。このあたりではコナラを中心とする広葉樹の森林である。雑木の林は、伐っても25年〜30年でほぼ元通りに再生する。その一局面は以前にも載せた。
 少し前ならこうして雑木林を伐採(皆伐)してその跡に杉や檜の針葉樹を植林したのであるが、そうなるともう雑木林として再生することはない。(公共事業としての針葉樹の植林は「緑の森林破壊」と悪口をいわれたこともある。)チップ材として伐採してその跡を放置するだけなら、作業道などの工事によるいくらかの変容はあるにしても、多分、25〜30年経てばほぼ元通り再生するだろう。チップ伐採があながちに自然破壊でないというのはそういうわけである。
 ところで、念のために述べておくが、このあたりの山は殆ど民有林であり、勝手に木を伐るわけにはいかない。チップ業者氏にしても私にしても山林地主に代金を払って木を買い取っているのである。
  伐採しないで放置すると雑木林も老化する。ナラなどは、生えている木のそれぞれが太くなるのではなく、淘汰されて本数が減り少数の太い老木の山になってゆく。他の雑木もほぼ同様である。キノコも出なくなる。あるいは、フジなどの蔓性の植物が繁茂して山を覆ってしまうこともある。里山は人間の手が入ってあるサイクルで伐ってやることで植生が維持されているのである。それを更新といっている。
 私の炭焼きの原木としての「消費量」くらいでは到底追いつかないから、チップ業者氏は山の活性を維持する更新の役割を果たしているともいえる。ただ、重装備の機械を使うので伐採の速度が猛烈に早く、広大な面積が一時的にはげ山状態になることは問題である。伐採速度(=量)が更新の必要性(=質)の本来を損なうということもありうるからである。
 ちなみに、昔の炭焼きさんは普通1年間で1町歩(1ヘクタール)の山を伐っていたそうだが、現在のチップ業者なら1月もかからずに1町歩の山を伐採するのではないだろうか。久利須村の山は植林事業を免れて比較的広葉樹の森林が多く残っていたのであるが、チップ業者の挟撃を受けてたちまち禿げ山と化しつつある。
 そして、前回述べたように、もしカシナガが伐採によって大挙して未伐採の区域に移ってゆくとすると、ナラ枯れ現象の「濃縮」が行われることになり、困った問題ではある。 
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by sumiyakist | 2007-08-30 09:09 | 自然と暮らし

伐採地

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 山の尾根(松尾という小字名)の全体を、昨日(8/27)撮影した写真を下(東)から順に並べておく。
 この山については、付言しておかねばならない特殊な事情がある。じつは写真に見える尾根の向こう側の数ヘクタールの山一帯は、ここ数年のうちにチップ業者によって全部伐採されてきたのである。
 このあたりは、林道も作業道もないかなり急峻な山なのであるが、自前でブルドーザーなどの建設用重機を持ち、道なき山に道をこしらえながら伐採・運搬をしていくベテランの専門業者のこと、驚くような勢いで伐りだしてきた。数年前、村の反対側から切り始めてついに村に一番近い松尾の尾根の向側まで伐ってきたというわけである。
 現地を見ようと、村の反対側からバイクで上がってみた。作業道といっても、もちろん舗装もなにもなく、だだ山を削っただけのむき出しの土の道が続いている。
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 高見に上ると全体が見渡せる。残った灌木や、ここ2〜3年で萌芽した若木などで(それに地を覆う笹)、緑の色は保たれているが、高い木太い木は全く見えない荒涼たる山並に赤土の道路が縦横に延びている。中景の一番向こうの尾根のひとつ手前の低い尾根が松尾になるようだ。(その向こう側が村の集落になる。)
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c0068917_1684998.jpg これは私の山仕事用のバイク、年式も分からないくらいの古いものであるが、ともかくもトライアルマシンなので、こういう時には役立つ。
 雨が落ちてきたりしたので、松尾まではたどり着けずに引き返したが、重機や運搬機を使ってとはいえ、一人でよくもこれだけの山を伐りだしたものだと感心するばかりである。

 さて、この伐採と松尾のナラ枯れとが何らかの因果関係があるかどうか? もし、カシナガが(ナラ菌を付着させて)、ある比率で里山に生息しているとすれば、伐採が進めば追われるようにして未伐採地のほうへと逃げ出してくるだろうということは考えられる。村の周辺で、ナラ枯れとおぼしき急激な枯死は他の区域でも散見されるものの、松尾ほどの集中は見受けられないから、松尾での集中的発生については、伐採と関係している可能性はあるだろう。
 
 
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by sumiyakist | 2007-08-28 16:15 | 自然と暮らし

メカニズムと環境因

 このナラの枯死問題(ナラ枯れ)については、ネット上でもいろいろな報告が出されているが、最新のものとして、これまでの研究成果や対応策を集約したようなパンフレットが出されている。森林総合研究所関西支所のHPからPDFファイルでダウンロードできる。ご関心の向きには参照いただきたい。
 それらによると、ナラ枯れのメカニズムほぼ解明されているようで、カシノナガキクイムシ(カシナガ)という小さな甲虫が媒介するある種の菌類(ナラ菌という仮称で呼んでいる人もいる)がナラの中で繁殖して樹木の水の通路である導管を塞いでしまうことによって、蒸散作用の活発な夏に急激に枯れてしまうということであるらしい。
 このメカニズムはかつて大きな問題となった松枯れと似ていないだろうか? 各地の松林が次々と立ち枯れて行ったことがあった。その原因がマツクイムシだとされて、大々的な殺虫剤の空中散布が行われたことがあった。しかしながら厳密にはマツクイムシという虫は存在せず、マツノザイセンチュウという線虫が木質部で繁殖して導管を塞いでしまうために立ち枯れするということであり、また、この線虫を媒介する昆虫としてマツノマダラカミキリが特定されていた。
 昆虫と菌類(線虫)のペアが原因。従って、対策はこの両者ないし一方を退治すればいい。対症療法としてはそうなる。ただし、カシナガもナラ菌もほとんど木の内部に留まっているので薬剤散布による駆除はなかなか難しい。ドリルで穴を開けて薬剤を注入するという方法が試みられているようだ。

 さて上のように、直接的な原因はカシナガとナラ菌によるものだとしても、なぜいま急に被害が広がったのかという原因(遠因・環境因)はなんだろうか?
 先の地元新聞のキャンペーンでは、気候の温暖化によってカシナガの生息範囲が広がってきた(北上してきた)としていたと記憶するが、全国規模では被害は南から北へ広がっているわけではなく、分布からすると、日本海側に多発しているという捉えかたの方が正確であろう。そうすると、先の宮下正次氏の酸性雪説のほうが説得力がある。
 日本海側(=積雪地帯)の酸性雪によって衰弱し抵抗力が低下しているナラ類(とりわけミズナラ)にカシナガが潜入しナラ菌を繁殖させ、急激に立ち枯れさせる。それが最近のナラ枯れ現象の背後にある環境因なのではないだろうか。
 
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by sumiyakist | 2007-08-25 09:23 | 自然と暮らし

ミズナラと酸性雪

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 ナラ類は炭の原木としては(本州以北では)最重要の樹木である。従って、人の手がはいった二次林(薪炭林)としての、いわゆる里山の景観を作り上げてきた主役級の樹種である。先に述べたように久利須村の山(標高300メートル程度)ではナラ類はコナラが殆どで、まれにミズナラが混じる程度である。標高が高くなるほどミズナラの比率が高くなり、県内でも例えば利賀村のように600〜800メートルまで上がるとこの比率は逆転する。同様に(しっかり確かめたわけではないが)、東北・北海道へ行くと多分ミズナラが優勢になる。両者は樹皮も(プロの目には)はっきりした違いがあるが、ここでは比較のために葉っぱの写真を載せておく。(左がコナラ、右がミズナラ。無精をしてネットから借用)
 このミズナラのことは以前から気にかかっていた。というのも、久利須あたりの山では、直径10〜20センチほどのミズナラの比較的若い木(小径木)はあるが、それ以上のものは殆ど見あたらず、それどころか、時折若木のまま枯死したものに遭遇することもあり、ミズナラの大径木は全く見られないことに気づいていたのである。
 もう少し標高の高い山(400メートル〜500メートル)だと、ミズナラの割合は増えるのであるが、それでもやはりある程度大きくなると立ち枯れるという現象にもしばしば出くわした。ただしその枯れ方は、いま思い出してみても、眼前のような劇症型(突然死型)の枯死ではなく、徐々に樹勢が衰えて緩慢に枯れてゆくというものが殆どであったように思う。(したがって、衰弱途上にある中径木も散見された。)
 こういう現象を、私は次のように理解してなんとなく納得していた。すなわち、同じナラ類でも、ミズナラは寒冷地(高地)に適合した樹種であって、北陸あたりでは低山地にはあまり適応しないのであろう。従って、ある程度大きくなると環境に適合せずに樹勢が衰えて緩慢に枯れてゆく、と。
 たまたま、「炭やきの会」(故・岸本定吉博士を中心に始められた組織)などで知り合った登山家で在野の森林研究者でもある宮下正次氏に、この北陸のミズナラの衰弱死について話をしたことがあったが、氏は即座に「酸性雪」が原因だと断言した。氏は著書でもそのことを指摘していた。
c0068917_9395942.jpg 酸性雨については今ではよく知られているが、酸性雪というのはまだ十分研究もされていないという。北陸などの多雪地帯では酸性の雪が積もって、しかもその酸性成分が濃縮された状態で早春に樹木によって根から吸収されることになる。当然、植物には悪影響をもたらし、ナラ類でも対応力の弱いミズナラが衰弱することになる、というのである。「いずれはコナラも弱ってゆきますよ」と氏は不気味な予言をしていた。左に氏の著書2冊を載せておく。(『炭は地球を救う』『炭はいのちも救う』いずれもリベルタ出版・刊)
 さて、その酸性雪説とカシナガ原因説とはどう関係するのか? 以下次回に。

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by sumiyakist | 2007-08-23 09:51 | 自然と暮らし