カテゴリ:自然と暮らし( 68 )

いぶりがっこ

c0068917_18404979.jpg 朝からカマに火を入れた。これが今年最後になる。例によって発電機と扇風機を使って送風しながらの口焚きだから、1時間もすると火勢は上がる。いぶりがっこ(燻製タクアン)を作るために、10日ほど干した大根を20本ばかりカマの煙突近くに吊す。


c0068917_18471029.jpg 煙突のあたりを写すと左のようになる。木酢採取のフード(まだ機能していない)の後ろにぶら下がっているのが大根である。臨時に小屋の内部に竿を渡して吊してある。


c0068917_1850912.jpg 裏から撮った写真。もうもうと煙が出ているように見えるが、まだ水蒸気が多く、燻すところまではいかない。午前8時から午後3時ごろまで口焚き。5センチ×10センチ程度の通風口と排煙口だけを残して焚き口も煙突も塞いで今日の作業は終了。

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by sumiyakist | 2007-12-06 18:58 | 自然と暮らし

大根・ダイコン

 夏の総菜の主役はラタトゥイユだった。ほとんど途切れることなく、毎週のように作っていた。ズッキーニをはじめ、トマト・ピーマン・ナス・玉ネギ・ニンニクと2〜3のハーブ類はいつも畑や棚にあって、セロリだけ買って来ればいつでも作ることができた。スープやパスタやカレーに変化させるのも簡単だからラタトゥイユはわが家の便利な常備菜だった。
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 冬の食材の主役のひとつは大根だろう。今年もどうやら収穫できるようになった。夏の終わり頃に畑に蒔いたケシ粒ほどの種が、3ヶ月でこんなに大きな大根になるというのは、不思議な気がする。
c0068917_1643646.jpg ブリのアラを買ってきてブリ大根を作ってみた。ユズは久利須村でただ一本だけ育てているS氏からのもらい物。今年は豊作らしい。

c0068917_1662316.jpg 正式なレシピに従ってふろふき大根も作ってみた。大根そのものの味を確認するにはこれが一番か。

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 タクアン用に作った品種は、今年はなぜか曲がりが大きい。昨年、試しに炭窯の煙でいぶして「いぶりがっこ」を作ってみたら、ずっと以前に、山形の知り合いの篤農家が作った本場の「いぶりがっこ」には及ばないものの、そこそこ雰囲気は出ていた。ことしもある程度干してから何本かを炭焼き小屋へ運んで最後の火入れの際にいぶしてみようと思っている。
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by sumiyakist | 2007-12-01 16:41 | 自然と暮らし

雪囲い

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 11月25日(月)になって、ようやく雪囲いに取りかかる。雪国で暮らすにあたってのまったく非生産的な出費と労力がこの雪囲い(取り外す時も同様の労力を要する)とスノータイヤである。雪が降れば降ったで、「雪かき」「雪よかし」「雪おろし」の労力が必要だ。雪国以外の人には全く理解できないだろう。
 上の写真が作業を始めたところ。まず軒下に支柱を立てるところから始める。正面(南側)である。家の前には先日降った初雪がまだ残っている。

c0068917_19451017.jpg 角度を変えてみるとこうなっている。支柱は杉の丸太。仕上がりに気を使う人は角材や磨き丸太のようなものを使うし、このごろではアルミ製の雪囲い資材もあるが、わが家はあり合わせの丸太や角材を使っている。

c0068917_1949201.jpg 向かって左(西側)も同じように支柱を立て、横に太い竹を渡して交点を縄でしっかり結ぶ。地面の黄色く見えるのはイチョウの葉。その向こうに椎茸のほだ木が見える。

c0068917_19541091.jpg その上にカヤ(ススキ)を編んだ「すがき」を当てる。これは入植してから地元の人に教わりながら編んだものである。その上を竹で押さえて挟むようにしておいて、60センチほど間隔で下の竹と縄で結ぶ。これで囲いが完成。屋根から落ちてきた雪が軒下に溜まっても押しとどめることができる。

 c0068917_2013491.jpg 支柱と竹、押さえの竹と裏の竹を結ぶにはワラ縄を使う。結び方は左の写真のようになる。最後に締まるような結び方で、「つの結び」という。角のように2本の端がピンと出るのでその名があるのだろう。もちろん、こちらへ来てから教わったのであるが、稲を掛けるハサを作るときなど、いろいろと用途の広い結び方である。


 表(南)側は、「すがき」が傷んでしまったので以来、無精をして、ヌキ板(幅7〜8センチ、厚さ1センチほどの板)を横木として支柱に渡して木ねじで止め、プラスチックの波板をあて、その上からまたヌキ板で押さえる(その固定にも木ねじを使う)という方法をとっている。

c0068917_8332239.jpg 朝から家人と二人で一日かかって前と横の2面を仕上げた。終わったときにはもう暗くなっていた。やれやれと気がゆるんだせいか写真を撮るのも忘れていた。明朝にでも撮ってアップすることにする。裏(北)側は、最も雪が多いのだが、壁にはトタンを貼り、窓には外から格子をあてがって通年仕様にしてあるし、東は妻側なので雪対策はしなくていい。
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by sumiyakist | 2007-11-26 20:44 | 自然と暮らし

ナラ枯れ・その後

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 時雨(しぐれ)というにはいささか激しい雷雨混じりの悪天候が続いたあと、11月13日、14日と、小春日の晴天が訪れる。山仕事が出来る日数は、もうあまりないだろう。山に置いた道具類もそろそろ撤収しなければならない。木々は日に日に色合いを変えてゆくが、例年に比べれば紅葉は遅れているようだ。
 夏には山の斜面の濃い緑の中で目立った ナラ枯れの木も、色とりどりの秋の山ではほとんど見分けがつかないほど埋没している。上の写真は同じマツオの尾根の最近の写真(11月14日)である。ナラは条件が良ければオレンジ色に黄葉するが、枯れたナラはいまでもずっと茶色の葉をつけている。来年の春にはもう新芽を出すことはないから、枯れ木であることが歴然とするはずだ。手前は刈り取った後のソバ畑。
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 もう少し低い側の様子。手前は我が家のタマネギとキャベツの苗。
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 いま、炭材を伐り出している山からもマツオの尾根を遠望することができる。中央の長い尾根がそれである。右下の隅に、玉切りした原木を一輪車で運んでいるうちに出来た小径が写っている。(この端まで運んで10メートルほど下の林道へ落とし、トラックに積んでカマへ運ぶ。)
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 ナラ枯れを気にしているせいか、ある程度太い(30〜40年生)ナラを切り倒すとナラ菌の繁殖と思われる年輪の黒い汚れのようなものが目につくことが多くなった。 ひどい場合には、数日たつとタールが沁みだしたような黒い帯が現れる場合がある。これがナラ菌と確認したわけではないが、以前にはなかった、ナラ枯れがいわれ出して目立つようになった最近の現象である。
 ナラ菌を持ち込むといわれているカシナガが潜入した結果と思われる木くず(フロス)もよく見かけるようになった。
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by sumiyakist | 2007-11-15 21:50 | 自然と暮らし

出合橋

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 上の写真は、われわれの住む久利須村から下ったところにある出合橋の景色である。正面にある木はケヤキである。さほど太いものではないのだが、例年、いまごろになるときれいに黄葉する。この場所は渓流が出合う谷底のようなところであり、久利須の集落はここから渓流沿に沿って1.5キロほど上がったところ(この写真でいうと後ろがわ)にある。町へ下りる時にはいつも真っ正面にこのケヤキが見えるので日に日に色を変えてゆく風景を見ることになる。

 久利須(村)がその一角であるところの(私は「宮島峡の奥座敷」と言っている)、小矢部市の宮島地区は、宮島温泉でも知られているが、「伝説と清流の里」をキャッチフレーズとする小観光地である。その一部はここでも紹介したことがある。
 じつは、その「伝説」なるものは、久利須がその淵源なのである。平安時代も末期のころ(西暦1177年)、時の平氏政権に対するクーデター計画ともいうべき「鹿が谷の変」という事件があったことを歴史の授業で教わったこと思い出していただけるだろうか。この時の首謀者の一人が俊寛僧都という人物である。
 ほぼ確かな史実としては俊寛ら3人の首謀者は鬼海が島へ流されたことになっているが、どういう歴史の力学が働いたのか、俊寛僧都については、じつは久利須村へ配流されていたという伝説がこの地にある。それも昨日今日になって生まれたそれではなくて、江戸時代にすでにそういう伝説があることが「越の下草」という書物に誌されている。
 いまはその詮索は措いて、出会い橋という名前の由来だけを記しておくと、その俊寛僧都を都に残した妻(僧に妻がいると公然と語るというのも解せないが、妻どころか娘もいるということになっている)訪ねて来て、二人が出会ったのが出合橋であるということになっている。
c0068917_23574987.jpg  左の写真は橋にはめ込まれている石のネームプレートである。僧と妻の「出会い」というより、湯道丸川と久利須川というふたつの渓流が落ち合う「出合」が多分本来のその名の由来だと思うが、この橋をはじめとして、俊寛僧都に関わる場所の名前が久利須とその周辺にはいくつかある。
 
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by sumiyakist | 2007-11-08 00:23 | 自然と暮らし

スタンバイ

c0068917_20571255.jpg  ようやく炭材を全部立て終え、石と土とで焚き口を拵えて準備が完了。(左の写真。まだ煙突は立てていない)。ちょうど前のカマ焚きからひと月たっている。あまり速いペースではないが、相変わらず所用も多かったし天気のいい日は山仕事を優先してやっていたからやむを得ないな、と自分を納得させる。
 これで最低2日間続けてカマについていることが出来る日程が取れれば火を入れることができるわけであるが、社会福祉協議会のバザーの準備と実施だとか、憲法についての品川正治氏の講演会だと、あるいはオンブズ小矢部の例会とかの予定が入っているから、結局、来週の後半になってから口焚きと出した炭の箱詰めの作業をすることになるだろう。冬までにもうひとカマは焼かなければならない。
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by sumiyakist | 2007-11-01 21:07 | 自然と暮らし

出し立て

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 上の写真はようやく炭を全部出し終えたところ。初カマにしてはまあうまく焼けたほうだろう。写真で炭の左側が茶色く見えるのは、アシである。カマの中でこちらが地面についていた方で、十分に炭化しないでまだ半分「木のまま」である。未炭化なので火をつけるとくすぶるから、箱詰めの段階では切り落とすことになる。今回はアシが少し長めであるのも初カマのせいであろう。
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 炭を出し終えてカマの内部(床面)を掃除すると直ちにカマ庭に立ててあった次の原木の立て込みにかかる。上の写真は3分の1ほど立て込んだカマの中である。このあたりまでは割らない丸のままの原木がほとんどである。一番質のいい炭が焼ける。
 立てた原木と天井の隙間に細い木が横に詰め込んであるのは「あげ木」である。原木の頭(上端)が燃えて灰化するのを防ぐために入れる。燃材を3〜40センチに切ってこれに使う。
 
 炭を出して次の原木を立て込む作業のことを「出し立て」といって、本来は早朝から一日でやってしまう。そして、翌日の朝からはもうカマに火を入れて焚き始める。カマが冷えないうちに焚くから効率もいいのである。しかし、一人でやっているとなかなかそうはいかない。まして、半日は所用で下界へ出て行かねばならないことなどがあると、炭を出すのに2日もそれ以上もかかることもある。
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by sumiyakist | 2007-10-31 22:08 | 自然と暮らし

炭を出す

c0068917_20221196.jpg カマを破って炭を出し始める。左は3分の1ほど出したところ。ふつう、カマを造って初回の火入れは、炭を焼くことよりもカマ(とりわけ天井)を焼き上げることが主目的なので、あまり良い炭はできないということになっている。しかし、今回は本来のドロ天井に比べれば土(ドロ)の量が少ないせいか、けっこう良い炭が焼けているように思う。

c0068917_20301660.jpg この時のカマの中の様子。

c0068917_20313667.jpg 上の写真にも写っているが、炭を運び出すのに使っているのはプラスチックの雪遊び用のソリ。昔ながらの道具は、長めのササを使って編んだボートか小型のハンモックのような形の籠である。それに炭を何本かずつ乗せ抱えて運び出す。
 たまたま孫たちのため買ってあったソリを使ってみたら、これは引っぱるだけでいいから楽であることを発見。もっぱらこれを愛用。
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by sumiyakist | 2007-10-29 20:42 | 自然と暮らし

きのこ=コケ

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 秋のささやかな楽しみのひとつがキノコ採り。当地ではコケという。昔流の農作業から山の暮らし全般まで、いろんなことを教わった、今はなき隣村の婆さんに連れられて山を歩き回って以来、秋のシーズンには必ずキノコ採りを欠かさない。
 今年は高温が続いたせいか、なんどか山へ入ってみるが空振り。例年より10日ほども遅く、3度目か4度目になってやっと写真の程度の初収穫。
 その昔、婆さんに「変なものには手を出すな」と教わったとおり、地元でカッパと呼ぶ「サクラシメジ」と、同じくイッポンシメジと呼ぶ「ホンシメジ」や「ウラベニホテイシメジ」だけを採る。写真の中央にあるのがイッポンシメジである。
 ただ、図鑑などでイッポンシメジというのは毒キノコである「クサウラベニタケ」の別名であるから、ややこしい。この毒キノコである「クサウラベニタケ」のことを婆さんはササシメジと呼んでしっかり区別するように注意してくれた。間違って食べて食中毒を起こすことがあるとのことである。確かに色や形はとても似ているが、傘と柄のバランスや柄の太さなどで、慣れるとはっきりと違いが分かる。
 カッパに比べるとイッポンシメジは少し遅れて出るから、これからもう少し採取できる時期があるはずだ。
 キノコ採りの面白さは、山菜と違ってその所在も時期も不確かかつ微妙なことだろう。おおよその区域はあるにしてもいつも出る場所が決まっているわけではない。気温や雨などの条件によって発生時期が微妙に異なるし、一日ないし数日で消えてしまう。
 おまけに、薪炭林として伐採されることが少なくなり、森が老化しているせいか、昔に比べるとキノコの発生自体が少なくなっているようだ。村の古老は、列をなしてカッパが発生していた様子(「シロをかく」という)や、背負いきれないほどコケを採った話をするが、いまは、半日山の中を歩いてもカゴに一杯採れればよしという状況だ。
 枝をかき分け蜘蛛の巣を払いながら斜面に目をこらしつつを歩いていて、やっと発見するや嬉しさに思わず声をあげてしまうのである。
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by sumiyakist | 2007-10-27 09:28 | 自然と暮らし

木を割る

10月に入って晴天が続き、山仕事ははかどる。そのぶん体はきつい。40代から50代の半ば頃まではどんなに疲れても一晩寝るとすっかり疲れが取れたが、さすがに、50代半ばを過ぎるころからはそうは行かなくなった。当然のことで、体をだましだまし使うしかない。

c0068917_22185849.jpg さて、炭焼き小屋まで運んだ木は、太いものは割らなければならない。これがまたひと仕事。もちろん、エンジンと油圧を使った薪割り機という機械もあるにはあるが、1.2メートルもの木を割る能力の製品となると、数十万円もする。自家製で作る魂胆で、エンジンと古い油圧ポンプ・シリンダーを手に入れて知り合いの鉄工所で作ってもらおうと目論んでいるがなかなか資材がそろわないまま今に至っている。木を割るのに使う道具は写真のように、ヨキ(斧)、鋼鉄のくさび、プラスチックのくさび、手製のカケヤである。フシなどでどうしても割れない時にはチェーンソーで切る場合もある。

c0068917_22381434.jpg 作業を順を追って説明してみよう。まず木口にヨキで割れ目を入れる。

c0068917_22401250.jpg割れ目にくさびをカケヤで打ち込んで行く。くさびは刃の角度や長さがいろいろあって、適当なもの選んで打ち込む。木目の通った木(「性のいい木」)は割りやすい。ナラやクヌギなどは概して性がいいが、それでもフジが巻き付いてごつごつしたものや斜面でねじれたものなどは木の繊維が複雑によじれていて手こずる。

c0068917_22482098.jpg原木はおおよそ握り拳の大きさほどの太さまでに割る。太さによって2つ割りで済む場合もあるが、これは4つ割りにする。

c0068917_22521014.jpg 4つに割り終わったところ。これなどは性のいい木の見本のような木である。

c0068917_2253589.jpg 元がひとかかえほどもある太いナラである。くさびを何本も打ち込んで少しずつ割ってゆく。

c0068917_22555252.jpg 1時間ほどもかかってようやく8つに割った。

c0068917_23062.jpg ときどき割った木のなかからクワガタの幼虫が出てくる。申し訳ないが、もう帰ってもらうすべもない。

c0068917_22572395.jpg こうして、割らないでもいい木と割った木とを小屋の中(カマ庭)に立てる。ひとカマ分をあらかじめ立てておく。

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by sumiyakist | 2007-10-25 23:10 | 自然と暮らし