カテゴリ:知事退職金( 87 )

報告会を開く

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 控訴審判決が出て、最高裁へ上告するのを機会に、この裁判の報告会を開くことにした。折角だから小矢部でなく富山市まで出かけて開くことにした。これまでにも載せたとおり、富山駅前でチラシ撒きなどもしてきたし、署名に協力してくれた団体や労組も富山市内にある。なんといっても、県全体に関わることだから、県庁所在地でやる方がいいだろうということになったからである。
 上の写真では読み取れないかも知れないので再掲するが、チラシの表の文面は次のようなものである。(裏には晴山教授の意見書の概略を記した。)
                                      
前富山県知事退職金返還請求訴訟報告会
日時:4月19日(木)午後7時〜9時
場所:サンシップ 704
参加費は無料ですが、資料代を若干頂く予定です。
主催:市民オンブズ小矢部 後援:市民オンブズ富山

 市民オンブズ小矢部のメンバーによる05年6月の住民監査請求から始まり、
その後住民訴訟へと進んできました。
 前富山県知事に支払われたの2億3千5百万円の退職金のうち、1億9千万
円あまりは法的根拠なしに支払われたものなので県に返還させるべきだ、と
いうのがわれわれの主張です。

 この裁判は去る3月26日に名古屋高裁金沢支部で控訴審の判決が出ました。
1審2審とも、行政の言い分をそのまま認める「行政の手先としての司法」
(西山太吉氏のことば)そのものですが、専修大学法科大学院晴山一穂教授の
意見書に見るとおり、法理上の正しさはわれわれにあります。

 われわれは最高裁に上告することにしました。この機会に、これまでの裁判を
振り返るとともに、各地で問題になり始めている自治体首長の退職金問題、あ
るいは、だれも正当に検証してこなかった24年間の中沖県政の功罪などを論
ずる集会を持ちます。ご関心のあるかたがたの参加を呼びかけます。
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by sumiyakist | 2007-04-04 23:08 | 知事退職金

判決文

 控訴審の判決文の主要部分を掲載する。OCRソフトで読み取ったものなので、まだ校正ミスがあるかもしれない。
 これまでは裁判の文書を掲載するに際して、字詰めをいっぱいまで使っていたのであるが、先行文書の必要箇所を指示するのに「○ページ△行目」と表記することが多いので、判決文の字詰めをそのまま踏襲して、ページと行は原文ままとしておくほうが便利だということが分かった。行末のでこぼこは見苦しいが参照の便利のためということでお許しください。

         名古屋高裁金沢支部判決文

<1〜3ページ>(略)

<4ページ>
(2行略)
第3 当裁判所の判断
1 本件退職手当額の決定手続について
  原判決7頁21行目から8頁23行目までのとおり(ただし,原判決7頁2
 1行目の「によれば」を「及び弁論の全趣旨によれば」と改める。)であるか
 ら,これを引用する。
2 本件条例15条の法204条3項違反の有無         ‘
 (1)法204条は,普通地方公共団体は,その職員に対し,総料及び旅費を支
  給しなければならず(同条1項),また,条例で退職手当等の各種の手当を
  支給することができる(同条2項)とし,その給料,手当及び旅費の額並び
  にその支給方法は,条例でこれを定めなければならない(同条3項)と規定
  し,法204条の2は,普通地方公共団体は,その職員に対し,いかなる給
  与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基かずに支給することができ
  ないと規定し,あいまって,普通地方公共団体が職員に支給する給与等の給
  付に関する条例主義(いわゆる給与条例主義)を定めているが,この給与条
  例主義の趣旨は,①住民の代表である議会の条例制定を通じて,給与体系を
  公明化し,給与等の額等を民主的にコントロールするとともに,②勤労者で
  ある職員に対し,憲法28条が勤労者に対して保障する団体行動権の一部を
  制限する代償として,給与等を権利として保障することにあると解される。
(2)ところで,本件条例(乙1)は,2条1項において,富山県職員(地方公
  営企業法(昭和27年法律第292号)15条1項に規定する企業職員を除
  く。)のうち,常時勤務に服することを要する者(以下「常勤職員」とい
  う。)に退職手当を支給する旨規定し,3条以下において,常勤職員に支給
  する退職手当の額を算出するために必要な事項等を定める一方,常勤職員に
 含まれる知事,副知事及び出納長(以下「知事等」という。)の特別職に対
<5ページ>
 して支給すべき退職手当の額について,その15条において,「知事,副知
 事及び出納長の在職期間に対する退職手当の額は,この条例の規定にかかわ
 らず,議会で議決する額とすることができる。」と規定しているから,本件
 条例は,知事等の特別職の退職手当の額について,他の常勤職員と同様,3
 条以下の規定に従って算出される額とすることを原則としながらも,知事等
 の特別職の地位及び職責の特殊性及び重大性を考慮して,本件条例15条に
 より議会で議決された場合にはこれによることとしているものと解される。
 そして,本件条例には,同条に基づき知事等の特別職の退職手当の額を議会
 で議決する場合において,議会が議決の際に由るべき基準等に関して何ら定
 めるところがないから,その額をどのような額とするかは全面的に議会に一
 任しているものということができる。したがって,知事等の特別職の退職手
 当の額が本件条例15条により議会の議決により定まる場合には,その額を
 条例の規定そのものから直接に確定することができないことは明らかである。
  そうすると,知事等の特別職の退職手当の額を議会の議決により定めるも
 のとして,全面的にその決定を議会の義決に一任する内容の本件条例15条
 は,普通地方公共団体がその職員に支給する手当の額を条例で定めるべき旨
 を規定する法204条3項の文言に適合しない面があることは否定できない。
(3)しかしながら,給与条例主義の趣旨は上記①,②のとおりであるところ,
 本件条例は,上記のとおり,知事等の特別職を含む常勤職員に対する退職手
 当額に関する原則規定を置いた上で,知事等の特別職に対する退職手当額に
 関する特則として,その15条で,その額について議会が議決した場合はそ
 れによる旨定めて,知事等の特別職に支給すべき退職手当の額の決定方法を
 明示していることに加え(したがって,本件15条による退職手当額の支給
 が法204条の2に違反するものではない。),法の規定によれば,知事等
 の特別職の退職手当の額に関して,議会が条例を制定する場合の議決方法と
 条例でこれを義会の議決事項とした場合の議決方法との間には特段の相違が
<6ページ>
 ないことを考慮すると,議会が本件条例15条に従ってその議決により知事等
 の特別職に対する退職手当の額を定めることは,実質的には,議会が知事
 等の特別職に対する退職手当の額を条例をもって定めるに等しいものという
 ことができるから,給与条例主義の趣旨①を満たすものということができる。
 そして,知事は,公選によりその地位に就任するものであって,県という普
 通地方公共団体の執行機関の立場にあるものであるから,知事に支給される
 べき退職手当の額に関しては,給与条例主義の趣旨②はそもそも当てはまら
 ない。そうすると,本件条例15条中の知事の退職手当の額に関する部分,
 すなわち,同条が,知事の退職手当について,その額を直接定めることなく,
 議会の議決により定めることができるとする部分は,法204条3項に違
 反するものとは解されないというべきである。
  もっとも,条例については,条例が公布されることにより,退職手当の額
 が住民に了知され得る状態に置かれ,住民の条例改廃請求(法74条)によ
 り,その内容を修正する余地があるのに対し,議会の議決に与る場合には,
 議案が議会に提出される前の段階でその議案の内容(退職手当の額)を住民
 が了知することはできないことになる。しかし,議会の議員は住民の選挙に
 より選出された住民の代表者であることからすれば,民主的なコントロール
 のもとで退職手当の額を決定しているものといえるのであって,上記差異を
 もって,条例により定める場合の方が,議会の議決による場合より民主的な
 コントロールが及ぶものとまではいいきれない。したがって,上記のような
 条例と議決との相違をもって,本件条例15条が給与条例主義の趣旨①を没
 却するものということはできない。
(4)控訴人らの主張について
ァ 控訴人らは,給与条例主義の趣旨は,義会による民主的統制のみではな
 く,条例改廃請求権の行使等による住民の自治体に対する民主的統制をも
 確保するところにあるとして,本件条例15条は給与条例主義に反する旨
<7ページ>
 主張する。しかし,住民の条例改廃請求の可否の差異をもって,給与条例
 主義の趣旨を没却するものとはいえないことは前記のとおりであるし,仮
 に,控訴人らが主張するとおり,住民の条例改廃請求権の行使等を重視す
 るとしても,住民は,議会の議決する額とすることができるという本件条
 例に対しても,条例改廃請求を行うなどしてその意思を反映させることが
 できたものというべきである。したがって,控訴人らの上記主張は理由が
 ない。
  なお,控訴人らは,当審においてさらに,知事の退職手当の額の決定に
 ついて,議会の議決による場合と条例による場合とでは,住民の条例改廃
 請求(法74条)による内容の修正の余地があるか否か,金額の決定に至
 るまでに住民が予め金額を知ることができるか否か,場合によっては議員
 選挙の争点となって選挙結果に基づき議会による内容の修正が行われる可
 能性があるか否かの点に差異があり,住民によるコントロールの観点から
 は重要な違いがあるから,法が各種の直接民主主義的な制度を規定してい
 る趣旨を考慮すれば,議会の議決と条例とを同視することは,給与条例主
 義に反するとともに,地方自治の本旨(憲法92条)にも反する旨主張す
 る。しかし,条例改廃請求の点については,前記のとおり,住民は,知事
 等の特別職の退職手当の額を議会の議決する額とすることができる旨規定
 する本件条例に対しても,条例改廃請求を行うなどしてその意思を反映さ
 せることができたものである。また,確かに,議会の議決による場合には,
 議案が議会に提出される前の段階でその議案の内容(退職手当の額)を住
 民が了知することはできないが,一方,個々の退職手当の支給ごとに金額
 を議会で議決することは,予め条例で定められた金額が自動的に支給され
 るのに比べ,より住民の関心を惹きやすい面もあるのであって,仮にその
 金額が不当であれば,住民が議員に働きかけたり,あるいは事後の議員選
 挙においてその点が争点となる可能性もあるのである。したがって,知事
<8ページ>
 の退職手当の額の決定を議会の議決によることが,条例による決定に比較
 して,住民によるコントロールの観点から直ちに劣るものと断定すること
 はできず,控訴人らの上記主張は採用できない。
イ 控訴人らは,給与条例主義は,少なくとも知事の場合には,議会と対抗
 関係にある知事の給与等がその都度の議会の議決によって決せられること
 はないことを定めることによって,執行機関と議決機関との抑制と均衡関
 係を図るという統治的意義を有するものであり,本件条例15条は給与条
 例主義に反する旨主張する。しかし,本件条例15条により議会が議決に
 よって知事に対する退職手当の額を定める場合と,その額の算定方式をや
 はり議会の議決により条例で定める場合とを比較しても,前者が後者に比
 して,議会の権限が過大となり,知事と議会との抑制・均衡関係が崩れる
 とまでいうことはできない。したがって,控訴人らの上記主張も理由がな
 い。
  なお,控訴人らは,当審においてさらに,本件条例によれば,議会は自
 由に知事の退職手当の金額を定めることができることになり,議会に対す
 る知事の対応に影響を与え,知事と議会との抑制・均衡関係を崩すもので
 ある旨主張する。しかし,上記1の事実によれば,本件退職手当の額は,
 有識者らによる富山県特別職退職手当検討懇話会において,中沖の知事と
 しての功績や昨今の経済状況等のほか,知事の退職手当の額の算定に関す
 も全国的な状況や富山県における従前の知事の退職手当の額の算定方法等
 も勘案した意見がまとめられ,これを受けて議会により議決されたもので
 あって,議会が上記のような諸条件を考慮しないまま金額を定めたという
 ようなものではないことも考慮すれば,議会が本件退職手当の金額を議決
 により定めることができるからといって,直ちに,知事の立場が弱体化し
 て,知事と議会との抑制・均衡関係を崩すことになるとまでいうことはで
 きず,控訴人らの上記主張も採用できない。
 ウ 控訴人らのその余の主張は,既に説示したところに照らして,いずれも
  採用できない。
<9ぺーじ>
(5)上記のとおりであって,本件条例15条中の知事の退職手当額に関する部
 分をもって法204条3項に違反するものということはできないし,他の給
 与条例主義を定める法の規定に違反するものということもできない。
  そうすると,石井が,富山県知事として,本件条例15条に基づく議会の
 議決で定められた本件退職手当額を本件条例に基づき中沖に支給したことを
 違法ということはできず,また,中沖がこれを受給することには法律上の原
 因がある。

3 結論
 以上によれば,控訴人らの請求は,その余の争点について判断するまでもな
く理由がないから,いずれも棄却すべきである。
 よって,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,こ
れを棄却することとして,主文のとおり判決する。

  名古屋高等裁判所金沢支部第1部

   裁判長裁判官  長   門   栄   吉

     裁判官   沖   中   康   人

     裁判官   加   藤   員   祥
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by sumiyakist | 2007-03-27 22:34 | 知事退職金

控訴棄却

 今日3月26日午後、名古屋高裁金沢支部で前知事退職金裁判の判決言い渡しがあった。昨日の能登半島地震の余震もおさまらず、ニュースもまだ地震報道に時間を割いているような、いわわば「非日常」の雰囲気がある。オンブズ小矢部のメンバーも、議員は緊急に開かれた委員会に出なければならなかったり、別のメンバーも、やはり地震に伴う職場の都合で傍聴に来られなくなったりして、原告3人を含め数人だけで出かけることとなった。
 法廷の記者席も、地震報道に人員を振り向けているせいか、いつもより少なめであった。被告の県側は代理人も県職員もひとりも姿を見せなかった。(もっとも、こちらは地震のせいかどうかわからないが。)
 小さな聞き取りにくい声で読み上げる長門栄吉裁判長の判決は、「控訴棄却」であり、判決理由の朗読は省略したので数分(朗読そのものは数十秒だったかもしれない)でおわった。
 棄却は「想定内」であって、先の例会でも話し合っていたから、廊下に出て記者に問われれば、「上告するつもり」と答えて、みんなで書記官室に判決文を取りにいった。
 判決文は後ほど載せるつもりであるが、ざっと読んだ印象では、ほとんど富山地裁の判決をなぞったようなものである。
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by sumiyakist | 2007-03-26 22:06 | 知事退職金

それでもボクはやってない

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 どういうわけか、映画だけについてブログを作っているのとか、映画の話題をよく取り上げるのとか、親類縁者には映画好きが多いのであるが、私はさほど映画が好きではない。       
 TVでタダで観られるなら、往年の話題作とか、あるいはよほど暇なときになら、寅さん映画のようなのでも観るという程度である。
 映画館では年に2〜3本も観るか観ないかというその私が、2月1日に(たまたま上映中の京都で時間があったからなのだが)「不都合な真実」を観て、ひと月経つか経たないかのうちに、また映画館に足を運ぶということは考えられないほど稀なことである。

 今日、友人夫妻と周防正行監督の「それでもボクはやってない」を観てきた。周防監督のインタヴューなどを雑誌で読んだりして、この作品は是非観ようと思っていたのである。
 私は、不当だろうと正当だろうと逮捕された経験もないし、原告になりこそすれ被告になったことなどない。まして冤罪をこうむったことなどないのであるが、日本の司法制度にはとてつもない欠陥があることはことあるごとに感じていた。
 たまたま川崎磯信氏の「ヤミ米裁判」などでかかわりが出来たり、オンブズ運動で行政訴訟にも関与することになったりして、建前の立派さとは違って、警察のいかがわしさは勿論のことであるが、裁判制度や裁判官という職業にも大いに疑問を抱くようになった。
 つい先日も富山県で、強姦などの罪で懲役3年の判決を受けて服役を終えた男性が「無実」だったことが判明したり、鹿児島県では警察の強引な捜査によって、でっち上げともいうべき選挙違反事件が作り上げられていたことが明るみに出たりしている。
 犯罪を作り上げる警察の手法もさることながら(それをすこしでも防ぐために取り調べの可視化が必要なのは当然である)、社会的エリートである司法官(検事・裁判官)の資質が、本来のあり方や社会の要請とどこかズレていることが問題だろう。
 周防監督のこの映画は、司法そのもの頽廃を事象的に取り上げており、そして、監督の視点の確かさや日本の裁判のいかがわしさはこの映画の示すとおりだと思う。しかし、その根になにがあるのかまでは描いてはいない。

 私は、「日本の裁判は腐っている」(中村修二=青色発光ダイオードの発明者)のは、近代日本が社会的エリートの選別・養成・処遇に失敗したひとつの実例だと思う。
 社会的エリートといえば、法曹の他には医者とキャリア官僚が上げられる。(学者や政治家は、衆目の認める難易度の高い資格試験を経ていないので、世間はその仲間には入れない。)これらのエリートの選別・養成・処遇は、その職業が要請するような高い規範意識なり倫理観を植え付けるようには行われてこなかった。
 簡単にいえば単なる受験秀才、世間の人間よりちょっと頭がいい(記憶力と計算力に優れている)だけで選別され、なんとなくアタマがいい人間ならそう進むべきだという「通念」に導かれるままに知らず知らずに(引き返すわけにもいかず、ましてドロップアウトも出来ず)、気がつけば裁判官や医者・キャリア官僚になっていた、というのが99.9パーセント(日本の裁判の有罪率)であろう。
 身を捨ててでもひとつの命を救いたくて医者になったとか、冤罪に泣く被告を救いたくて裁判官になったとか、世の中の人を幸せにしたくて高級官僚になったとかいう人は多分、0.1パーセント(99.9パーセントの逆に)と言っていいのではないだろうか。つまり、近代日本のエリートの1000人に999人は、人のためではなく我が身可愛さからエリートになったというべきだろう。

 もちろん、きっかけはちょっとアタマのいい人間の利己意識だったかもしれないが、そのコースに乗って進んでいるうちに「ノブレス・オブリージュ」に目覚めて、まっとうなエリートになった人間もいないではないだろう。しかし、身の回りを見回してみれば分かるだろうが、多くの社会的エリートに高い倫理意識や規範意識を求めるのは筋違いというものだ。

 周防監督には次回作で、この近代日本のエリート作りの失敗を取り上げて貰いたいものだ。
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by sumiyakist | 2007-03-02 22:09 | 知事退職金

行政訴訟をする意味

 中沖前知事退職金については市民オンブズ小矢部のメンバーで裁判をしているが、私個人としては、その他にも、志賀原発に対する訴訟(北陸電力に対する民事訴訟。1号機以来、現在は2号機の差し止め)や自衛隊イラク派兵違憲訴訟などにも原告として関わっている。
 それらの裁判は、すくなくとも私に関しては、日本の司法=裁判所を全面的に信頼して裁判所の判断を仰いでいるというわけではない。このブログの中でも折にふれて述べてきたが、むしろ、司法を信頼できないからこそ裁判を起こしているといったほうがいい。
 すなわち、現代日本において、とりわけ行政相手の裁判を提起するのは、私にとっては次のような理由による。
1.裁判を起こすことによって問題を「社会的事件化」し、マスコミなどを通じて世論を喚起する。
2.裁判を継続することによって、運動自身の継続を図る。
3.司法に(裁判官ひとりひとりに)対して、「法と良心にのみ従って」行動するべきであること教育する。
4.良質の裁判官と腕前のいい代理人=弁護士のめぐり合わせという、よほどの幸運に恵まれれば、勝訴判決を得て、司法の判断を求めるという裁判本来の目的を達することができる。

 3についてはすこし説明がいるかもしれない。裁判官は、とりわけ行政訴訟にかんしては、「法と正義」を看板にしながらも、最高裁事務総局を頂点とする司法行政の中で権力支配機構に組み込まれており、自己保身のゆえに行政よりの立場に身を置かざるをえない環境にある。そういう裁判官に対して、常に「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(憲法第76条)を呼び覚まさせる活動こそ市民的立場からの行政訴訟であるといってもいい。
 つまり、司法をあるべき姿にするよう裁判官を啓発するために訴訟を提起するということである。「市民オンブズ運動は世直しのボランティア運動です」というのが市民オンブズ富山を立ち上げたときのスローガンであるが、そのでんで言えば、「行政訴訟は司法を監視し正すためのボランティア運動」でもある。
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by sumiyakist | 2007-02-25 21:05 | 知事退職金

反論(第1準備書面)

 控訴審でのわれわれ側の主張である控訴状への補充と、相手側(県側)が出してきた反論(答弁書)に対する反論を含めて、公判当日に第1準備書面として提出した。青島弁護士が書いてくれたものである。(これに対する再反論を県側がしないということで、公判は結審したわけである。)
 その主要部を掲載する。論点を掲げるのに判決文などの当該箇所を記号だけで示しているのでやや分かりにくいかもしれないが、お許しを願う。
                 *

第1 控訴理由の補充−原判決の問題点
1 第3,1,(2),イ項及び(3)について
  原判決は,「昨今の経済状況等をもある程度考慮した額であるということができ,これをもって社会通念上許容しうる限度を超えて著しく不当に高額であるとは,にわかに断定することはできない」と判断している。そして,その前提事実として第3,1,(2),ア,(イ)で富山県特別職退職手当検討委員会での意見が上げられており,この委員会での検討内容及び意見の内容を知ることができる証拠は乙2号証及び同3号証のみである。
  ところで,知事の退職手当の額の相当性を検討するには,支給時の経済状況や全他の都道府県及び富山県の歴代の知事に対する支給状況も重要な要素であるが,何よりも当該知事の在任中の実績,県政への功罪が,それと同等又はそれ以上に重要な要素であることは言うまでもないものであるところ,上記意見や証拠から見られる検討内容の中には他都道府県における知事在任中の財政状況の変動はもとより,富山県における知事在任中の財政状況の変動も全く含まれておらず,退職手当額を定める上で最も重要な要素が全く踏まえられないで決定されたことが認められる。
  この点についての中沖知事は,その在任中に県の借金と言える県債残高を8000億円も増やし,単年度でも400億円の赤字財政という状況に富山県を陥らせたものであり,通常の民間の場合には私財の投入が求められるような結果を残したものである。
  したがって,このような状況を検討すれば,判決の判断とは逆に「社会通念上許容しうる限度を超えて著しく不当に高額であると」容易に断定することが出来たものであり,原判決の上記判断は失当であり,これを前提とする(3)の判断も同様に失当である。

2 第3,1,(4)について
  原判決は,「住民は,議会の議決する額とすることができるという本件条例に対しても,条例改廃請求を行うなどしてその意思を反映させることができたものというべきである」として,住民の自治体に対する民主的統制の確保に関しての給与条例主義違反の控訴人らの主張は理由がないとする。
  たしかに,住民は本件条例に対して意思反映の機会はあったことは認められる。
  しかし,住民の権利の保障という観点から見れば,本件条例の不備に対する住民の意思と,その条例によって議会の議決で定められた退職手当の額に対する住民の意思とは別のものであり,前者の表明の機会が認められるからと言って後者の表明の機会を認められなくてよいという関係にはない。
  また,現実的な住民の権利行使の容易性という観点では,議会で妥当な金額が決定されれば住民としては条例の不備という抽象的な点に対して特段の意思を持つ者は多くないと見られるのに対して,不当な額が決定されれば,金額に対しても,また,そのような結果をもたらした条例に対しても問題を感じる者が多くなると見られる。この違いは現実的な住民の権利行使の点では重大である。
  したがって,原判決の,住民の自治体に対する民主的統制の確保に関しては問題がないとして控訴人の主張を理由がないとした上記判断は,これらの点に対する考慮を欠き,失当である。

第2 被控訴人の答弁書における主張に対する反論
1 答弁書第2,2項(4)について
  被控訴人は,住民は本件支出当時の富山県職員退職手当支給条例では具体的な額を知ることは容易ではないとの前提で主張している。
  しかし,一般職員の場合は格別,知事の場合は,その給与については新聞で報道される等して公開されており,条例で支給率が定められていればこれを乗じて容易に金額を予測することができるのであり,被控訴人の主張は前提を誤っており失当である。
  また,住民の条例改廃請求権の行使は,住民の一定割合の署名の収集が必要であり,このため準備期間及び収集期間が必要となるため,現実にこの権利を行使するには具体的な退職金額が決められ,住民がこれを知ることができるようになってから相当期間が必要となり,事前に支給率が定められている場合と比べ議会の議決で金額が定められ他本件処分の場合には,その権利行使に格別の困難の度が増す。
  さらに,被控訴人は議会の議員への働きかけを云々するが,その本質は単なる要請に過ぎず,条例改廃請求権の行使と同列に扱うことはできないし,住民側の手段が奪われること自体も問題である。
  また,次回選挙への反映を主張する点については,支給後のことで,後の祭りであり,さらに効果が少ない。

2 答弁書第2,2項(5)について
被控訴人は,具体的な退職金額が決まった後議決の当否が選挙の争点になる可能性と算定方法だけを決めた条例の適否が選挙の争点になる場合を比較して主張をしている。
  しかし,知事は任期切れが近づいて再度立候補することがあり,退職するかどうかが決まるのは通常任期切れ近くになってからとなり,本件処分のように具体的な退職金額が決まるのは支給直前となることが多い。また,知事側としては高額な金額とする場合には選挙の争点となることを避けたり,決定と支給との間に選挙を挟んだり,時間を置くことを避けることが容易である。したがって,具体的な退職金額を選挙の争点とすることを容易に避けうるので,被控訴人の主張は希有な事態を前提としたものとなる。
  また,算定方法を定める場合には,いつでもそれ以後の県政のために改廃請求の機会があるのに対して,金額で定める場合では常に不相当の金額が決められるとは限らないため,必ずしも問題点が顕在化するとは限らず,退職金額に対する住民のコントロールの観点からすると,そもそも同一のものとして比較すること自体が失当である。以上
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by sumiyakist | 2007-02-14 22:27 | 知事退職金

NPO認証

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 富山県でのオンブズ運動の嚆矢となった「市民オンブズ富山」が、昨年暮れにめでたくNPO法人の認証を得た。NPO法については、個人的には疑問に思うところも多いのであるが、法人格を得たことで、行政と対等に渡りあえる気分にもなるし、特定NPO法人になることが出来れば、寄付を受ける場合に寄付者が免税措置を受けることができるということで、活動費が集まりやすいという実利もあるらしい。
 ということで、祝賀会を開こうということになり、今日2月4日(日)の午後、定例会を兼ねて祝賀会を行った。久しぶりに顔を合わせたメンバーもいたりして、創立当時の様子を思い出したことであった。上の写真は祝賀会場の看板である。
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by sumiyakist | 2007-02-04 21:14 | 知事退職金

県側の反論=答弁書

 順序が逆になったが、われわれ原告(控訴人)側の主張である控訴状に対する県側の反論=答弁書の主要部を載せる。(コピーしたものをOCRソフトで読みとって手入れしたものなので、まだ誤字があるかもしれないが、お許しを乞う。)
                    *
控訴の理由に対する反論
1 憲法92条違反について
 憲法92条は、国が地方公共団体の組織及び運営に関する事項を定めることについて定めるものであるから、本件とは関係がなく、このことに関する控訴人らの主張はそれ自体失当である。
2 給与条例主義と住民によるコントロールについて 
(1)控訴人らは、知事の退職手当の額について、議会の藷決による決定と条例による決定を比較すると、①住民の条例改廃請求による内容の修正の余地があるか否か、②金額の決定に至るまでに住民があらかじめ金額を知ることができるか否か及び③場合によっては選挙の争点となって新議会による内容の修正が行われる可能性があるか否かという違いがあると主張する。
 以下、これらの点について、控訴人らの主張に理由がない
ことを明らかにする。                  
(2)まず、地方自治法204条3項の規定を受けて定められた本件支出当時の富山県職員退職手当支給条例(乙1号証。以下「本件条例」という。)をみると、本件条例は、その2条において、特別職と一般職を区別せず、常時勤務に服することを要する者が退職した場合に退職手当を支給するものとしたうえで、その3条から5条において退職の態様や勤続期間に応じた退職手当の算定方法を規定する一方、その15条においては、「知事、副知事及び出納長の在職期間に対する退職手当の額は、この条例の規定にかかわらず、議会で議決する額とすることができる。」としていた。
 これらのうち、たとえば一般的な退職の場合である長期勤続後の退職等の場合の退職手当について定める本件条例4条をみると、そこでは、退職の日におけるその者の給料の月額に、その者の勤続期間が㈰1年以上10年以下の期間については1年につき100分の125、①11年以上20年以下の期間については100分の137.5、②21年以上30年以下の期間については100分の150の割合を、それぞれ乗じて得た額の合計額とするものとされており、特定の職員の退職手当の額がいくらになるかを一般の住民が知ることは不可能であるし、知事についてのように、その者の月額や勤続期間を比較的簡単に調べることができる者についても、その額を確知することは必ずしも容易ではない。
(3)そこで、住民の条例改廃請求による内容の修正の余地があるか否かについて検討すると、その3条から5条において退職の態様や勤続期間に応じた退職手当の算定方法を規定したうえで、その15条において「知事、副知事及び出納長の在職期間に対する退職手当の額は、この条例の規定にかかわらず、議会で議決する額とすることができる。」という本件条例が不適当であるとするならば、控訴人らを含む富山県の住民は、地方自治法12条1項に基づき、何時でも本件条例の改廃を請求することができたのであり、そのことを妨げる事由は何もない。特に、本件条例15条は、本件条例が制定された昭和37年12月から存在し、歴代の知事等に対する退職手当が同条に基づく議決によって決定され、支払われてきたのであるから、同条の存在を知ることが困難であったとすることもない。
 したがって、本件条例15条に定める方法による退職手当の決定について住民の条例改廃請求による内容の修正の余地がないとする控訴人らの主張には理由がない。
(4)次に、金額の決定に至るまでに住民があらかじめ金額を知ることができるか否かについてであるが、本件条例15条によらない場合の退職手当の額であっても、条例には算定方法しか定められていないのであるから、その具体的な額を住民が知ることは容易ではない(前記(2)参照)。かえって、本件条例15条による議決の場合は、議案とし具体的な金額が提示され、その適否についての審義がなされるのであるから、住民からすれば、算定方法だけが条例に定められている場合に比較して、はるかに容易に(しかも議決前に)退職手当の額を知ることができるのである。
 そして、この方式によるときは、退職手当の額が明らかになった時点で議会や議員に働きかけることができることはもちろん、当該義案に対する個々の議員の対応に対する評価を次回の選挙における投票に反映させることもできるのである(次項参照)。
(5)さらに、退職手当の額の適否が場合によっては選挙の争点となって新議会による内容の修正が行われる可能性があるか否かについては、具体的な金額を決定した議決の当否が選挙の争点になる可能性と算定方法だけを定めた条例の適否が選挙の争点となる可能性を比較したときに、前者の可能性の方がはるかに高いことは明らかである。また、算定方法だけを定めた条例の場合は、それが選拳の争点になる可飽性があるのは当該条例を制定した時だけであろうが、条例に基づいて具体的な額の議決を行う場合は、それぞれの議決について、その適否が選挙の争点となる可能性がある。この場合は、それが次回の澤挙における有権者の判断要素になることを認識したうえで、知事は退職手当の額の決定にかかる議案を提出し、議員はその当否について判断を行うことになるが、もしも、算定方法だけを定めた条例によって自動的に退職手当の額が定まるとされている場合には、当該額の決定が選挙の争点になることは考えられないのである。
 したがって、控訴人らのいう退職手当の額の適否が場合によっては選挙の争点となって新議会による内容の修正が行われる可能性というのは、条例で算定方法を定めた直後の選挙(本件条例が制定されたのは昭和37年12月である。)についてだけのことであるが、選挙の争点となり得るということから言えば、内容の面でも機会の面でも、本件条例15条による場合の方がはるかにその可能性が高いのであるから、控訴人らの主張には理由がない。
(6)地方公共団件の運営に関しては、種々の直接民主主義の制度が採用されているが、その基本は、選挙によって選ばれた住民の代表者による行政にあることは、憲法前文、15条及び93条から明らかである。そして、選挙によって就任した議員や長等は、就任後の自らの行動について、さらに次の選挙によって住民の審判を受けることになるのである。
 このような仕組みの中において、知事の退職手当に関する本件条例の定めは、民主主義の原理原則により忠実なものとして是認されるべきであり、控訴人らの非難は当たらない。
(7)控訴人らは、本件条例による退職手当の決定方法がそれを受け取る知事の利益を損なうものであると主張するが、それは現実には起こりえない状況を設定したうえでの非難であるうえに、本件における控訴人らの主張は、当該知事に対する利益の侵害を問題にするのではなく、当該退職手当の支払者である富山県の利益が侵害されたというものであるから、その主張自体失当である。
 なお、議会は、退職手当に関する従前の条例の定めがどのようなものであっても、それを改正することができるのであるから、もしも、控訴人らが主張するように、知事に対する退職手当を低額にしようとするならば、従前の規定がどのようなものであれ、それを改正することによって、その意図を達成することができるのであり、それを妨げるものは何もない.その意味においても、控訴人らの主張は失当である。
以上
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by sumiyakist | 2007-01-29 20:40 | 知事退職金

控訴審 意見陳述その2

 控訴審での原告(控訴人)の二人目の意見陳述は石山さんである。彼は石動の町で奥さんと二人で床屋さんをやっている。先の小矢部市議補選での候補者である。彼の陳述原稿を載せる。
                  *
 県民の一人として、前知事高額退職金に対する意見を述べさせていただきます。
1、富山地裁でも申し上げましたが、県民が苦労して納めた血税を、前知事のあまりにも高額な退職金として、県民の批判を無視して支給を強行された事に大きな怒りをもっています。
2、まして地方自治法の趣旨を無視して、条例に金額など明記せず、議会の議決をもって額を決めるという、全国どこの県でもやっていないやり方で支払われた事には、到底 納得できません。
 富山地裁の裁判長は、退職金額を条例で決めるのも、議会の議決で決めるのも 大差は無いと言っていますが、私達県民から見れば大違いです。
 議会の議決ということであれば、県当局が退職金額を議会に提案しない限り、県職員と同じ退職金であり、問題にはなりません。私達県民から見れば、条例に定まっていて初めて退職金額が妥当かどうかの 議論もでき、改正の要望の行動もできる。
 全国、どこでもやっていない富山県のやり方を正当化し援護するような判決には、絶対に 納得がいきません。
 もし、富山県のやり方が最良ならば全国に広げたらどうですか。ところが、富山県は逆に中沖前知事に退職金を支給した半年後に、6月の議会で特別職の退職金条例を作りました。
3、県は今、財政難を口実に、福祉・教育のサービスをひき下げ県民にばかり負担を負わせてきています。私達、県民から見れば、1兆円近い借金を作って、税金の7割を借金返済にまわす、大変な事態を作り出した前知事に、なぜ高額な退職金を払うか、許せません。
 新幹線建設を中沖前知事の功績だという人もいますが、その地元負担は県民の負担になるのです。建設費が約五千八百億円、そのうち、富山県の地元負担総額を実質で九百億円と言われています。当然、これは税金でまかなうから地元予算にも響きます。
この地元負担を全国の知事の中で最初に言い出したのが、富山県の中沖前知事なのです。
 新聞報道でも、「数千億円かかるだろう。東京への時間が一時間短くなることに、そんな価値があるのかね」という批判の声が出されています。これがどうして功績といえるのですか。
4、中沖前知事の退職金支給については、我々だけではなく、一般県民の多くの人達も 納得できない気持ちでいる事を裁判所に知ってもらうには、どうすれば良いかと考え、富山地裁判決後に急きょ、署名運動に取り組み、つい先日も富山駅前で署名を呼びかけたところ、1時間ほどで50名以上の人が署名に応じてくれました。
 それも含めて、県民からの署名を本日、裁判所に提出します。
 ぜひ、憲法の『三権分立』に則り、正しい判決をお願いします。
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by sumiyakist | 2007-01-25 23:16 | 知事退職金

控訴審開始、即結審

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 今日1月15日、控訴審の第1回公判が開かれた(上の写真は名古屋高裁金沢支部=金沢地裁入り口での記念撮影。中の3人が原告)。ただし、あとで述べるように即日結審し、3月26日の判決を待つこととなった。
 意見陳述をするために、原告(正確には「控訴人」というらしい)のうち石山さんと私の2人は、それぞれかなりの時間と精力を投入して陳述原稿を作った。これまででも書いたように署名も、協力してくれる団体の力も得て、444筆を得た。これも、今日、裁判所に提出した。
 というわけで、身銭を切り、自分たちの体と時間を使ってやるオンブズ運動=「世直しボランティア」としては相当の努力をしたつもりだ。
 さて、その控訴審であるが、市民オンブズ小矢部のメンバーから6人、富山からの傍聴者が(県側を別にして)、分かった範囲で3人、金沢からの応援傍聴者が2人以上。その他、マスコミの記者やらで傍聴席は7〜8割埋まっていた。
 既に提出されているわれわれからの控訴状とそれに対する県側の反論である答弁書に加えて、青島弁護士が書いてくれた準備書面(答弁書に対する反論)を提出し、控訴人の口頭での陳述が行われたわけである。陳述内容は下の「続きを読む」に掲出するが、2人の陳述が終わったところで、なんと、長門栄吉裁判長は結審を宣告!
 これには、予想もしていなかったから、一瞬声もでなかった。裁判長はもう判決言い渡し日を告げてている。気を取り直して考えると、あまりにも粗雑かつ横暴な訴訟指揮ではないかと思ったが、あとの祭りである。なんだかペテンにかけられた気分である。
 後で確認すると、午前中に同じこの法廷で、このブログでも紹介した「市民オンブズつばた」が提訴している(第1審では勝訴判決を取った)公共事業談合裁判の控訴審判決が出ていて、これは逆転敗訴したとのこと。ニュースでも報じている。
 ということは、この長門栄吉裁判長は、金沢地裁で井戸謙一裁判長が出した画期的な3つの判決、志賀原発差し止め訴訟での原告(市民側)勝訴判決、住基ネット違憲訴訟の原告勝訴判決、そして市民オンブズつばたの原告勝訴、を次々にひっくり返すという役割を演じているわけだ。なるほど要注意人物である。
(1/16追記)志賀原発差し止め訴訟はまだ審理中である。しかし、このぶんでは、これも危ない。
 さて、今日は以下に私の意見陳述原稿を載せる。
 

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by sumiyakist | 2007-01-15 22:14 | 知事退職金