2006年 08月 18日 ( 1 )

極右政治家の戦略

c0068917_2152439.jpg 安倍晋三や中川昭一といった、ひところならば極右とされたであろう政治家がいまや中心軸に位置することになった。思想的には中身のない、単なるオポチュニスト政治家の小泉純一郎がたまさかの僥倖とマスコミの協力によって人気の宰相であり続けたその功罪の「罪」の部分のひとつである。

 それ以前の極右政治家の役割というのは、極端に右側からの発言を続けることによって、自民党の主流的政策に右からウエイトを掛けてバランスを傾けさせることであり、彼らの役割はそれ以上でも以下でもなかった。実際、彼らは自分たちの発言通りのことが実行されるとは思いもせず、周りも期待はしなかったから、安心して(!)彼らは過激な極右的発言をすることが出来たのである。マスコミは忘れたふりをしているが、そういう時期の安倍の代表的な発言は早稲田大学の学生を前に講義したときの「日本核武装論」である。

 野党でも、いまは塀の中に転落した西村慎吾も、塀のこちら側にいるけれども立場を変えてしまった小沢一郎もその種の政治家であった。

 それが、いまや状況が全く変わってしまった。中心軸が大きく右にずれてしまい、安倍や中川がセンターにいるのである。そのぶん彼らは、政権・政策に責任を持たなければならない立場に置かれているのである。昔のように右側の端っこから無責任なヤジのような発言をしているわけにはいかない。

 その場しのぎの小泉と違って、安倍はまっとうな右翼政治家であり続けねばならない。少なくともそう装わざるをえない。「忠ならんと欲すれば孝ならず」の心境であろう。苦肉の対応が「靖国に関するノーコメント」であろう。しかし、首相になればそういうわけにはいかない。彼の矛盾は増大し爆発するかもしれない。安倍政権短命説の出る所以である。もしそうなれば、「小泉氏の功罪の『罪』の部分」と書いたが、これは案外「功」なのかもしれない。

 しかし、そういう状況に追い込まれることが必定だとすると、むしろ一か八かの賭けに出る公算が大きい。つまり、「憲法改正」を掲げて正面突破を図るだろうということである。安倍が、「次期も長期政権の必要性」を盛んに前振りしているのもそれを含んでのことだろう。
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by sumiyakist | 2006-08-18 21:25 | 憲法・教育基本法