2005年 07月 25日 ( 1 )

「数が通れば道理が引っ込む」

 この3日間ほどの記事をご覧いただけば分かるとおり、日本の議会というのは「数が通れば道理が引っ込む」世界である。虚心に討論を聞けば、どちらに分があるか一目瞭然であるが、採決をすると結束した多数派の思うままになる。
「今までやってきた議論は何だったんだ!」というわけである。(ただの「ガス抜き」(笑))
 このごろ、「国政の問題はこれしかない!」みたいに国会で騒いでいる郵政民営化法案にしても、最後には中身の議論はそっちのけで、数の確保のために脅したりすかしたり、てんやわんやである。
 せめて地方議会は党議(会派)拘束したりせず、議員の一人ひとりが自分の考えで議案に賛否を示すようにならないものだろうか。代議制民主主義の先進国はみんなそうしているが、わが国では依然として、「とかくメダカは群れたがる」「みんなで渡れば恐くない」「寄らば大樹の陰」「数は力」思想が蔓延している。代議制という擬制の、更に擬制みたいなものだ。
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 この県議会の議事録の掲載について、いろいろご意見を頂いた。中に、湊谷氏がしっかり反対討論をしているのを知って嬉しかった、というメールがあった。情理を尽くした討論だったと思うが、結局、議場の中に閉じこめられてしまえば、氏の支援者でさえ、そのことを知るすべはない。「議会は準密室だ」と私の言う所以である。マスコミが県の広報機関化していて、批判的な視点をきちんと持てないのも県民にとって不幸だ。
 その湊谷氏の反対討論であるが、退職手当条例第15条の規定にふれてはいるが、それ自体が地方自治法に違反するとは考えず、当局が有識者による懇話会の結果をはじめに結論ありきとして議会に押しつけてくるのは条例違反であると、この条項をテコにして迫っているのは、議員感覚の落とし穴である。素直な目で地方自治法204条を読み直してみれば、われわれと同じようにハタと膝を打ったはずである。まさに「コロンブスの卵」である。
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by sumiyakist | 2005-07-25 15:07 | 知事退職金