アメリカの市民運動

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 高岡駅前の公共施設「ウイング・ウイング高岡」の中にある高岡市男女平等推進センターで、毎年恒例になっている催し「Eフェスタ」が開かれている。先日アップした
「まちの福祉しらべ隊」のワークショップもそのひとつであった。2週間にわたって、男女平等はもちろん、平和・福祉・子育て・政治・教育など、さまざまな分野の市民グループが展示やワークショップを行っている。
 10月10日(数年前までは「体育の日」として休日になっていたが、今年は金曜日。それでも晴れの特異日は変わらない)には、<グループequality>が主催する「市民活動のスタイル」というワークショップが開かれた。講演者は富山市の出身だが、沖縄や京都、そしてアメリカ(ワシントンDC)と移り住んで、それぞれの土地で環境や反戦平和の市民運動に関わりを持ってきた宮崎さゆりさん(上の写真の右側。彼女はこのブログでも何度か登場している)。
 主催者の中心メンバーである斎藤正美(写真の左)さんも古くからの知り合いであるし、他のメンバーもたいていは顔見知りである。  
 宮崎さんの話はプロジェクターを使った分かりやすいものだった。沖縄での嘉手納基地を取り囲んだ第一回の人間の鎖行動の話では、前夜来の豪雨があって、成立が危ぶまれたことが逆に参加を促すことになって成功したことや、アマミノクロウサギなどの野生動物を原告にした環境保護裁判のこと、ワシントンDCのホワイトハウス前でのさまざまな平和・反核の行動などを紹介しながら、市民運動に対する原理的な考察を語っていった。
 思えば、われわれは(追い込まれてやむを得ず、たいていはシングルイッシューの)、なんらかの運動を立ち上げて、その進め方などを必死になって考えている場合が多いのであって、市民運動一般を改まって考えてみることはあまりなかった。そういう点では、いわば「市民運動原論」のようなメタレベルの視点を開かれて有意義であった。
 宮崎さんは、アメリカでの市民運動の現状や方法論について語ることが多かったのであるが、印象に残ったのは、日本の運動がリーダーをトップに頂くピラミッド型であるのに対して、アメリカのそれはいくつかの委員会などによって構成される車輪構造(輻)モデルで表されることや、デモや座り込みはもちろん、時としては法律に違反するような直接行動によって逮捕されることは、むしろ英雄的行動と捉えられていることなどである。
 なににしても、彼女が故郷の富山へ帰ってきて、市民運動に新しい刺激を与えてくれつつあるのは喜ばしいことだ。
 
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by sumiyakist | 2008-10-11 23:07 | 地方自治


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