大恐慌よ来たれ!?

 アメリカ政府・議会が共同して金融機関を救済しようとした7000億ドル(75兆円!)の公費支出議案(金融安定化法案)が、有権者の猛反発を受けて下院議員が反対せざるを得なくなったたために成立しなかった。そのおかげで大恐慌が再来するかもしれないという。
「金融システムをまもる」とか、「日本発の金融恐慌を起こさない」とかいいくるめられ、マスコミを動員した世論づくりが行われて金融機関に公費を投入した日本とは違って、アメリカにはまだ民主主義が生きているということなのか。
 「何十億円という報酬や配当を受け取っていた金融・証券の経営者・出資者の失策を俺たちの税金で救済することは許さない」という民衆の意思表示が議会を通じて明らかになった。失うものはないという民衆の目覚めというべきか。
 「金融工学」という言葉がいつ頃から市民権を得たのだろうか。英語でいえば、ファイナンシャルテクノロジーいうのか、あるいはファイナンシャルエンジニアリングというのか、いやもしかして、そんな英語はないのか。私は知らないし、詮索する気もないが、そういう手法そのものはアメリカ発であることは間違いないだろう。
c0068917_20591774.jpg そんなことを考えると思い出す場面がある。5,6年前のことだ(*)。ベアテ・シロタ・ゴードンさんを迎えて富山市内で開かれた講演会でのこと。日本国憲法に男女平等条項などを書いた女性のことは知っていたが、ナマで見聞きするのは初めてだった。(写真は東京新聞のウエブサイトから無断借用)
 講演では、ベアテさんはもちろん、GHQ民政局勤務当時の「憲法制定秘話」とも言うべき話をされた。しかし、私が強く印象づけられたのは、現代アメリカ社会の風潮について、顔の前で両手をすり合わせて拝むしぐさをながら「アメリカではお金が神様仏様なのです」と述べたことである。しかも、講演の中とその後の質疑応答の際と、2度も繰り返したのでとりわけ強く印象づけられたのだと思う。
 それに関連して、アメリカの大学生は卒業すると競って金融機関、株式・投資会社に就職したがるということを批判的に述べていた。アメリカ合衆国は国をあげて金融国家を越えて「拝金国家」になっていることを苦々しい思いをこめて話していたのだと思う。
 そういえば、クリントン前大統領のひとり娘(名前は失念した)は投資ファンド会社に就職しているそうだが、まさしく金融国家=寄生国家・アメリカを象徴している。(わが国で、政治家の子どもたちが親の秘書になりその地盤を継いで2世政治家になるのとどちらが上等か俄に決しがたいが。)
「金融商品」という言葉は、実は「商品」の自己否定だと思うが、なんの疑問もなく大手を振ってまかり通っている。まっとうな資本主義を再建するために「世界大恐慌よ来たれ!」と言うべきなのだろうか。

*追記 友人に確かめたら1999年5月21日だった。年の経つのは早いもんだ。
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by sumiyakist | 2008-10-01 21:04 | 自然と暮らし


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