岡部伊都子さんのこと

c0068917_22512356.jpg 岡部伊都子さんが亡くなられた。
 昨年の暮、京都駅近くのマンションのご自宅へ収穫した大根などの野菜を持参したが、思いのほか弱っておられたので、心の中では、これでお目にかかるのは最後になるかもしれないという予感というか、覚悟のようなものを胸にドアと閉めたことを思い出す。
 岡部さんと直接お会いするようになったのは、私が京都の出版社に勤めていたことで、原稿のお願いに上がったことが機縁となった。もう30年近くも前の1980年ごろ、岡部さんの下鴨時代だった。
 その後、取材で寺社へご一緒することもあった。岡部さんはまだお元気で、自動車で回ることが多かったが、一度などはバイクに乗ってみたいとおっしゃるので後ろにお乗せして琵琶湖畔の白髭神社の石仏を取材に行ったこともあった。(さすがにこのときは親しい歴史学者のU先生からお小言を賜ったが、それも懐かしい思い出である。)そんな時の短文も含めて『みほとけ・ひと・いのち』(法蔵館・刊)というエッセイ集を作らせていただいたこともあった。
 私たち一家が富山の山村へ「入植」しようという計画を立てたときに、賛意を示してくださった一人が岡部さんだった。私が炭を焼き始めたときも興味とともに応援の文章を書いてくださったりしたし、われわれの暮らしぶりを検分にわざわざお訪ねいただいたこともあった。
 京都と富山、都市と山村、と、離れた立場になってからの方が、それ以前の著者と編集者として以上に、なにかしら同士的な連帯が出来たような気がする(ただし、岡部さんに確かめたわけではないから、私一人の思いこみかもしれないが)。
 大阪などへの行き帰りの途中に、せいぜい年に2〜3度立ち寄らせていただく程度だったが、炭(これは代金をいただいた)や野菜をとても喜んでくださった。写真は、そんな時の一枚。どういう経緯だったか珍しくツーショットでTさんに撮っていただいた。2003年ころ、出雲路松ノ下町のお宅で。
 
 岡部さん、長い間頑張っていただきありがとうございました。いまはもう、ゆっくりお休みください。
 
c0068917_7403452.jpg 写真の追加を。2000年か2001年、妻も一緒にお訪ねした時のもの。やはり旧宅の玄関前で。
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by sumiyakist | 2008-05-01 00:15 | 自然と暮らし


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