裁判を裁判する

 「平成米騒動」の主人公の川崎磯信氏のことは以前にも少し触れたが、そこでも書いた通り、氏は、ほとんど「当たるを幸い」という感じでいろいろな裁判をやっている。そうしているうちに逢着したひとつのテーマが「裁判(官)を裁判する」である。
 いずれ詳しく紹介することもあるかと思うが、氏は「裁判のプロ」「趣味は裁判」と公言するほど、被告になったり原告になったりして多くの裁判を(ほとんどを弁護士抜きの本人訴訟で)経験している。そうこうするうちに、生田暉雄氏のいう日本の司法が非常におかしいことに気づいたわけである。そこで裁判そのもの、あるいは裁判官を訴えるという裁判をやり始めたのである。
 氏にいわせれば、わが国の民事裁判(判決)は、なんの実体的根拠も実効性もない「虚構」なのであるが、殆どの人が効力があると思いこんでいるから有効であるように現出しているにすぎない、というのである。(さすがに刑事裁判にかんしては、国家が強制力(暴力装置)を持っているから虚構とは氏も言い切れないようだ。じっさい、川崎氏はヤミ米事件で罰金300万円を持って行かれた。)
 裁判官の判決は実にその場逃れのいい加減なものが多い。また、裁判所の判決に基づいて差し押さえなどをする執行官という職務があるのだが、この職務(職業)がなんとも曖昧模糊としたものであるし、差し押さえという制度そのものも実体的な基礎はなく、「虚構」に基づくのではないかというのである。そのあたりを、氏のいつもの戦法、我が身を進んでそこに投げ入れ、肉を斬らせて骨を断つというやりかたで戦いを続けているのである。
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 いっぽう、 行政訴訟については、司法が事実上、行政と一体化しているからよほどのことがない限り行政よりの判決を出すのは当然といえば当然なのである。その典型的な判決があった。
 さる9月19日、第2次不二越強制連行訴訟の判決が富山地裁であった。上の写真はそれを報じる朝日新聞 (9/20)富山版である。裁判長は、前知事退職金返還裁判の時と同じ佐藤真弘氏である。
 佐藤裁判長は原告の主張する強制連行や強制労働の事実はほぼ認め、「原告らは勧誘者の欺罔で、勤労挺身隊に参加したものと認められ、強制連行されたというべきである」と指摘し、原告らの請求権存在を認めた。 にもかかわらず、日韓条約(日韓請求権協定)によって個人の請求権は消滅したとし、国や企業に支払い義務はないとした。
 今年4月の西松建設の中国人強制連行裁判の最高裁判決をよりどころとしていることは明かであるが、しかし、その最高裁判決は、建設会社に対して、法的義務はないとしてもなんらかの救済策を図るべきだと付言していた。しかし、佐藤裁判長はそのような救済策の必要性も述べず、5分ほどの判決言い渡しのあと、上の記事のようにそそくさと退廷したらしい。
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by sumiyakist | 2007-09-22 21:45 | 裁判批判


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