保守王国の精神風土

 最高裁が上告棄却決定をした以上、これで中沖退職金問題は、司法上はケリがついたと言うべきだろう。(しかし、社会的・政治的にはまだ終わったわけではない。)このブログ「行政訴訟をする意味」でも書いたとおり、正直なところ日本の司法を信頼している訳ではないから(青島弁護士は少しがっかりし、大いに怒っているようだが)、私はまったく平静である。

 さて、参院選が終わって、富山県選挙区では民主・社民・国民新の推す森田高氏が当選した。自民党以外が参院選で勝ったのは39年ぶりだそうだ。なにしろ当地は、あの「山が動いた」1989年でさえ、当時全国で27あった一人区で自民党が得たわずか3つの選挙区のひとつであったほどの保守王国である(もちろんそのときも中沖氏が知事であった)。
 私とすれば、この富山県で、退職したとはいえまだ余勢を十分残していた中沖豊という人物を裁判の俎上に乗せただけでも十分な意味があったと考えている。(残念ながら、地方自治法が改悪されたせいで中沖氏自身を被告にすることはできなかったが)。
 その他、副次的な収穫はたくさんあった。明確なところでは、昨年の小矢部市長選挙では「退職金辞退」を公約に掲げる候補が出て勝利したし、(直接的な因果関係は不明ながら)小泉首相が首長退職金が高すぎると発言したり、自民党の会議でもこの問題が取り上げられたりしたことについても、われわれの活動が幾分かは影響を与えていたであろう。

c0068917_21401495.jpg ついでながら、当地の政治風土や選挙に関連して『炭焼小屋から』に収録した古い時評をここに載せておくことも悪くないだろう。これは、1993年7月の総選挙(自民党が敗れて細川内閣が成立することになる)の直前に、地方紙(いまは「県の広報紙」と憎まれ口をいっているが)の求めに応じて寄稿したものである。なんのクレームも付けずに載せてくれた。いまなら考えられないことだ。





 

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ガラス張りの飼育箱

 保守王国は永遠に
 私の見るところ、富山県の精神風土の三要素は、①事大主義(寄らば大樹のかげ、長いものには巻かれろ)、②功利主義(損か得か)、③形式主義(見かけ見せかけが大切)である。これが世に言う「富山県人は保守的だ」の中身である。
 この中身(アンコ)を「知的怠惰」という皮で包めば「越中保守マンジュウ」ができる。政治家を選ぶというのはこのマンジュウのパッケージを選ぶことである。したがって、そのパッケージが中身と違ってあまりにも清新・高潔であっては、不当表示の非難を受けることになる。「この程度の選挙民だからこの程度の政治家」論の説得性のあるところである。
 いまから思えば、かつてこの地から松村謙三などという良質の保守政治家が出ていたことなど夢のような話だ。彼は「不当表示」政治家だったのだ。
 さて、いくつかある「何とか日本一」のひとつに、「現政権党員の組織率日本一」というのがある。有権者総数に対する党員の比率が全国で一番高いというのである。これを自慢できる神経が私にはわからないが、ともかく、現政権党の一党支配に対する忠誠度日本一、ということである。
 シースルー社会に原因
 この一枚岩の保守体制が成立する原因は何だろうか? (先に述べた三要素は、原因ではなく、むしろ結果というべきだろう)。それは、富山県という社会の「シースルー性」ではないだろうか。あの、エレベーターや下着について言う「シースルー」である。
 地勢、交通、人口(総数や分布)など、地理的にも社会的にも、あまりにもコンパクトで、すみずみまで照明が利いていて、見通しが良すぎるのである。どこで誰がどんなことを考えて何をしているか、管理者サイドから(ある程度は住民同士においても)まるでスケスケなのである。
 富山県では人々は、全面ガラス張りの飼育箱の中で、身を隠すべき陰もなく、四六時中監視されながら暮らしているようなものだ。そして、この箱の中には、人脈の網の目が縦横に張りめぐらされている。
 このガラス張りの飼育箱で暮らしてゆくうえで、ささやかな利得が期待できるから、人は党員証を進んでもらいに行く。ヒラの、名目だけの党員になったところで、日常的な利益があるわけではないのだが、「何かの時には」という一種の保険機能への期待はある。
 その心理からすれば、選挙に際しては、投票の秘密どころか、まちがいなく何某に投票したという証明書を選管で発行してもらって、玄関に張り出しておきたいぐらいのものなのである。
 というわけで、日本の政治が変わるとしても、富山県から変わることは決してなく、もっとも遅く変わるであろうことは疑いない。
  (書籍化にさいしての注・1993年7月の総選挙の直前に、地方紙の求めに応じて書いた時評。この選挙の結果、全国的には自民党が過半数を取れずに下野、細川内閣が成立するという激変をもたらすことになるが、富山県ではその気配さえないあいも変わらぬ「平穏」さであった。)     
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by sumiyakist | 2007-07-31 21:31 | 知事退職金


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