教育の恐ろしさ

 いわゆる戦前・戦中派といわれる人たちの書いたものや発言から、世代による戦争観の差異を通じて、教育というものの絶対的影響力というものを考えさせられることがある。例えば、敗色が濃くなった1944年〜1945年ごろを振り返って書いたものを見るとよくわかる。
 学徒動員世代(当時18〜20歳)は、この戦争の誤りを漠然とあるいは明確に知りながらも、抵抗するすべもなく理不尽な戦争に巻き込まれた自分の運命を半ば呪い、半ば諦めつつ、自分の将来には死しかないことを述べている。「わだつみ世代」である。
 一方、その上の世代(大人たち)は、もちろんごく少数の「確信的反戦論者」もいたが、圧倒的多数の大人たちは、あれよあれよという間にここに至ってしまった状況を批判的に顧みることもできず、ほとんど茫然自失といったていで、「撃ちてし止まん」とか「欲しがりません勝つまでは」とかいったスローガンを仕方なく信じた振りをして、もしかしたらそのうち神風が吹くかも知れんなどと、根拠のないはかない望みを抱いていた。
 注目すべきは、当時の「少国民」たちである。彼ら彼女らは当時小学(国民学校)生〜中学生であった。それより上の世代が、政府の戦争政策に対してに必ずしも心の底から「動員」されておらず、程度の差こそあれ、幾分かは反戦・非戦・厭戦・疑戦の気分を内心に抱いていたと対照的に、「少国民」世代の少年・少女らは、まったく無邪気に戦争賛美にのめり込んでいた。
 戦後になって活発に言論活動をするかつての「少国民」たちを思い浮かべてみればいい、例えば吉本隆明、例えば、岡部伊都子・・・。みんな皇国少年であり少女であった。それより上の世代が抱いていた(程度の差こそあれ)政府に対する疑いや不信は全くなかった。何ものちに有名人や物書きになる人物だけではない。多分、親たちや兄・姉たちと違って、「少国民」たちは真っ正直に神国日本を信じ、一筋の疑いも抱かなかったのである。
 戦争末期の沖縄においても、日本軍に対して面従腹背で対応しようとする大人たちを批判し軍に心底協力しようとしたのはこども達であった
 少国民たちとその親・兄姉たちとのこの差はなにによるのか? いうまでもなく教育である。教育が愛国少国民たちを作り出したのである。教育とは人間の思考と行動の枠組みそのものを作り出し、その檻に閉じこめるものである。教育を政治や宗教の僕にしてはならない所以である。
 さて、われわれ現在の大人たちは、かつての大人たちの轍を踏むのであるか。
 
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by sumiyakist | 2006-12-04 21:38 | 憲法・教育基本法


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