辺見庸氏の罵倒

 この7月まで新聞労連の委員長であったという共同通信社の美浦克教氏のブログにトラックバックして記事を書かせてもらう。辺見庸氏もまたかつて共同通信社に記者として勤務していたので、私などが介在するまでもないが、大先輩の諌言の矢面に一時的に立っていただこうと思ったからである。
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c0068917_944276.jpg 辺見庸氏の最近刊『いまここに在ることの恥』(毎日新聞社・刊)を読んでいる。
 氏には、氏が病に倒れる半年ほども前であったが(2003/9/11)、「体調が悪くてドクターストップを受けている」という状態であったにもかかわらず、富山くんだりまで講演に来ていただいて、講演を終えて後の夜遅くのみならず翌日までもお引き留めして(たいした講演料をお払いしたわけでもないのに)、いろんな話を聞くという主催者の特権をフル利用したことがあった。
 もちろん、氏が倒れたのが直接的にわれわれのせいであるということはないが、徐々に進みつつあったであろう病魔を幾分かは勢いづかせたであろうことは疑い得ない。半年後に、氏が講演中に倒れたというニュースに接したときには、講演会の世話をしたものたちはそれなりの責任感も感じていたのであった。
 そういうことがあったので、氏が奇跡的に(とわれわれは思った)病床から生還され、文筆活動ができることをその文章をもって世間に示された時には、本当に涙がでた。
 しかしほどなく、第一撃の脳出血につづいて、こんどはガンに冒されていることが判明し、手術を受けることになったのは、辺見氏のことをいくらかご存じの人には申し上げることもないであろう。
 その辺見庸の病後の第2冊目の本が上の本なのである。(その病中ないし療養中に書かれた第1作は『自分自身への審問』<2006/3 毎日新聞社・刊>であることも言わずもがなだろうが、いちおう書いておく)。
 さて、その『いまここに在ることの恥』の後半には、病から(癒えたといえないまでも)生還して行った講演(今年の4月)の筆録が収録されているのであるが、そのなかに、報道記者たちを「糞バエ」と罵倒している部分がある。
 2003年の12月9日、覚えている人も多いだろうが、自衛隊のイラク派兵の閣議決定が行われ、その際の記者会見で小泉首相が憲法の前文を引いて自衛隊の派兵の論拠にしたことがある。
「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって」という、一節を首相のいうイラク派兵という「国際貢献」の根拠にしたのである。平和主義を訴える前文の全体と切り離されたごく一部のみの、まことにご都合主義の引用なのであるが、その現場にいた記者たち(なんの反論もせず、記者は反論するものでないなら、なんの厳しい質問もできず)を「糞バエ」と呼んでいるのである。
 一部を引用する。         
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 ・・・あのファシストの話を黙って聞いていた記者たち。世の中の裁定者面をしたマスコミ大手の傲岸な記者たち。あれは正真正銘の、立派な背広を着た糞バエたちです。彼らは権力のまく餌と権力の排泄物にどこまでもたかりつく。彼らの会社は巨額の費用を投じて「糞バエ宣言」ならぬ「ジャーナリスト宣言」などという世にも恥ずかしいテレビ・コマーシャルを広告会社に作らせ、赤面もしないどころか、ひとり悦に入っている。・・・・
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 ジャーナリストを自認する人間なら、すべからくこの辺見氏の悪口雑言に対して、弁解のひとつも述べるべきであると思うが、如何。  
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by sumiyakist | 2006-08-20 21:37 | マスメディア


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