学者意見書

 5月24日の次回公判までに提出することになっているわれわれ原告側からの立証=「学者意見書」が完成して、直ちに地裁へ提出された。意見書を書いていただいたのは、専修大学大学院法務研究科教授・晴山一穂先生である。略歴や業績を見ていただくと分かるとおり、行政法とりわけ地方自治法や地方公務員法の専門家である。

 少し長いけれども非常に分かりやすい文章なので下に全文を載せるが、文中、
「長の退職手当の額は条例で具体的かつ明確に定められなければならず、この点で、議会の議決でその都度決めることができるとする富山県退職手当条例15条の規定が地方自治法204条3項及び204条の2に違反するものであることは明らかであろう。」
 とあり、最後に、
「以上、いかなる立場にたってみても、知事の退職手当の額の決定を議会の議決に委ねる本件条例15条の規定が法204条に適合する適法な規定であるということはできず、したがって、違法な同条に基づいてなされた本件退職手当の支給もまた違法といわざるをえない。」と結論づけておられる。
 われわれの主張の正しさを100パーセント裏付けるものである。

   晴山一穂・専修大学大学院法務研究科教授 略歴
1971年3月  京都大学法学部卒業
1976年3月  京都大学大学院法学研究科博士課程満期退学
1976年4月  福島大学助教授
1989年4月  福島大学教授
2001年4月  専修大学法学部教授
2004年4月  専修大学大学院法務研究科教授(行政法担当)
  
 *主な業績
 共著・共編著
『地方公務員法入門』(有斐閣、1983年)
『独立行政法人』(日本評論社、1999年)
『公務員制度改革』(大月書店、2002年)
『民営化と公共性の確保』(法律文化社、2003年)
『公務の民間化と公務労働』(大月書店、2004年)
『基本法コンメンタール・地方自治法』(室井力・兼子仁編)(第4版、日本評論社、2001年)
 著書
『行政法の変容と行政の公共性』(法律文化社、2004年)

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜以下意見書本文〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  

はじめに

本件における主要な争点は地方自治法(以下、法と略することがある)204条の解釈にあるので、以下では、同条及び同条と関連する204条の2の解釈にしぼって意見を述べることとしたい。




 1 給与条例主義の意義

法204条の趣旨
 法204条は、普通地方公共団体は、長及びその補助機関たる常勤職員に対して給料及び旅費を支給しなければならず(1項)、また、これらの職員に対して退職手当を含む諸手当を支給できる(2項)としたうえで、給料、手当及び旅費の額並びにその支給方法を条例で定めなければならない(3項)と定めている。同様の規定は法203条にも置かれているが、法203条が議会の議員を含む非常勤の職員(その多くは特別職職員である)を対象とするものであるのに対して、法204条は常勤の職員(このなかには長等の特別職職員とそれ以外の一般職職員が含まれる)を対象とするものである。そして、この両条の規定をうけて、法204条の2は、203条、204条のいずれの職員についても、「いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基く条例に基かずには」支給することができない旨定めている。
 以上の規定のうち、本件で直接問題となっているのは、長の退職手当の額を条例事項とする法204条3項の規定の解釈である。同項を含む上記の諸規定と同様の規定は、地方公務員法にも置かれており(24条6項、25条1項・3項)、これらの規定に見られる地方公務員の給与(給料と手当の総称)を条例事項とする原則(以下、給与条例主義という)は、戦後の地方公務員制度の基本原則のひとつをなすところとなっている。給与条例主義の意義については、一般に、住民自治に基づく給与に対する民主的統制と職員の労働条件の保障の2点にあると解されている(鹿児島重治『新地方自治講座4・地方公務員制度』(1973年、第一法規)215‐216頁、橋本勇『新版・逐条地方公務員法』(学陽書房、2002年)314頁、成田頼明他編『注釈地方自治法<全訂>2』(第一法規、2006年)3781頁、国家公務員を含む勤務条件法定主義の意義につき、室井力『公務員の権利と法』(勁草書房、1978年)22頁以下など)。このうち、後者については、現行法による労働基本権の制限との関係をめぐってこれまで学説・判例においてさまざまな議論が展開されてきたところであるが、本件で問題となっているのは長(県知事)の退職手当であるので、本件に即していえば、給与条例主義の主たる意義が、住民自治の観点を踏まえて長の給与に対して議会の民主的統制を及ぼす点にあることは明らかである。もっとも、長の給与をあらかじめ条例で明確に定めておくことは長の給与が恣意的に決定されることを防ぐという意味も兼ね備えており(これについては後述する)、この点で、給与条例主義は、長に対する給与を保障するという意義をもっていることにも同時に留意しておく必要があろう。
地方自治法改正の経緯
以上に述べた給与条例主義の意義は、地方自治法制定後の法204条の改正の経緯を知ることによってよりよく理解することとができる。すなわち、制定時の法204条は、1項で「給料及び旅費を支給しなければならない」と定め、2項で「給料及び旅費の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない」と規定するにとどまり、手当に関する規定はなんら置かれていなかった。このため、給料には条例主義が妥当したものの、手当については条例に基づかずに予算措置のみで支給することが可能であり、また、手当の種類・内容も法定されていなかったため、地方公共団体の判断で自由に決めることができた。このため、「一般職及び特別職を通じて、給与の実態は地方公共団体ごとに極めて区々であり混乱していた」(松本英昭『逐条地方自治法』(第2次改訂版、学陽書房、2004年)634頁)と指摘されている。
 このような状態を是正するために行われたのが、1956年の地方自治法改正である。この改正においては、まず法204条2項に新たに手当についての規定が設けられ、退職手当を含む14種類の手当を支給することができるとされたうえで、従来の2項が3項に繰り下げられ、同項で、従来の給料と旅費に加えて新たに手当も条例事項に加えられることとなった。そして、これにあわせて204条の2が新設され、手当も含めて、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには支給することができないこととされた(以上の経過については、地方自治総合研究所監修『逐条研究・地方自治法Ⅲ』(敬文堂、2004年)1116頁以下による)。
こうして、当初は条例事項とされていなかった長の手当(退職手当を含む)の額と支給方法は、1956年の法改正によって現行規定とほぼ同様の規定内容に改められ、新たに条例事項として加えられることとなった。このことの意義について、松本・前掲書634頁は、「(1956年改正前の給与体系の混乱というーー晴山)このような給与体系の欠陥を抜本的に一掃すべく昭和三十一年に改正が行われたのであり、本条(204条の2ーー晴山)の新設は第二百三条及び第二百四条の改正と相まって、給与体系の公明化を図ったものである」(松本前掲書634頁)としている(室井力・兼子仁編『基本法コンメンタール・地方自治法』(第4版、日本評論社、2001年)219頁(浜川清執筆)も同旨)。

 2 法204条の解釈

 (1)法204条に関する従来の議論
法204条について、地方自治法の代表的コンメンタールである松本・前掲書632頁は、「本条では、給料、手当及び旅費の額並びにその支給方法を条例事項としており、かつ、給与その他の給付はすべて法律またはこれに基づく条例に基づかなければならない(法二百四条の二)から、地方公営企業法三十八条四項の条例を除いては、給与条例中には給料のほか、給与全般、すなわち諸手当についても、規定すべきことはもちろんである」と述べている。このように、長を含む常勤職員の給与については、給料だけでなく手当も含めて条例で規定しなければならないことはいわば当然のこととされており、それを議会の議決で代えることができるかどうかというと議論は、仮定の議論としても言及されている例はほとんど見られない。管見した限りでは、わずかに、瀧野欣彌編著『<地方公務員制度3巻>給与・旅費・公務災害補償』(ぎょうせい、1981年)246頁において、「退職する者が出る都度、議会の議決により、退職手当の額を決定するような方法は、当該退職者の議会との関係等属人的要素が退職手当の額の決定に当たって影響を及ぼし、退職者によって退職手当の額が不当に高くなったり低くなったりするという可能性があるため、適当なものといえない。特別職についても一般職と同様に条例により客観的な算定方法を明確にしておくべきであろう」(傍点は晴山。以下同じ)と指摘されているのが見られる程度である(地方公務員給与制度研究会編『地方公務員給与制度詳解』(学陽書房、1981年)414‐415頁にも全く同文の指摘が見られる)。
以上の点から、法204条に関する従来の見解においては、長の退職手当を条例で定めるべきことは当然の前提とされており、議会の議決で決定することは、明らかに給与条例主義の趣旨に反するものと理解されていることが分かる。このことは、手当を条例事項とする法204条3項及び条例に基づかない手当の支給を禁じる法204条の2の規定の仕方があまりに明示的であって、それ以外の解釈の余地を残すものでないことを示すものといってよい。
 (2)条例で定めるべき内容・程度
むしろ、法204条をめぐる従来の議論は、長を含む職員の給与が条例で定めるべきことを当然の前提としたうえで、条例で定めるべき内容・程度はどのようなものか、実際に支給された給与が条例に違反していないか、あるいは条例の根拠に基づくものといえるか、といった点に集中してきた。これらの議論は、本件の争点を考えるに当たっても参考なるので、以下、簡単に紹介しておくこととしたい。
まず、松本・前掲書は、204条の2の「法律又はこれに基く条例」に基づく支給の仕方として、「法律上直接に給与の種類、額、支給方法等について規定があり、これによって直ちに給与が決定できるような」場合と、「法律においてある種の支給について根拠があり、この法律の授権に基づいて条例で具体的に種類、額、支給方法等を定め、それに基づいて支給する」場合の2つがあるが、実際には後者の例しか存在しないとされている。そして、長の給与については、これを定めた法律の規定は存在しないので、「条例で具体的に、種類、額、支給方法等を定め、それに基づいて支給」されなければならないとされている。また、瀧野前掲書238頁も、「特別職の給与についても一般職と同様に給与条例主義の適用があり、法律又は法律に基づく条例に基づかずにはいかなる給与も支給できず、その給与の額及び支給方法については当該条例において定めなければならないものである(自治法二〇三Ⅴ、二〇四Ⅲ、二〇四の二)。したがって特別職のうち知事・市町村長、副知事・助役及び出納長・収入役の給与については、『一般職の職員の例による』というような不明確な規定を設けるのではなく、その種類及び額について条例で具体的に規定しておくべきものとされているが(通知昭四三・一〇・一七自治給九四号)、その他の給与についても、立法技術的に条例で具体的な額まで規定することが不適当な一部の例を除き、これら三役と同様にその種類及び額について条令で明確にしておく必要があるものである」と指摘している。
つぎに、行政実例であるが、今の引用にも引かれている1968年の通知が、特別職職員の給与に対する世論の批判の高まりを背景として、上記の点を含む特別職職員の給与の適正化の指示を発しているほか、昭和48・12・10自治給77号(自治省行政局公務員部長通知)が、長の給与を含む特別職の報酬等について、「その額は個々具体的に住民の前に明示するよう条例で定めるべきものであ(る)」としている。
最後に、この点に関わる裁判例として、最判昭和50年10月2日判例時報795号33頁をあげておきたい。この事案は、東京都北区において、「区長等に対しては、……一般職の職員について定められている諸手当を支給し、その額は東京都有給吏員の例による」との条例の規定に基づいて区長に対して管理職手当が支給されたのに対して、手当支給を違法であるとして区長個人に対して受給額の不当利得返還を求めた住民訴訟である。判決は、「その額は東京都有給吏員の例による」との規定だけでは「区長に支給する管理職手当の額を確定することはできない」ことを理由に、本件手当の支給を違法としている。
以上の紹介から、法204条に関する従来の解説、行政実務、判例のいずれにおいても、条例で定めるべき給与の額は明確で具体的なものでなければならず、特に長の手当については「一般職員の例による」等の規定では給与条例主義を満たすことにならない、とされていることがわかる。
 (3)違反の効果
 給与条例主義の意義と内容が上記のようなものである以上、それに違反する手当の支給が違法となることは当然である。松本・前掲書635頁は、「本条(204条ーー晴山)に違反する給与その他の給付の支給は、違法であり、その支給を行った職員は地方公共団体に損害を与えた場合損害賠償の責に任じなければならないのみならず、支給を受けた職員も本来請求権のない者であるから、返還の義務があるものである」とする。また、成田頼明他編前掲書3789頁(藤原淳一郎執筆)も、上記最判昭和50年10月20日をあげて、違法な給与支給の是正方法について、「支給を受けた職員に対し、地方公共団体が不当利得返還請求をなすことが可能である」としている。さらに、予算措置との関係について、杉村敏正・室井力編『コンメンタール地方自治法』(勁草書房、1979年)525‐526頁(清永敬次執筆)は、「たとえば、時間外手当の支給が条例上定められている場合、予算措置を講じていないからといって、地方公共団体はその支給を拒みえない(東京高判昭四四・二・一三行集二〇巻二、三号一四九頁)し、また支給条例が制定されていなければたんに予算措置が講じられていても支給することは許されない」とする。
 以上の点から、給与条例主義に違反する手当の支給は違法であり、これにつついて住民訴訟による損害賠償及び不当利得返還請求が認められるべきことは明らかである。

 4 本件退職手当支給の違法性
 以上の諸点を総合すると、長の退職手当の額は条例で具体的かつ明確に定められなければならず、この点で、議会の議決でその都度決めることができるとする富山県退職手当条例15条の規定が地方自治法204条3項及び204条の2に違反するものであることは明らかであろう。
この点につき、被告は、答弁書6頁において、「知事の給与の額等を条例で定めるとする地方自治法204条3項の趣旨は、地方公共団体が義務として負担すべき経費は住民の代表者が決定すべきであるということなのであるから、一般的な算式を定めておくよりも、具体的な額の決定を条例の制定権者である議会に留保する方が、議会の監視機能をより重視するものであり、そのことを定める本件条例15条は、地方自治法204条3項の趣旨をより確実に実現しようとするものであるから、これを同項に違反すると解する理由はない」とのべているが、この主張は、以下の理由で到底成り立ちうるものではないと考える。
第1点は、すでに繰り返し述べたように、法204条3項は長の退職手当の額を条例で具体的に定めることを要求しているのであって、給与条例主義の意義が議会統制にあるからといって、そのことを根拠に個別の議決で足りるとする議論は同項の解釈上不可能である、という点である。いうまでもなく、条例は、国の法律に相当する最も重要な自治立法の形式であり、ある事項が条例事項であるということは、当該事項が「条例」という法形式で定められるべきことを要求しているのであって、同じく議会の議決によるのであるから条例の形式でなく単なる議会の議決で足りるとする議論は、条例主義の意義をないがしろにするものといわざるをえない。また、条例については、地方自治法で制定改廃についての直接請求制度が定められているが、もし法律上条例事項とされている事項を単なる議決で足りるとする解釈が許されることになれば、上記直接請求制度の意味も失われてしまうことになりかねない。
第2点は、地方自治法においては、長(特別職)と一般の職員(長の補助機関たる常勤の一般職職員)は一括して204条の対象とされ、規定内容の面でも全く同一の扱いとなっており、また、204条の2においても、長と一般職職員を区別することなく条例に基づかない給与等の支給が禁じられている、という点である。すなわち、給与に関する204条、204条の2の規定においては、長と一般職職員の間に一切の違いは設けておらず、この点から見ても、一般職職員の退職手当のみが条例事項で、長の退職手当については議会の議決で足りるとする解釈を導き出すことはできないといわざるをえない。
 第3点は、もし、長の退職手当の額がその都度議会の議決で決められるということになると、その時々の個別的事情によって恣意的に額が決定されるおそれがある、という点である。この点で、「当該退職者の議会との関係等属人的要素が退職手当の額の決定に当たって影響を及ぼし、退職者によって退職手当の額が不当に高くなったり低くなったりする」という先に紹介した瀧野・前掲書の指摘は正鵠を射たものといわなければならない。条例によりあらかじめ客観的な額を定めておくという給与条例主義は、このような恣意的な決定を防止するというところにもその意義の一端を見出すことができることは、すでに述べたとおりである。

 おわりに

 以上、いかなる立場にたってみても、知事の退職手当の額の決定を議会の議決に委ねる本件条例15条の規定が法204条に適合する適法な規定であるということはできず、したがって、違法な同条に基づいてなされた本件退職手当の支給もまた違法といわざるをえない。
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by sumiyakist | 2006-05-02 09:24 | 知事退職金


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