裁判官を拘束するもの

c0068917_20522061.jpg 3月24日、金沢地裁で「原発運転差し止め」という画期的な判決があった。石川県志賀町の北陸電力・志賀原発2号機の運転差し止めを求めた民事訴訟での判決である。(写真撮影者は出口威氏)
 北陸中日新聞の記事は下にある。
http://www.hokuriku.chunichi.co.jp/00/ikw/20060325/lcl_____ikw_____000.shtml
 原発推進はいわば国策である。民事訴訟とはいえ、国策に反することを承知の上で原告勝訴の判決を出した裁判官・井戸謙一裁判長は、「良心に従ひ(中略)この憲法及び法律のみに拘束される」(日本国憲法76条)人物のようである。
 昨今、わが国の多くの裁判官は、「良心と憲法・法律」のほか、「自己の幸福追求の権利」すなわち司法行政のなかで出世する権利にも、意識的無意識的に拘束されている。
 かつて長沼ナイキ訴訟で、自衛隊違憲という画期的な判決文を書いた福島重雄裁判官はその後、地方の地裁や家裁を転々と異動させられることになる。国策に反する判決を出せばどうなるか、最高裁事務総局はみせしめの材料にしたのである。福島氏は結局自ら退職し、公証人を経ていまは富山市で弁護士を開業しておられる。
 金沢地裁の井戸裁判長は、住基ネットに違憲判決を出し、市民オンブズつばたが公共事業の談合を訴えた訴訟で原告勝訴の判決を書いた。自分の立身願望よりも「良心と法律」に従うという、現在の司法界では稀有の存在なのである。氏の今後の処遇に注目し応援すべきである。
 それにしても、岩淵弁護士をはじめとする弁護団、随分長いあいだに(注)世代も変わってきた原告団のひとたち、終始事務局の中心にいて頑張ってくれている多名賀哲也氏、全国の支援者、労組、そして、証人として法廷で証言したり意見書を出してくださった各方面の多くの研究者、そんな沢山な人々の努力が報われた1日だった。

 捨てる神ばかりではない。裁判闘争もやってみるもんだ。
 なまくらな(当地の言葉で「なまけものの」)原告のひとりとして、みなさんに感謝。

(注)第1号機の建設差し止め請求訴訟は1988年12月提訴。
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by sumiyakist | 2006-03-26 17:58 | 知事退職金


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