出向総務部長

 もう6、7年前になるだろうか(正確な年月日を調べる方法がないわけではないが、そうまでしなくてもいいだろう)、当時、自治省から富山県の総務部長に出向してきていた岡本全勝氏(*)が、北日本新聞社のホールで講演したことがあった。平日の夕方からという時間帯であるし、県庁と目と鼻の先にある会場だから、見るからに帰宅途中の県職員とおぼしき聴衆が多かった。(というか、ほとんどがそうじゃないかと思うくらいだった)。
 そういう、いわば内輪の感じがあるせいか、岡本氏の話もくだけたものであった。タイトルは忘れたが、地方分権がどうとかこうとかというものであったはずだ。ちょうど、介護保険制度の導入前でおおわらわの時期だったが、それを例に引いて、国・県・市町村の関係を次のような比喩で語っていたのが今も記憶に残っている。

 国(厚生省=当時)の優秀な官僚がその優れた頭を使って制度設計をいろいろ考える。末端の市町村の職員は、(そこそこの頭なんだから)余計なことを考えず、ただ国が決めたことを(丈夫な)体を使ってわき目もふらず汗を流せばいい。その中間にある県はといえば、国から来た書類を35部コピーして(当時県内にはは35市町村があった)、その上に中沖知事のハンコを押した紙を一枚ずつ乗せて、この通りやるようにと各自治体へ送るのが仕事である。

 およそそういうものであった。いわば、国=頭脳、市町村=手足、県=神経という一種の「行政有機体説」である。聴衆の多くを占めた県職員はどう思って聞いていたか知らないが、私は、自治省(当時。その後総務省になる)キャリア官僚の本音がそういうものだということを興味深く聞いた。地方の「自治」なんぞはどこにもない。こういう手合いが府県の主要ポストに出向して「国とのパイプ」役を務めているのであると知ったわけである。いまもそう大変わりはしていないだろう。
 

(*)「全勝」という名前から察するに、先の大戦の敗色が濃くなった44年〜45年の生まれであろうと思われるが、当時、市民オンブズ富山のさまざまな活動の矢面に立っていたのがこの岡本氏で、官官接待やカラ出張問題で行政側が押されてたじたじとなる場面も多く、われわれは「全勝どころか、2勝3敗ぐらいだ」と評したものである。その後、本省へ帰って交付税課長かなにかをやっていたらしいが、さて、いま頃はどうしているやら。
 
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by sumiyakist | 2005-10-03 13:50 | 地方自治


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