朋あり遠方より来たる

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 今日の写真もツカダである。
 京都の丹後半島の真ん中、味土野(みどの)に住む友人夫妻が訪れてきて、再開発の現場を案内した。手をつないでいるのは、蝕手話というコミュニケーションの最中だからである。というのも、夫人は目も耳も不自由な、いわゆる盲聾者であり、普通の手話ではコミュニケートできない。夫の梅木氏が手を直接触れあって再開発途中のツカダの様子を説明しているのである。
 梅木氏は私の古くから(といっても百姓暮らしをしてから)の友人というか仲間である。堺市生まれの団塊世代の人だが、高校を卒業して直ぐに「新しき村」に入村したという、筋金入りの求道者であり、知り合ったころは丹後半島の最高地点である木子(きご)というところで黙々と百姓生活をしていた。当時は、もちろん、独身で、自動車も持たず、テレビどころか電話もないという、われわれの仲間うちでも最も「仙人」的人物だった。

c0068917_20361259.jpg 少し離れた現在の味土野という在所(細川ガラシャが隠棲した場所である)に移ったことは聞いていたが、そのうち、都会で暮らしていた、目も耳も不自由な女性と結婚するという話を聞いて仰天した。その経緯はとても簡単には説明できないが、委細は左の本『見えなくても、聞こえなくても。―光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社・刊)に詳しく書かれている。(版元品切れだが、アマゾンでは購入できる)。
 私は数年前、新婚の夫妻を味土野に訪ねて、山深いわずか5戸(いまは3戸5人だという)の集落での暮らしぶりを見たことはあったが、梅木氏も妻の久代さんもわが家に来たことはなかった。

c0068917_20433027.jpg それが、遅まきながら富山県でも「盲ろう者友の会」が立ち上がることになり、その記念講演に夫妻が招かれて来ることになった。左の写真が昨12日に行われた講演の様子である。久代さんが手話で話をし、好彦氏が通訳をしている。盲ろう者の聴衆には蝕手話の通訳者がついている。せっかくの機会だから久利須村を訪ねたいということで、翌日である今日、お迎えしたしだいである。
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by sumiyakist | 2009-09-13 21:08 | 自然と暮らし


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